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SARAのブログ

日々のことあれこれ

病院

2023-03-24 14:11:28 | テレビ
昨日、昼間に酷い眠気があったので昼寝した。
というかもう横になっていたら寝ていた。
夕方、旦那の帰りが遅いというので私だけ7時過ぎに1人で
夕飯を食べようと用意したけど、食べ始めてもなんだか食が
進まない。でもせっかく用意したんだからと頑張っておかずだけ
はと食べて、ご飯は半分以上残した。
体調も悪くなく、遅めに帰ってきた旦那とプロレスの動画を見て
楽しく過ごした。
ちょっと遅めだったけど、12時前には寝室へ移動した。
ここからはいつもの私の悪い癖。寝室でゲームをやったりネットを
見たりして過ごす。あっという間に1時過ぎた。
ところが少しも眠くならない。
やっぱ昼間寝たからなぁと思っていた。
「いいや、明日は買い物もないし、朝はゴミの日だから早く起きる
けど、また昼間眠かったら寝てればいいんだし」と思っていると、
段々腰のあたりが痛くなってきた。
痛みはどんどん酷くなり、真っ直ぐ寝ているのが辛いと思うほどに
なっていく。お腹も痛くなってきたのでトイレに行った。
大きい方が出た。
が、下痢はしていない。あくまで普通の排便。
しかし出たあとは少し痛みも弱くなったので「これで寝れるかなぁ」
と横になった。
が、またお腹が痛くなる。腰も痛い。おまけに胃も痛い。
なんだよ、これ・・と思いつつまたトイレに行く。
すると今度は完全な下痢をしていた。
しかし排便しているとどんどんと気持ちが悪くなっていき、吐き気
もする。「あぁ、駄目だ・・」と向きを変えて吐く体勢になったが、
吐き気は酷く吐いているのに胃液しか出ない。
そのうち気持ちが悪いやら吐けなくて苦しいやらで便器の前に倒れ
こんでしまった。辛うじてパンツは履いた。が、パジャマのズボンを
履いていないので寒い。寒いからズボン履かなきゃと思うのに体に
少しも力が入らない。しかたなくそのまましばらくトイレで倒れて
いた。
しばらくすると少し楽になったので寝室へ戻る。
しかしそのあともずっと、さきほどまでの痛みではなかったが、
胃の痛みや腰の痛みは続いた。吐くほどの気持ち悪さはなくなった
が、何となくの気持ち悪さもあった。
4時過ぎて旦那が起きる音がしたので電話をかける。
しかし力が入らず途中で切れてしまう。
しばらくすると旦那が寝室へ来てくれた。
症状を訴える。
旦那はかなり慌てていた。
「救急車呼ぶくらい?」
「どうしたらいい?」
「何か持ってくる?」
と慌ただしく言っていた。
私は「そこまでじゃない・・」「たぶん大丈夫・・」と言いながらも
時々来る胃のギュッとした痛みに「あ、やっぱ駄目だ」と耐えていた。
旦那もギリギリまでいてくれたが、会社に行くか迷っている感じが
伝わってきたので、「たぶん大丈夫だから、行って」と会社に行かせた。
その後6時過ぎまでは眠れなかった。
一度また大きな腹痛の波が来たのでトイレに行ったら、血が出た。
しかし病的な下血という感じではなく、生理の出血っぽかった。
腰の痛みは生理の痛みだったのか・・?
それにしては痛すぎたんだけど・・
そんなことを思っているうちにやっと寝れた。

目が覚めたのは9時半。
起きてからも多少の腰や胃の痛みがあった。
トイレに行くとやっぱり生理っぽい出血があった。
しかしベッドに再び戻ると痛みはかなり良くなっていた。
10時過ぎに一応旦那に連絡をする。
旦那は病院に行った方がいいんじゃない?と言ったが、良くなりそう
だったので様子を見ることにした。
3時間しか寝ていなかったし食欲もないので、とりあえず午前中は
そのままベッドで横になっていたが、眠れはしなかった。
ところがお昼前くらいになって起き上がろうとすると心臓のあたりに
キュッとした痛みが走る。
しかしすぐに止む。
またトイレに行って大きく息を吸い込んだ時にまたキュッと傷んだ。
何もしていないと何も痛くないのに大きく息を吸い込むと痛む。
「怖っ・・」と思った。
しばらく様子を見ていたが治らない。
旦那にまた連絡をする。
旦那は間髪あけずに「病院に行け」と言った。
そりゃそうだ。
ということで私はこれから病院に行く。
たぶん大事には至らないとは思う。
ただ、ゆうべのこともあるし、心臓あたりなので夜中に今度は心臓
発作のようなものを万が一起したら・・と考えたらちょっと怖くなっ
た。ので、大丈夫なのを確認しに行ってくるという感じ。

