眞ちゃんち

クラリネット奏者 橋本眞介Blog

楽譜の向こう側

2019年06月01日 | Weblog


名古屋アカデミックウインズ本番。
長い一日が終わりました。
多くのお客様にご来場頂き感謝です。

明日も朝が早いしヘトヘトになったので打ち上げも参加せず、帰宅途中の丸亀製麺でうどんを食しながら今日の本番を反芻しました。

ここからは自分に言い聞かせる為に記す。
吹奏楽やオケで思うことの1つ。
f(フォルテ)と記載されていてもfが1つであるという事。
曲によりけりだがffもfffもあるものもあればラウドネス(音の大きさ)のMaxがワンフォルテまでということもある。
fが曲中で出てきたらその先のラウドネスの確認が要るだろう。
fが何soneというルールはないし、その場面のテンションや曲の力もあるだろうから一概には言えない。
逆にp(ピアノ)も然り。

また奏者目線から見たfと指揮者目線からも異なる事がある。
奏者は森(全体)を見ずに木(個)を見がち、指揮者はいつも森を見ると思う。
この辺りは単音楽器奏者よりはピアニストの感覚だろう。
奏者全員が指揮者並みにスコアリーディングしてバランスや役割を把握しておくとリハーサルももっと楽になる。
プロ団体になると流石に最低この辺りまでこなしてリハーサルに臨むだろうが、それでもリハーサルでは細かいバランスを確認しないとうまくいかない。
リハーサルに臨む前に各楽器の音量はこれくらいだろうなという想定をしたい。
また現場で予想と反した時はそれに対応できる柔軟性を持つ事が大切。実はこちらの方が多い。
今回、指揮者の仲田さんからはそういう事は大事なんだよと直接、楽団員に言われてはいないが、そういう事の大切さをもう一度再確認したような気がする。

もう1つは作曲家側の気持ちになるという事。
プレイヤーのほとんどは曲が書けない。
書けないというかあまり書こうとしない。
いっぱい書く人もいる。その才能に感服する。
だから作曲家の気持ちと言われてもその気持ちには中々成り難い。
でもこういう事が言いたいのだろうなというのは譜面(作曲家からの手紙)を見ればわかるだろう。
わからない内容もあるが何とかわかろうとする努力も必要だ。

プレイヤーは目の前にある楽譜と向き合った時、それを書いた作曲家が我々の目の前に立っている訳ではない。
しかしその記号の向こう側に会いに行くために理解し努力し続ける。