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思索 電子回路 論評等 byホロン commux@mail.goo.ne.jp

生命体としての地球

2007-10-22 19:44:02 | 思索
わお、そんな番組やってたんですね。NHKスペシャルは大好きなので、わりとマメにチェックしているんですが、見逃してしまいましたねえ。残念なことしたな。再放送しないかなぁ。

さて、番組を見なかったので少しピントが外れてしまうかも知れませんが、「地球生命全体」の「伝記」「自伝」、はとても面白いですね。その「伝記」には、地球上の生命進化の変転以外に、大陸の移動、気候の変動も含まれていますので、「地球生命全体」は「生命体としての地球」と言い換えても、さほど大きくは違わないのではないでしょうか。ややニュアンスが違うかな?

「地球生命全体の意思」或いは「生命体としての地球の意思」という着想と視点が、非科学的であるとして認められないなんてこと全然無いと思いますよ。今まさに真面目に熱く論じられている最中ではないでしょうか。

一天体であり、無機物であるはずの地球に、種々の矛盾と奇妙な違和感を多くの科学者がかなり以前から感じていながら、それが何であるかについては、実はあまりにも明々白々に過ぎたため見えていなかった。-----「まったくものを見る能力は空気が澄んでいるかどうかより、心が澄んでいるかどうかにかかっていると思い知らされる。」という、ガイア理論のラブロックの言葉は、スカッと的を射抜いたものだと思います。

生命体としての地球が自らの命を継続するために、地上に生物という生命を養い、その個々の生物の個別の活動によって、地球の生命が安定している(例えばこの数十億年の間に太陽の温度はかなり上昇しているにも関わらず、地表の温度はほぼ一定に保っている、生物活動によるメカニズムの事実)、と考えるのは、一つの考え方としてとてもエレガントですね。これはガイア理論そのものですが、NHKから少し論点がずれたかな?

「”地球生命全体”の生涯も、その「意思」と、まったく偶然の所産である天変地異との相互作用として、解釈できるのではないか?」

ポイントはここですよね。人の生命活動と同様に「意思」と「偶然」の相互作用が地球の生命活動ではないかという仮説。僕は、かなりラブロックにオーバーラップするものを感じます。

しかし地球の(或いは宇宙の)「意思」について問うのは、やはり慎重にならざるを得ないでしょうね。結論によっては、永遠にも思えた人間の普遍的問題の多くに対して、あまりにも簡単に答えが出てしまいますからね。

地球の「伝記」を真面目に詳細に記述仕上げ、その中のチャートを眺めていけば、また新たな何かが見えてくるのかも知れませんね。
コメント
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