SARAのブログ

日々のことあれこれ

脱力

2021-12-29 09:50:12 | 日記

昨日は午後から犬への手紙を書いた。今日火葬する犬と一緒に

入れる為だ。

そしてそのあと昼寝したが、神社の人がお札を持って来たので

それで起こされてしまった。

昨日も料理するつもりも予定もなかった。6時すぎに旦那から電話が

あったので帰りにお弁当を買ってきてもらった。

7時過ぎにはご飯を食べ始めただろうか。

そして8時半に私はお風呂へ入り、10時には眠くなった。

最終的に11時前にはもう寝ていたと思う。

旦那が何時に出て行ったのかはわからなかったが、旦那が起きて

支度している音は聞こえた。

しかしすぐにまた寝てしまった。

そして今朝。

私は長い長い夢を見ていた。

こんな時なのだから犬の夢でも見ればいいのに、なんと私は

自分が不倫をしている夢を見ていた。しかも芸能人とかそんな

可愛い相手ではなく、現実的で結構身近な人だった。リアルす

ぎてここにも書けないくらいの人だ。

そんな夢をタラタラと見て起きたのは何と、8時45分だった。

約10時間睡眠。

犬の介護中も、一日くらいはこんなことがあった気がする。

前の日に寝てなくて、夜中起されることもなく、次の日にたまたま

犬に起されなかったという奇跡的な日に。

しかしそういうたまたまの日を除けば、こんなことも10ヶ月

くらいぶりかもしれない。

介護中は、常に犬を見ていたので、もちろん朝起きればすぐに

犬の存在と様子を確認していた。寝る時も、そして寝てからも。

介護に入る前だって、「心配で」という理由でなくても朝起きれば

もう一つの存在が常にあった。それが何もない。

せめて戻るなら犬が元気だった頃に戻してほしいのに、犬が来る

17年弱前の生活に一気に戻ってしまった。

虚しい。

朝起きてもバタバタと動かなくていいことが虚しい。

たくさん寝たけど、返って脱力してしまい、気持ち的には何もせずに

ゴロゴロとしていた気分だったけど、そうしているとどうかなって

しまいそうだったので、とりあえず起きて、いつものようにキッチンの

片付けや、干したままになっていた洗濯物を畳んだりした。

その流れでリビングやダイニングテーブルの上もちょこちょこと片付け

たけど、1時間も消費しない。

しかしまだ今日は夜に犬を火葬しなければならないという大きな仕事

があるので、旦那が帰ってきてからはバタバタするだろうし、緊張も

あるが、本当にこれが終わったら私はどうなるのだろうと思った。

明日からは旦那がお正月休みに入るが、年が明けて旦那がまた仕事に

出かけて行ったら、どうなるのだろう。

どういう生活になるのか自分でも想像がつかない。

一気に気が抜けて、より一層何もしたくなくなり、太ってしまいそうだ。

 


何かの力

2021-12-28 10:54:06 | 日記

ゆうべは旦那が帰ってきてからちょっと喧嘩というか、

また旦那の空気の読めない発言に私が怒ってしまった。

こういう時なのだから犬にとっても私達にとっても怒らない

方がもちろん良いのはわかっているが、それにしても許しがたい

発言だった。

旦那に悪気はないのかもしれない。

ただ本当にそれを言われた方の気持ちを考えろと言いたくなる

ようなことが旦那には多い。それはお義母さんも同じだ。

そんなことがあったのでただでさえ寝不足だったが、ゆうべは

寝付けなくなってしまい、ゆうべというより、もう今朝の5時半

くらいになって寝た。

 

そして今日。

ゴミの日だったので8時半にゴミを出してきた。

本当なら次の収集日でいいやとなるところだったが、年内最後の

収集日だったので、頑張って出してきた。

またあとで昼寝しようと思う。

犬の介護生活中は、自分の好きな時間に寝ることはほとんど

できなかった。今日はこんな風に動こうと思っていてもその通りに

はほとんどいかなかった。

むしろ予定していない雑務がどんどん増えていく感じで、結局

眠いから寝たかったのに、もしくは寝ようと思っていたのに寝れな

かった、というようなことはもはや当たり前のことだった。

 

犬には最後の2週間くらいの間、オムツをつけさせることになったが、

それまでのほとんどは垂れ流しにさせていたので、大きいものの洗濯

物は本当に多かった。疲れている毎日にその雑務は負担だった。

最後にオムツをつけさせてみて、オムツにするとこんなに楽だったんだと

気づき、こんなんだったらもっと早くつけさせていれば良かったと

思った。

しかし犬は腎臓も患っていたし認知症もあったので、当時は「慣れないこ

とをさせてオシッコをしなくなってしまったらどうしよう」とか「できる

だけ犬には負担をかけずにいたい」という気持ちもあったので、オムツは

つけずに好きなところでさせていた。

 