このところめまいというかふらつきのようなものも多かった。
一度真剣に脳外科とかに行った方がいいかなと思ったこともあって、
でも症状がなくなるとまた忘れてしまったり。
旦那にも、私がもう2年血液検査なども受けていないので一度
ちゃんと受けた方がいいと言われていた。
もちろん今日病院に行ったからと言って、体の全部を見てもらえる
わけではないけど、とりあえずある日突然何かの発作で死ぬというのは
避けたいので、今日は行ってみることにした。

嫌だなぁ。
このところ体の調子もイマイチで、旦那とも取り立てて楽しいお出かけ
もしていないのに、こんなことで外に出なきゃいけないなんて。

でもとりあえず行ってきます。



また義母の話

2023-03-19 15:36:11 | テレビ
今日はまた義実家に行ってきた。
ここ1,2ヶ月くらいだろうか、2週間に一度義実家へ行く
のは以前と変わらないのだけど、1,2ヶ月の、義実家へ
行った時に義母が「○○へ連れて行ってほしい」と言い出した
ので旦那と私で連れて行った。○○というのは義実家から車で
10分くらいのところにある大きなスーパーのこと。
それまで、というか今もなのかもしれないけど、義母は
1週間に一度義兄に買い物を頼んでいた。義母が欲しいものを
紙に書いてそれを近所のドラッグストアに義兄が買いに行って
くれていた。どうしてドラッグストアなのかというと、義実家
の周辺には以前はあったのだが今はもうスーパーがない。
なので義実家の近くにある、野菜もお肉も売っているドラッグ
ストアに義兄が行っていてくれていた。
しかしやはりスーパーよりは品揃えが悪く、お肉は売っている
がお魚はほとんど売っていない。少しだけ鯵の開きやしらす等
があるくらいだった。
数年前までは義母も1人でまだそのドラッグストアに歩いて
行けていた。しかし3年前くらいからは義兄に車に乗せてもら
って行くようになり、2年前くらいからは自分ではもう行かず、
義兄に買いに行ってもらうようになっていた。
「私もね、本当は自分で見て買いたいけど、歩けないからね。」
と数ヶ月前までは言っていた。
そういう義母を尻目に私は「本当に歩けないのかなぁ」と思って
いた。いや、変に疑うという意味ではなく、腰は曲がっているけ
ど家の中では移動はできるし、機能的にどこかが悪くて歩けない
というわけではない。気分的なものではないかと思っていた。
なので何かのきっかけがあって義母にはたまには外を散歩して
ほしいとずっと思っていた。義母は家の周りも1人で歩こうと
しなかった。
しかしどういう変化があったのか、2ヶ月前くらいに義母が
そのちょっと大きめのスーパーに連れて行ってほしいと言い出
したので私も旦那も驚いた。「歩けないから行けないって言って
たじゃん」と言いたかったがせっかくのチャンスなので、そんな
意地悪なことを言っている場合ではない。すぐに義母をそのスー
パーへ連れて行った。結構広めのスーパーを義母はカートを押し
ながら1周買い物できた。そしてやはり自分の目で実際に見て買う
ということを喜んでいた。お魚もたくさん買っていた。
その日義母はこう言った。「これから2週間に一回でいいから、
ここに連れてきてほしい」と。もちろん全然良かった。2週間に
一度義実家に顔を見に来ていたのは変わらないので、義母の
どうしようもないトークを聞いているよりはむしろ買い物だけで
終わった方が私達も楽だった。
恐らくだけど、義兄は買い物に行かなくて良くなったのではない
かと思う。それでもたまには買い足さなくてはならないものや
どうしても必要なものがあって買いに行くということはあるかも
しれないが、以前のように1週間に一度1週間分の義母の食材を
買う、ということはなくなったと思う。義兄も楽になった。私達
も楽になった。そして義母も喜んで満足してくれている。みんなが
楽になった。

