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~ディートリヒ・フィッシャー=ディスカウ 東京ライブ1974~
シューマン:歌曲集「詩人の恋」
リーダークライスop.24
他
バリトン:ディートリヒ・フィッシャー=ディスカウ
ピアノ:小林道夫
バリトンのディートリヒ・フィッシャー=ディスカウ(1925年ー)は、私にとっては青春の思い出そのものである。その昔、ラジオから聴こえてくるバリトンというと、フィッシャー=ディスカウが圧倒的に多かったことを覚えている。実に堂々としていて、男性的で、少しも聴衆に媚びることはなく、我は我の道を行く、とでも言ったらいいような、信念にみちみちた態度に好感がもてたのである。勿論、声の質も美しいし、メリハリのある歌いっぷりは、非の打ち所がないといった感じがした。当時ソプラノでは、シュワルツコップが大人気であったのだが、何か当時の一流の歌手は、品格が備わっており、毅然としたところがあったように思う。フィッシャー=ディスカウの何が一番好きか、と問われれば、私はその声の音色そのものと答えると思う。あんなに温かく、深みもあり、そして人間味に溢れた音色のバリトンは、私にとってフィッシャー=ディスカウしか、今だに存在しない。
そんな憧れのバリトン、フィッシャー=ディスカウが1974年に東京でのコンサートのライブ録音盤があるというので、飛びついて買ったのがこのCDである。期待に違わず素晴らしい出来のCDに仕上がっている。ライブ録音独特の緊張感が何よりもいいし、録音の質も良く、フィッシャー=ディスカウのあのビロードのような美しい音色が十分に聴き取れるのだから堪らない。曲目もシューマンのリートであるので何回も聴き直しても、決して飽きが来ない。シューマンのリートを聴くには、ひょっとすると、このCDが一番いいかもしれないとさえ感じられる。それもそのはず、このときフィッシャー=ディスカウ49歳で、バリトンとして一番油の乗った時期であり、円熟の境地にあったことが窺える。それにピアノの小林道夫とのコンビも抜群だ。このCDのライナーノートに小林道夫自身が、フィッシャー=ディスカウの人となりを書いているが、それを読んでなるほどと、一人で納得した。
このCDのライブ録音の音質がいいので、何故かと思って見てみると、録音を担当した東条碩夫氏がそのいきさつを詳しく書いてあった。エフエム東京の「TDKオリジナルコンサート」用に録音したもので、多分当時の最高水準の録音技術を駆使した結果なのであろう。何故、音質に拘るかというと、少し前に東京・新宿のタワーレコードで、独Membren Music製のフィッシャー=ディスカウのリートが10枚1ボックスに収まったCDを見つけ、うむをいわずに買い求めた。これも素晴らしい出来のCDで大満足であったのであるが、フィッシャー=ディスカウしか出せない、あの音色がいまいちという思いがずっとしていた。そして今回音色の良い東京でのライブ録音盤を聴いて、胸のつかえが一挙に晴れたからだ。
吉田秀和著「一枚のレコード」(中公文庫)の中に、フィッシャー=ディスカウが来日したとき(このCDが録音された1974年かどうかは分らない)、吉田氏が直接会話した話が載っており、その中に「今は専門の歌手たちは、リートよりむしろオペラを歌うのに精いっぱいだ。日本といういう国が東洋にあるのは、ありがたいことだ。今に、シューベルトを歌おうと思ったら、日本に来なければならなくなるかもしれない」と笑いながら話したということが載っている。フィッシャー=ディスカウが如何にリートを愛していたか、そして、その人間性が垣間見えて、面白い話だなと思う。(蔵 志津久)