 

昨日は、葬儀をしてくれる業者に連絡をしたり、病院にも連絡したり、祭壇を

設置する為にゲージを移動したり掃除をしたりとそれなりにやることはあった

けど、それでも自分のペースでできるということはこんなに楽なことだったんだ

と感じた。

昨日も書いていたけど、一日はほぼ犬の世話で終わっていた。

自分の時間もまったくなくはなかったけど、ない日の方が多かったし、あっても

睡眠を取ることに主にそれは使われていた。

「今日はゆっくり休めた~」と思えた日は9ヶ月間のうち数えるくらいだったと

思う。

今日も、朝ゴミを捨てて、さきほどは火葬の業者に連絡を入れなければならない

ことがあったり、今も洗濯機は回してて、まったくやることがないかと言われた

らそんなこともないのだけど、やはり今までの精神状態とはまったく違う。

もうずっと犬が心配だったし、いつもと違う症状や行動があれば不安だったし、

いつまでいてくれるんだろうという気持ちもあったし、犬が起きている間は

常に世話があった。

それが今は何もない。

明日の夜、犬は火葬する。

そしてその次の日の30日には、これは私が勝手に予定しているだけだけど、一応

菓子折持って病院に行こうと思っている。ただ、昨日電話した時にまさか先生と

話せるとは思ってなかったので(診療時間中だったので)旦那がもしかして「挨拶

できたならいいんじゃない?」と言うかもしれないが。

ま、どちらにせよ、それが終わればもうこれという用事はは何もない。

こうなってみるとやっぱり病院通いの負担もあったし、精神的にも私なりにいろんな

葛藤や不安や心配や懸念など多くの感情を抱えていたんだなと改めて思った。

 

犬がいなくなってしまったことは本当に悲しい。

だけど、正直に言うとやはり楽にはなった。

これは介護生活中に旦那にも言われていたことだけど、「良く人間の介護している人

が言うことだけど、亡くなって悲しいっていう気持ちが介護をすることによって

ホッとする気持ちが加わったりして薄れるって言うけど、犬がそうしてるのか神様が

そうしてるのかわからないけど、きっとこの介護生活を俺たちにさせることで悲しい

気持ちを軽減しようとしてるんだよ。この生活の間に覚悟してねっていうのもあると

思うし」と言っていた。

それは正にその通りかもしれないと思う。

犬が元気なまま、そしてこの介護生活を経験しないまま、ある日突然亡くなってしま

ったとしたら、きっともっともっと辛かっただろうと安易に想像できる。

介護生活の中でもいくつかの段階があり、その度に私達も覚悟できて、最後の数日も

実に良くできた感じだった。今思うと。

やはり見えない何かの力を感じる。

それは旦那の言うように、犬がそうしてくれてるのか、それとも神様がそうしてくれ

てるのかわからないけど。

 


姉から電話

2021-12-27 20:27:31 | 日記

夜ご飯を食べた。

そう言えば今日は朝に小さな丸いフランスパンを1個と、

お昼前にお腹が空いてカップヌードルカレー味を食べたきり、

何も口にはしてなかった。

何も作る元気もないので、ご飯に明太子だけの夕飯。^^;

しかしこういう食事は今犬が亡くなってしまったからという

わけではなく、この介護生活、特に朝と昼は本当にろくなものを

食べていなかった。

夜は作れる時はなるべく作ってはいたが、やはりここ1ヶ月くらい

は余裕がなくて、買ってきてもらうことも増えていた。

栄養を取らなければとずっと思っていたけど、用意する元気がない。

でもそのうち落ち着いたらもうちょっとまともな食生活をしなければ

。肌も髪もボロボロだ。^^;

 

旦那はまだ帰って来ない。

こういう時に限って遅い。

今日だけじゃなく、今月はいつもにも増して犬の体調が一気に悪く

なり、病院に行く回数や私の睡眠時間も短くなっていってたが、

それに比例するかのように旦那の仕事が忙しかった。もちろん旦那

自身も不本意であっただろう。

ちょうど12月にあたってしまったのでしかたがないが。

 

こういう時だからなのかわからないがあんなに人と話すのが嫌

だったけど、今はそうでもない。むしろしゃべりたい。

さきほど実家の姉に一応犬が亡くなったことをLINEしたら

電話をかけてきてくれたが、私はむしろ介護生活の時にこそ

話したかった。が。姉は義父が亡くなった時もそうだったが

決定的にこちらに不幸があった時にだけこういう風に電話を

してくる。決してこちらの力になりたいというわけではなく、

ただ単に人が不幸な時にそれを見たいというか。

しかしそちらの意図とは別に今は話すのが嫌ではなかったし、

話したい気持ちの方が強かったので、利害関係は一致した。

昼間はメソメソしていたが、業者が帰りご飯を食べたらメンタル

が少し回復していたので姉との電話でもあまり泣かなかった。

姉は「死んじゃったの~~~~~~」と言って私が泣くところを

聞きたかったのかもしれないが、それには反し、案外明るく話す

ことができた。

 