義母のトークは自己中心的だ。
何でも自分が思いついたことだけを話してくる。
こちらが興味があるかどうかなんてことは少しも考えていない。
そして自分の考えがすべて正しいと思っている。
そんな人のトークに1時間から1時間半つきあうのだけでも大変
だった。普通にこちらが聞いているだけなのに突然「SARAちゃん
はこんな話興味ないでしょう!?」と言ったりする。
こちらにとって失礼な発言も連発する。
本当にこの人は人の気持ちがまったくわからない人なんだなと
いう人。
ということで、そのトーク時間が義母の買い物や時にはお墓に義
母を連れて行くという作業に変わったので私も旦那も「むしろこっ
ちの方がいいよね」と話していた。
ところが、やはり義母は手強い。
確かにギッシリ義実家でトークをするよりは楽にはなったが、ムカ
つくことがまったくなくなったかというとそうではない。
2週間前に義母とお墓に行った時のこと。
いつもお墓に行くと私と旦那でお花を入れる容器を持ってきて
洗ってお花を変えたり、お線香に火をつけたり、お墓を拭いたり
の作業を分担してやる。
その日はちょうど前の日に義兄がお花を変えてくれたということ
だったのでお水だけ替えれば良かった。ので、行ってすぐに私が
お花のお水を替えてまたお墓にセットした。そのあとお線香に火を
つけていた。旦那はお墓のゴミをちょうど捨てに来ていた。すると
その向こうにお花の入った容器を持った義母が水場に向かって
歩いてくるのが見えた。ので私が「お義母さん!お水替えたよー!
」と叫んだ。義母はそれを聞いてすぐに戻ると思った。しかし
義母は踵を返さずそのまま水場に向かっている。大きな声を出した
ので聞こえないはずはなかった。そんな義母を見て私と義母のちょ
うど真ん中の位置にいた旦那がもう一度義母に「水替えたって
言ってんじゃん!」と言った。それでも義母は戻らず「水が足り
ないから。」と言って水場に向かった。私はカチンと来た。旦那
もムッとしていた。そして水が足りないからと言っているのにも
関わらず、また私が替えた水を全部容器から出しているのを見て
旦那がたまらずに「水足せばいいべよ!!!」と怒鳴った。義母は
知らん顔だった。
そして今日。
今日はこんなことがあった。
スーパーで買い物している時に義母が「SARAちゃん、ドレッシング
持ってきてくれる?」と言った。義母はカートで1周はできるが、
それでも移動距離は最低限にしているのでちょっと遠くのものを
私に頼み、私は頼まれたものを持って来るというのをしている。
ドレッシングと言われてもいろんな種類があるのでわからない。
「何味?」と聞いた。
醤油ドレッシングなのか、イタリアンなのか、フレンチなのか、
義母が普段どんなドレッシングを使っているかなんて知らない。
しかし義母は「ドレッシングよ。野菜とかにかけるのあるでしょう。」
と、私がドレッシングというものを知らないのかという感じで
言ってくるので「うん、それはわかるけど、何味?」と再度聞く。
「何味って言われたってわからない。ドレッシングよ。野菜に
かけるヤツ。」と言う。「いろんな種類あるじゃない?どんな
味の使ってる?」と聞いても、「見ないとわからない」と言う。
旦那がドレッシング売り場を見つけたので「お義母さん、あっちに
売ってるって」と言ったがもうそこまでは戻りたくないらしく、
「じゃあ、いい!○○に頼むからもういい!」と言った。
私はカチンと来たので一時的に義母から離れた。
ドレッシング売り場ここにあるよーというジェスチャーをしていた
旦那に駆け寄る。
「○○に頼むからもういいってさ」と言うと旦那もムカついた表情
になり「そんなこと言うなら、じゃあそうしろ、でいいよ。」と
私に言った。
かと言って私が適当にドレッシングを持って行けば「これじゃない」
と義母はどうせ言うのだろう。

