かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

渡辺松男の一首鑑賞 2の5

2017年07月10日 | 短歌一首鑑賞

  渡辺松男研究2の1(2017年6月実施)『泡宇宙の蛙』(1999年)
    【無限振動体】P11
     参加者:泉真帆、T・S、曽我亮子、A・Y、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:渡部慧子       司会と記録:鹿取未放
  

5  するすると世界を抜けてゆくきのこ今宵は白く川の辺に佇つ

         (レポート)
 たとえばものを理解したとき、又別の境地に至った時、もとの場にいながら、そこを抜け出るような感覚がある。「概念を重たく被り耐えている」という4番歌と対称的に「するすると世界を抜けてゆく」とは、実際の伸びとそれ以上の意味を込めていよう。「川の辺」という場、「白く」「佇つ」という様を想像すると、きのこの傘が旅にあるものの笠のように思えて漂泊者めいた感じがする。(慧子)


     (当日意見)
★面白い歌ですね。(真帆)
★松男さんが歌いたいものは「いつもこちら側にいる自己同一的実体的作歌主体にとどまっている
 かぎり不可能」なんですから、そこから出ている歌を理屈で考えても分からないですよね。映像
 としてこの世界を抜けていく茸を思い浮かべると私は楽しいです。三途の川だかわからないけど
 川のほとりに今宵は佇んでいて、明日は彼岸に行くのかもしれない。傘を旅人の笠に見立てるの
 は面白いし漂泊者というのは一つの興味深い捉え方だと思いますが、作者の意図はもうすこし違
 う気がします。私はこの茸は一本か集団か迷いましたが、まあ無数の集団でするすると世界を抜
 け出ていくのです。どこにも集団とは書いてないですけど。(鹿取)
★茸は繁殖力が強くていろんな所に出ちゃう。芝生の中とかに出ちゃう。本当だったら森の中に生
 えているはずの茸が、意外にも川のほとりに立っている。(T・S)
★そういう茸、よく見ますね。納得です。(慧子)
★確かに思いもよらないところに茸はポッと生え出てくるんだけど、「在ることの不思議、無いこ
 との不思議」を詠いたい人にとって、彼が詠いたい事はそれではない。でも私は作者ではないの
 で、意図はこうであろうと推測するだけですけど。全然松男さんの歌の本質的なところは掴めな
 いんだけど、でも面白いから読みたい。作者にはごめんなさいと思いつつ読んでいます。(鹿取)