不思議

2021-12-27 19:36:43 | テレビ

6時過ぎに業者が来てくれた。

電話した時も思ったが、やはり動物が亡くなるというセンシティブな

ことに携わる仕事なのでその対応は非常に丁寧だった。

ウチに来てくれたあとも、その一連の流れはとてもスマートで、ま、

言ってしまえばそれも一連のマニュアル通りなのかもしれないが、

途中途中で「どんなわんちゃんだったんですか?」「どんなきっかけ

で飼われたんですか?」とかいろいろ聞いてくれて、それも恐らく

マニュアル通りのことなのかもしれないが、決して事務的ではなく、

私が答えたあともいろいろ話を繋いでくれたりしてくれたので、

あまり緊張せずに話ができた。

しかしやはり祭壇なんかがドーンと設置されると途端に現実感が増す。

お布団に寝かせていた時は一瞬、いつものように寝ているようにも

見えたがもうそんな風には見えない。

祭壇は写真で見ていたよりももっと立派で大きなものだった。

ペット用なのでもっとちんまりしたものだと思っていた。

棺もそれなりに立派。

そしてお花も豪華。

誰かに見せたくなるくらいだ。^^;

棺に入れられてしまったらもう出せないのかと思っていたが、聞いて

みたら「やっぱり一緒に寝たいですよね・・」と言ってくれて、いくつか

注意事項を守ってくれれば出しても良いと言うことだったので良かった。

まさか、ウチに祭壇が飾られる日が来るなんて。

祭壇があってもなくても、本当にこんな日が、もう少し先だと思っていた

こんな日が本当に来てしまったんだなと改めて思った。

 

今日も旦那は帰りが遅い。

自宅葬にしようということは今朝犬が亡くなったあとに旦那と初めて

話したことだったので、(旦那も私も漠然とそういう風にできたらいいな

とは思っていたが実際にちゃんと話したことはなかった)亡くなる前は

最悪私が1人で斎場まで行き、1人で犬を荼毘に付さなければならなく

なることも覚悟していたが、ちょうど旦那がお正月休みに入る前の日の夜に

旦那も立ち会えてしてもらうことにもなったし、それで次の日から旦那が

休みに入って、すぐに年が明けることになるので、これももしかしたら

犬が私達にとって良いそういう時を選んでくれたのではないかと思った。

 

今日は昼間も旦那と何度か連絡を取ったが、毎回2人で泣いてしまう。

今朝亡くなったばかりなので当たり前だけど。

旦那もちょこちょこ犬の仕草を思い出しては今日は泣いていたと言っていた。

 

火葬する時がまた辛いだろうなと。

そして犬の肉体が完全にこの世から消えてしまったらまたそこで改めて

喪失感を味わうだろう。

耐えられるんだろうか。

2人でまたワンワンと泣いてしまいそうだ。

火葬は火葬車のようなものが来てくれて、場所は選べるそうだけど、恐らく

ウチの庭でやることになると思う。

一応平日(になるのかな)の夜、暗くなってからやることになったので

それも正に私が希望するところだった。

例えば昼間に火葬場まで旦那と、亡くなった犬を連れて行くという形も

あったかもしれない。

しかし亡くなった犬を車に乗せたりする時に近所の人にもし会ってしまった

ら・・というか、絶対にそんなことになりたくないと思っていた。

夜は何時まで受け付けてくれるのかとか調べたことはなかったけど、できれば

夜暗くなってから家でするというのが理想だったが、その通りにできることに

なり、ありがたい。

 

犬が亡くなった時に私が直前に目が覚めて、そして旦那もすぐに起きてちょうど

犬の臨終に立ち会えたのだけど、もし旦那が1分でも2分でも遅く起きていたら

もう2人で看取ることはできなかったのだと思うと、やはり不思議でしかたがない。

私が起きた時はもちろん直後に犬が亡くなるなんてわからなかったわけだから、

私が旦那を起こしたわけでもなかったのに、寝ていた旦那が正にそのタイミングで

目が覚めたのも、犬が私達2人を揃えてくれたか、待っててくれたかのような気が

してならなかった。

こういうことって本当にあるんだなと思った。

 

 


感じること多々

2021-12-27 17:00:25 | テレビ

気がつけばもう5時。

午後は何をしていたのか・・?