スーパーから出た時義母は併設しているホームセンターの土を
買ってほしいと言い出した。旦那が「じゃあ、俺買ってくるよ」
と言うので私はそのまま義母と車に向かった。
義母を車に乗せて、買ってきたものを車に入れたあと、旦那が
土を買って戻ってきた。その旦那に義母が言った。
「草刈り機買ってくれた?」と。
スーパーに来る車の中で義母は、ウチの電動草刈り機をまた貸して
ほしいという話をしていた。前にも貸したことがあったのだ。
「あれいいよね。ホームセンターで買ったの?」と聞くので「ネッ
トで買った」という話はしていた。いくらで買ったの?と言うので
3,500円だったと言った。「あぁ、そんなもんなの、じゃあいいね」
とは言っていた。義母はもしかしたらその時ホームセンターでも売
っているのかな、売っていたら買いたいなと思ったのかもしれない。
しかし旦那には土を買ってほしいとしか言っていないので草刈り機
なんてもちろん旦那は買っていない。しかし義母は普通に「草刈り
機も買ってくれた?」と唐突に言った。
旦那は声を荒げて「買うわけねーだろ!買ってきてなんて一言も言っ
てねーべよ!!」と言った。その時に私は耳の遠い義母には聞こえな
い声の大きさで「カチーンの連続(苦笑)」と言った。旦那は
私にもまた何か義母が言ったんだろうと「あとで聞く(笑)」と言
った。
義母はボケていてこんなことを言うのではない。
年のせいでもない。
自分が思っていることは他人にも伝わっていると思いこんでしまう
ようなところは今までにも、そして義母がもっともっと若い頃からも
あった。
そして相手の立場に立って物を言うということも義母はもっともっと
若い頃からできなかった。
なんでこんなにカチンと来ること、ムカつくことを言うんだろうと
25年間思い続けてきた。

義母に関してはもうどうにもならない。
例えば、義母に何でも言える旦那が今更「もっと人の気持ちを考えろ」
と怒っても恐らく義母は自分の何が悪いのかが理解できない。結婚当初
も私が酷く傷つき、それがあまりにもあまりにものことだったので旦那
が義母を怒ったが、自分がそう言ったことの何がいけないのかが理解で
きないという感じだった。ただ助かるのは悪いと思っていないだけにそ
の後私と会っても義母は何もなかったかのように、というより本当に頭
にないという感じで普通に接してくるので気まずくはならなかった。
今日も旦那が声を荒げて怒っても、義母は「自分が変なことを言っちゃ
ったのかなぁ」とかそんなことを気にする気配もなく、すぐに話題を変
えて普通にしゃべっていた。
いいんだか悪いんだか、という感じだ。

義母ももう高齢も高齢だし、生きてもあと数年だろうというのが
あるので嫁として最後まで務めようという気持ちしか私にはない。
カチンとも来るし、イライラもするし、ムカつくけど、もうどうしよ
うもないことだと諦めているし、もう仕事だと思っている。



ハヤブサさん

2023-03-13 16:08:38 | テレビ
珍しく連投。

実は最近ハマってしまった人がいる。
それはプロレスラーのハヤブサさんだ。
ハヤブサさんはFMWという団体にいた方で、FMWの試合は基本的
にはテレビ中継などはなかったようなので、一般的にはあまり知名
度はないかもしれない。
私も失礼ながら数年前まで知らなかった。

プロレス自体は子供の頃に一時期ハマって見ていた時期がある。
その時大好きだったのはタイガーマスク。
華麗な空中殺法が格好良くて毎週のプロレス中継を楽しみに見ていた。
その後、中学生になってから一時クラッシュギャルズが好きで良く見
ていた時期もある。クラッシュギャルズはアイドル的要素を持って見て
いた部分もあったが、プロレスの試合を見ること自体も当時から好き
だった。
そんな私だったが、おととし犬の介護をしていた時期、風間ルミさん
という女子プロレスラーの方の訃報のニュースを見た。
正直私は風間ルミさんのことも知らなかった。
どんな人だったんだろうとyoutubeで検索してみると近年の彼女が自身
のチャンネルを持っていて配信していたことがわかった。見てみると
とても女子プロレスラーだったとは思えない容姿で、でもそのあと現役
の頃の試合なども見て、「あぁ、この時はこんなに怖い顔をしてドスの
きいた声を張り上げて試合をしていたんだな」と。そんなのをあれこれ
見ていたらどんどん昔のクラッシュギャルズやタイガーマスクの試合なん
かも見たくなってしばしあれこれと見ていた。
その時たまたまおすすめに出てきたハヤブサさんの動画を見てその存在
を知った。
素敵だった。
その佇まいも衣装も仕草も全部素敵だった。
そして何よりフワッと浮き上がるような空中殺法が華麗だった。
しかしそれと同時にハヤブサさんが試合中に大きな怪我をして頸椎損傷を
負い、その後は車椅子生活だったことや既に亡くなっていることも
知ってショックを受けた。
その時は犬の介護中だったこともあり、激ハマりにまでは至らなかった
が、少し前にまた改めて見始めたら今度はドップリとハヤブサさんの沼に
ハマってしまった。

youtubeは本当にありがたい。
つい数年前までこんな人がいたんだということも知らなかったのに、
こんなにもいろいろな動画を通じて今でもハヤブサさんの勇姿を堪能でき
る。しかし同時に「生で見てみたかったなぁ」とか「会ってみたかった
なぁ」という思いも募る。

おととしに初めて見た時には見たことはなかったのだけど、今回は
初めてハヤブサさんの素顔を見た。
正直イメージしていた顔とは違った。
ネットのコメントでも良く「ハヤブサは素顔もイケメン」という声が
多いが、確かにイケメンはイケメンだと思うが、正直に言うと私の
タイプの顔ではない。^^;
が、今いろいろな動画や記事を見漁ってハヤブサさんの「ハヤブサ」と
しての自己プロデュース能力や仕草や動き、もっと言えばハヤブサさんの
生き方にも尊敬の念を持って見ているので、なんだかもう歴史上の人物の
顔を見るような気持ちで「こんなお顔立ちだったんだなぁ」という気持ち
で見ている。
ハヤブサさんは一時期「H」という名前で素顔を活動していた時期が
あり、その試合も何個も見たが、それを見てもなんだかあの「ハヤブサ」
と本当に同じ人物なのか・・?という気持ちにもなるくらい、ハヤブサ
としての彼と素顔のHとのギャップのようなものが私の中では大きい。
ハヤブサとしての試合中にマスクを剥がされてしまう場面も何度か
見たがそのたびに見てはいけないものを見たような気持ちにもなった。

最初はずっとハヤブサさんの試合だけを見ていたが、そのうちハヤブサ
さんのいろんな面も知りたくなって、たどり着いたのはハヤブサさんの
ブログだった。
このところはずっとハヤブサさんのブログばかりを見ている。
あんなに縦横無尽にリングを駆け巡っていた人がある日突然首から
下がまったく動かなくなる。
どれだけの絶望だっただろうか。
しかし必死のリハビリで、1人で立ち上がったり杖をついて数百メートル
歩くところまで回復していたようだ。
それでも不便だっただろう。かなり大変な毎日だったと思う。
それでもその体で15年生きた。
今でもハヤブサさんが生きていたとしたら、きっともっと回復していた
だろうなと思う。そしてできることは何でもしていただろうなと。それ
くらいブログでのハヤブサさんは精力的でパワーを感じた。
恐らくピアノも習ったこともない人が大人になってから作曲をすると
いうのにもビックリ。そしてライブも定期的にしていた。
動画のコメントで「復帰は無理でも生きていてほしかった」と言って
いた人がいたが本当にそうだなと思う。いや、復帰できるならして
ほしかったけど、ホント生きていて欲しかった。
今も生きていたら私はきっとそのライブにも行っていたと思う。
ずっとハヤブサさんの日常を追い、励まされ、応援もしたかった。
最近たくさん見るようになったばかりなのに昔からのファンのような
言い方だけど、同じ世界にいたかったなと思う。

今は当時よりももっといろんな人がyoutubeで発信もしているから、
生きていたらハヤブサさんも自身のチャンネルでいろいろ発信してく
れたかもしれない。
そんなことをあれこれ考えると本当に残念。
なのでそんな思いにちょっと切なくなりながらも、このところは毎日
youtubeでハヤブサさんの動画を見漁って、そしてブログもとてもまだ
全部は読み切れないけど、毎日少しづつ読んでいる。
そうしてハヤブサさんに触れていると「私も頑張りたい!頑張ろう!」
と思えてくる。
亡くなってしまったのは本当に本当に残念だし、ご本人もきっと無念
だっただろうけど、こうして亡くなってからも人を励ましたり元気に
させてくれる力があるって凄いこと。それくらいハヤブサさんの人生は
濃かったんだと思う。辛いことも多かっただろうけど、ハヤブサさんは
一つ一つ見事に乗り越えている。私もそんな風に生きていきたい。
でも決して彼のことを聖人だと美化しているわけでもない。
彼にもきっと悪い部分やどうしようもない面もあっただろうとも感じる。
人間だからね。