料理したくなくて、お昼はカップ麺を食べた。

そのあとは・・そうだ、フィギアスケートのペアとアイスダンスの

録画を見ていたんだった。

その間も時々犬を見ては泣いていた。

そのうち眠くなったけど、何となく気が張って寝れなかった

ので、いつも見ているASMR動画を見ていた。

それであっという間に寝てしまった。

 

起きたら4時半だった。起きてすぐに犬を探す。

これは、犬が具合が悪くなってからというより犬がウチに

来てからずっとしてる何気ない行動の一つだったと思う。

お布団に寝ている犬を認識して悲しくなる。

その後、用事があって1階に行ったが(リビングダイニングは

2階にある)ここ1ヶ月は特に犬の目が離せなかったので

もの凄く早く動いて早く2階に戻らなければとしていたけど、

やはりそう動こうとして「あぁ、もうそうしなくていいんだ」と

思い、また悲しくなるのだった。

 

犬の肉体はあるが、やはり以前とはまったく違う。

さきほども言っていたが、特にここ1ヶ月は心配で、毎日ご飯を

食べた食べない、下痢しているしていない、お水を飲めたかどうか、

元気があるない、歩けたかどうかなど、常に何かを気にして一日を

過ごしていたのに、それが何もない。

恐ろしく身軽で恐ろしく寂しい。

犬が元気な頃だっていつも様子を伺っていたし、違う部屋から

戻ったり外出先から戻ったりすればまず犬の姿を確認してた。

これからはもうそれもなくなる。

思い出したのは、ウチがまだ犬を飼う前に、ウチの近所の人が先に

犬を飼っていた。その人の家に遊びに行ったことがあるのだけど、

その時にはもうウチの旦那が犬が欲しいと言っていて買う予定では

いたのだけど、普通に人間が生活しているスペースに、別の生き物が

自由気ままにそのへんで昼寝したりしているのを見て、なんて凄い

ことなんだと思った記憶がある。その家の買っている犬の犬種は

私はあまり好きな犬種ではなかったにもかかわらず、可愛くて、

「動物のいる暮らしってこういうことなのか・・!」とちょっとした

カルチャーショックを受けていた。

実際にウチに犬がやってきて、犬のいる生活に慣れるまでは少し時間が

かかったけど、それから16年間もその小さくて、だけど大きな存在が

今はいなくなってしまったのだ。

寂しくないわけがない。

 

特にこの9ヶ月間は、心配と不安の連続だった。

犬がより一層愛おしかった。

それまではずっと旦那がリビングで犬と寝ていたが、旦那は夜中や早朝

に出勤してしまうことが多いので、私が起きてくるまで間が空いてしまう

為、3月から私は犬と一緒に寝ることにした。

しかしそれは寝不足生活の始まりだった。

 

昨日もおとといも夜は3時間づつくらいしか寝ていないので、今日の

午後はASMR動画を見て寝た。

でもやはりこれも「寝れる時に寝ておかないと」という頭が自然に働いて

いたからだった。

このあと業者がウチに来ることになっているし、29日はウチで葬儀と

火葬がある。なので、まだまだやることあるぞという気持ちではいたのだ

けど、考えてみたら夜はもう普通に寝れるのだった。

特に24日の朝に「年内持つかどうか」と言われてからは看取らなければと

いう気持ちがより一層強くなっていた。(その割には結局実際に看取った

日も直前まで寝ていたけど^^;)

 

犬の具合が悪くなってからは朝起きたらとにかく午前中のうちにその日やら

なければならないことを片っ端から片付けていって、あっという間にお昼に

なり、お昼を食べてちょっとでも横になると気を失うように寝ていた。

しかし犬にすぐに起こされたり、犬が起きると私も起きてしまったりで結局

寝れないということも多かったし、そしてその夜もまた犬に起こされて起きると

なると本当にまとまって寝れる時間はなかった。

起きている時間はとにかく、やらなければならないことをこなし、あとは

片付けて片付けて片付けていた。

テーブルの上、リビング、キッチン等、物が散乱しているだけでとたんに

忙しく感じてしまうからだった。

何年か前、義姉の家に遊びに行った時に、義姉が抹茶を抹茶茶碗で煎じて

飲ませてくれたのだけど、飲み終わるとすぐにその茶碗を洗い、すぐに

食器棚にしまっていた。その仕草はもう長年体に染みついているかのよう

に自然で、そう言えば義姉の家はヤケに片付いていると思っていたが、

義姉のこういう仕草からだったのかとその時思ったのを覚えている。

この介護生活になって思ったのはやはり小さい赤ちゃんの世話をしている

お母さんや自宅で家族を介護している人の気持ちが良くわかったということ

だったが、義姉も3人の子供を育てているので気持ちに余裕のない時も

多々あっただろう、その中でやはり使ったものはすぐに洗う、出したものは

すぐに仕舞うという仕草が自然に身についてしまったんじゃないだろうかと

思った。

実際に私が目を離せない存在を抱え、夜中も思うように寝れない生活をする

中、以前よりもより一層片付けるようになり、なるほどなと思ったのだった。