天国がもしあるとしたら、きっと今も毎日頑張ってるんだろうなと。
元の体に戻って、またリングにも立っているかも。
私もそちらに行ったら今度は試合見に行きます。


体重とカルトナージュ

2023-03-13 15:29:37 | テレビ
前回の記事で書いていた義母の誕生日会のあと、私はずっと
体調が悪かった。
と言ってもどこかが痛いとか特別な症状が出ているというより
は、ただただ疲れていて、とにかく何もしたくなかった。
数回、夕飯作りもパスしたと思う。
今まで通り、家事はそれなりにはやっていたが、それ以外は
とにかく毎日のようにゴロゴロしていた。
食欲もあまりなく、お腹空いたと思って食べ始めても「なんだ
かやっぱり入らない・・」ということも多くなっていき、とうとう
ここ数年のうちの最低体重を出した。
おととし、犬の介護をしていて、犬が亡くなる前の1ヶ月間が
心身共に一番大変だったが、その時もその時の最低体重を更新
していて確か51,7㎏だった。
それが去年の夏には54㎏までに増えて、ヤバいとは思っていたが
秋口くらいからまた減り始め、冬前に風邪を引いた時に久しぶりに
52㎏を割った。
しかしやはりその体重もまた少し元に戻り、今年に入ってからは
ずっと52㎏代をキープしていた。
ところが先ほど言っていたように義母の誕生日会の前後から体調
がおかしくなり、ついに51㎏ピッタリにまで減った。
急激に体重が落ちたことに旦那も「どこか悪いかもしれないから
健康診断でも受けたら?」と言ったくらいだ。
体重が減るのは嬉しいけど、そんな私もさすがにちょっと急激に
落ちすぎかなと思っていたら、ここ1週間くらいであっという間に
また増えた。^^;
今は51,8㎏。
51㎏ピッタリになった時は「ついに夢の50㎏代に突入か?!」と
思ったけど、そこから増えるのは案外早かった。^^;
とは言え、去年の春頃に実家の父に「体重何㎏あるの?60㎏
ある?」と聞かれたことがあり、(いい年こいた娘にいきなり体重
何㎏あるのかと聞いてくる父も父だと思うが)その時は「いつもは
52㎏代。ちょっと太ると53㎏代」と答えていたことを思うと、
今は「いつもは51㎏代。ちょっと太ると52㎏代。」になりつつあ
るのがやっぱり嬉しい。
ただ。私はもともとガタイがいいと言うか、肩幅が広い体型なので
ここ数年で7㎏くらい落ちているけど、だからと言って細い人になった
かと言われるとそうでもない。7㎏も落ちたのに今だにポッチャリ
体型に属していることがちょっと悔しい。
このままの体調でいければ数年でもっと痩せられるかもしれない。
ただ。年齢的にこれから本格的な更年期を迎えて乗り越えなければ
ならない。更年期には私はきっとまた太るだろうと思っている。
なので今はできるだけ痩せておきたいという願望もある。
できるだけ・・と言いながらも特別ダイエットもしていないし、
このままのペースでいってもそれほど痩せられないとは思うけど。
しかしほんの3年前までは57㎏代、MAXの時は58㎏代あったこと
を思うと今の体重はかなり嬉しい。

あぁ、なんだか体重の話になってしまったが、義母の誕生日会の
あとずっと元気がなかったが、やっとここ1週間くらいで体調が
安定してきた。
近々免許の更新に行かなくてはいけなくて、これも私にとっては
なかなかの試練なのでまたそれで具合悪くなるかもしれないが。^^;
でも今のところはまだ元気で、最近は掃除を良くしているというのと
あと、今日めちゃくちゃ久しぶりにカルトナージュをやった。
カルトナージュというのはもともとはフランスの工芸のようだけど、
簡単に言えば何でもない普通の箱に布や綿を貼り付けてより綺麗に
するという工芸?工作?のようなもの。
厳密にはカルトナージュ専用の厚紙もあるのだけど、段ボールでも
できるので今日は私は段ボールで作った。
サイズが合わなければ簡単な設計図を作り、段ボールを切って、
髪のテープで箱を組み立てて・・という作業になるのだけど、
今日はたまたまちょうど良いサイズの段ボールがあったのでそれに
ただ家にあった布を貼り付けただけだったが、やってみるとやはり
なかなか楽しい。
なんていうか、出来上がりも、他人から見たら何の変哲もないもの
にきっと見えるのだろうけど、いつも思うのは出来上がると「私
凄いもの作っちゃった」というような気持ちになるのだ。
「綺麗にできたな」とか「なかなか可愛いじゃん」とか。「やっぱ
私うまいな」とか。そしてその出来上がった作品を何度も何度も見
てしまうのはなんでなんだろうとも思うが、それもいつものこと。
犬の介護中に犬の薬をまとめて入れていた箱を作ったのが最後で、
それ以来作ってなかったので、2年ぶりだった。
リビングに低いローチェストが置いてあるのだけど、その上にゴチャ
ゴチャとバッグやら書類やら小物を置いている。
その小物をamazonから送られてきた小さな段ボールに入れたまま
にしていた。
それを目にするたびに「あぁ、可愛くない」「布巻きたい」と思って
いたが体調が悪くてやる気が出なかった。
いつもダイニングテーブルの上にも旦那の小物が乗りっぱなしだった
のでつい何日か前に「これ、まとめて箱の中に入れておいてもいい
?」と聞いたら「いいよ」と言っていたので、箱をもう一つ作ること
にした。
まだ今のところは一つしか作っていないが、やり始めるとやっぱり
楽しいものだなと思う。
かと言ってやたら用途のないものを作るわけにもいかないし、何より
今は少々金欠なのであまり材料なども揃えられないというのもあるの
で、趣味としては今はなかなか成り立たないが、たまにはいいもんだ
なぁと感じた。
ちなみに今回使ったのは100均で買った、カラーボックスを覆う布だ。
当然100円。
それを2つに分けて使った。つまり1個の箱に50円しかかかっていない。
ただ覆えればいいやという程度のものなので、それで済んだけど、
もっと本格的に作ろうと思えば当然もっとお金がかかるもの。
でもまたこれからも100均で「可愛いな」と思えるハギレなどが売って
いたら買っておこう。段ボールと100均でも充分楽しめる。
まぁ、あんまり箱が必要になる場面も少ないのだけど、もしあったら。

まぁ、そんな感じで少し元気が出てきたので、今日はそんなことして
みました。




気分の落ち込み

2023-02-24 14:26:28 | テレビ
昨日、義母の誕生日の食事会に行ってきた。
義兄の子供たちも来るのかどうかわからなかったが、結局は
義兄夫婦だけだったのでそこは気が楽だった。
国道沿いにある和風のレストランのようなお店を義兄が予約
してくれていた。
義母の誕生日会ということだったので会席料理のコースのような
ものを頼んであると想像していた。私達2人が負担する金額も
2人で10,000円くらいはかかるのかなぁと。
しかし実際は料理は何も頼んでいないからメニューを見て、
それぞれが頼む、というスタイルで、金額的な面で言えば、
義母の誕生日会というよりも本当にみんなでただ食事をしに来た
、という形だった。
まぁ、その方がこちらとしても助かるのでそれは良かったのだけど。

こういう、たまに人と会う場になると私は過興奮状態になるこ
とが多いが、昨日はそれもなかった。やはり義母や義兄夫婦、
それぞれと会う方が私はテンション上がる。みんな一緒の大所帯
になるとやはり緊張の方が上回る。あと、失礼があってはいけな
いとどこかで思っていたりとか。
なので「すごく楽しかった!!」というお食事会では正直なかった。
かと言って物凄く不愉快な思いをしたというものではなかった。
が、少し気にかかったのは、義姉はやはり私のことをあまり良くは
思っていないのではないか、ということだった。
いや、これも特別何があったというわけではない。
義姉はいつものように愛想良く私達と話してくれた。
私が楽しく話ができる数少ない人の1人。
そういう意味ではいつもと変わらなかった。
しかし義姉から出てくる話の内容が、何となくだが誇示に聞こえる
場面が何度かあったり、最後、別れる時にも「じゃ、また!」と
なんだかいつもよりあっさり帰って行ったのと、こういう時義姉は
いつも帰ったあとかならずLINEを送ってくるのだが、昨日はそれも
なかった。
疲れもあったのかなぁとも思う。
食事会の最後の方、義姉はこめかみを自分で揉んだり、少し疲れた
ような表情を見せていた。やっと緊張が解けてもっと話していたいと
思う私とは相反し、義姉は「もう帰りたい・・」という顔をしていた
。以前は会ったあとのLINEにも「またお茶でも飲みましょう」と
良く言ってきていたし、まぁ、今年のお正月にもそうは言ってきて
いて、その圧が強く感じたことも良くあったが、以前よりはそういう
勢いのようなものもなくなってきた。
仕事がフルタイムになってから食事の支度がやる気がしないとか、
疲れるとか、そういう言葉も増えてきたので、義姉は義姉で大変なの
かもしれないが。

私としては、義姉とは親戚なのだが、ちょっと仲の良いつきあいの
長い先輩、のような位置づけでずっときた。
なんだかなぁと思う時もある人だが、それ以上に私にとってとても
話しやすいことの方が大きい。
しかしやはりライバル意識のようなものはお互い存在する。
が、私にとっては義姉には勝てないことの方が多すぎるという存在
でもある。
が、それは置いておいて将来的にもずっと仲良くしていたいというか
頼りたい存在の1人でもあるので、義姉にとっては私なんてただの
親戚なのかなと思う場面があると少し寂しく思う。

義姉には勝てないことが多いが、唯一勝ててるのは容姿かもしれない。
いや、私もそれほど大したものじゃないが、義姉は地味な顔立ち
なのと、こう言っちゃなんだがファッションセンスもそれほど長けて
はいないので、そこは勝ててるかなと思う。
こういうみんなで会う機会があると、私は帰ってきてから必ず旦那に
「お義姉さんと私、どっちが可愛かった?」と聞くのがもうネタのよう
になっているのだが、旦那は昨日も「ダントツでSARA」と答えた。
「ホント?冗談抜きで言って。」と言うと「マジで」と言う。
こんな問答をしていると誰かが聞いたら、私って相当嫌な奴だと
感じるかもしれないが、本当はこの問答は負けてる負けそうと感じる
自分が懸命に精神的なバランスを取るためのもので、むしろ負けてると
感じるからこそこういうことをしているのだ。

昨日行ったお店には、独身のころに旦那と行ったことがあった。
しかし結婚してからは行っていない。
中途半端に高い店なので、普段気軽にランチなどで入るには私達
にはちょっと敷居が高かった。
しかし昨日の食事会で義姉は「この間はこれを食べたんだよね」
とか「前にはこれが美味しかったよね」などと義兄と話していて
「私達はいつもここに来ているのよ」というのを誇示するように言
っていた。最初はスルーしていたが、あまりに言うのでスルーしっ
ぱなしも返って不自然かなと思い「良く来られるんですか?」と聞
くと「そう、お酒も置いてあるし、○○や○○なんかとみんなで来たり
するの。」と言う。○○や○○というのは子供の名前。
もうその2人の子供も独り暮らしをしているが、それでもたまには
みんなで食事したりしてるのよという、これもまた私達に対する
自慢のように私は聞こえた。
義兄や義姉は良くこういう誇示や自慢をトークに良く入れてくる。
いや、考えてみればみんなそうかもしれない。
義母もそうだし、実家の姉もそうだし、友達も。
私にそう聞こえているだけなのか、それともやはり私に「うちに
は子供がいない」というコンプレックスがあるから余計にそう
聞こえてしまうのか・・。

人と楽しく話がしたいと思っても、いつもこんな風に自慢されてる
ような気持ちになったり、誇示されて、「あぁ、この人にとって
私は敵なのかなぁ」と寂しい気持ちになったりする。
そう言えば昔、亡くなった友達も言っていた。
私と話しながら「子供いない人と話すと楽~~~!」と。
子供のいる人はみんな意外と子供のいない人が持つコンプレックス
を軽く見ているのかもしれない。本当はみんな乗り越えているつも
りで乗り越えていなかったりするし、普段は忘れているのだけど、ふ
とぶり返すいつまでも傷む傷のように子供がいないという現実を
胸に持っている気がする。でも子供のいる人にはこちらがそこまで
思っているとは思わないのかもしれない。

そう考えると私はやはり一生人とはわかり合えない気持ちを抱いて
孤独に生きていかなきゃいけないのかなと思ったりもする。
仲良くなったって結局はわかり合えない。
逆に言えば向こうだって子育ての大変さをわかってもらえないと
思ってるのかもしれないが。
あぁ、そんな風に考えると余計に寂しい気持ちになってしまった。

昨日は本当は生理予定日だったが、こういうことがあったせいか
やはり来なかった。今朝少しだけその兆候があったので明日あさって
くらいには来るかもしれないが、そういう時でもあるので余計に気
持ちが落ち込むというのとあるのかもしれない。

とにかく今日はヤケに寂しい。
優しい人に話を聞いてもらいたい。
私の話を興味深く親身に聞いて、私が楽になれるような優しい言葉を
返してくれるような人に。


明日からまた旦那が連休。
旦那はまたどこかに出かけると言い出すかもしれないが、私はなん
だか疲れてしまった。
少し前までは出かけるのがすごく楽しかったけど、今は家でゴロゴロ
していたいという気持ちの方が強い。
なんだか疲れてしまった。