バッハ:ブランデンブルグ協奏曲第1番―第6番(全曲)
指揮:オットー・クレンペラー
管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団
CD:EMI TOCE 91023-24
バッハ(1685年―1750年)の音楽は、今から250年以上前に作曲されたのにも関わらず、現代の我々も共感を覚える何かが存在している。例えば、少し先輩に当るヴィバルディ(1678年―1741年)と比較してみれば明白だ。ヴィバルディも現在演奏される名曲を数多く残しているが、如何にもバロック音楽といった趣が濃厚であり、我々リスナーがヴィバルディを聴くと、遥か彼方のバロック時代にタイムスリップしたような感覚に捉われるのである。それに対してバッハの音楽には、現代の我々が共感できるような部分が存在している。今はそう聴かれなくなったが、バッハの音楽をジャズにアレンジした演奏が盛んだった時代があった。バッハの音楽は、クラシック音楽という範疇を飛び越えてしまうだけの、とてつもないエネルギーを内包しているのだ。また、グレン・グールドのバッハのピアノ演奏は、バッハと現代とを結びつける先駆けだったということができる。グレン・グールドの天分が、バッハの現代性をいち早く嗅ぎ取ったと言って過言でなかろう。
今回のCDは、バッハ:ブランデンブルグ協奏曲第1番―第6番(全曲)である。何故ブランデンブルグなのかとうと、ブランデンブルグ辺境伯のクリスティアン・ルードヴィヒに献呈されたのでこの名が付いているのである。献呈した日は、1721年3月21日となっているが、これらの全6曲は、かなり長い間をかけて作曲されたらしい。作曲された順は、第6番⇒第3番⇒第1番⇒第2番⇒第4番⇒第5番の順だという。このうち、第6番と第3番はワイマール時代、第1番以降はケーテン時代に書かれたものとされている。この曲は合奏協奏曲というジャンルに当て嵌まり、バッハといえども合奏協奏曲のお手本とする作曲家はいたわけであるが、それがヴィバルディということになる。ヴィバルディは、イタリアの作曲家らしく明快で、軽やかな音楽を作曲したが、バッハはこれに加え、フランスの音楽の味、さらにはドイツの音楽のエッセンスを加えて作曲した。その結果、お手本としたヴィバルディの合奏協奏曲を上回る傑作を残すことになったのだ。いわば、バッハの作曲したブランデンブルグ協奏曲は、多国籍音楽ともなっているところが、先輩格のヴィバルディを追い抜いてしまった原因があるということになる。そんな目で見ると、バッハは、他の作曲家とは何か違うことをしようとした、改革派の作曲家でもあったのであろう。
それではオットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏で聴いてみよう。第1番は、他の曲がいずれも急ー緩ー急の3楽章で書かれているのに対し、唯一4楽章形式を採用している。この辺はバッハの新しい取り組みの意欲が感じられる。曲は全体にゆっくりとしていて、聴いていて安心感が持てる曲想に仕上がっている。クレンペラーの指揮は、奥行きの深い堂々とした構えの音楽を構築する。しかし、少しもぎすぎすした所はなく、瑞々しさに溢れ、聴き応えがある。第2番は、典型的なバロック時代の合奏協奏曲である色合いが濃い曲であり、クレンペラーの指揮も明るく華やかな色彩で演奏する。第3番は弦楽器だけの編成であり、その第1楽章を聴くと懐かしいメロディーが聴かれ、何かほっとする。この辺が現代でもバッハ愛好される理由の一つだ。少しの古めかしさがなく、弦楽合奏の醍醐味が味わえる。オットー・クレンペラーとフィルハーモニア管弦楽団メンバーとが一つになって演奏するさまが何ともいい。第4番の第1楽章のメロディーは誰でも一度は聴いたことがあろう。親しみが湧く曲だ。第5番の第1楽章も御馴染みのメロディーが聴かれ、懐かしさに溢れた曲。クレンペラーはそんな曲を丁寧に、隅々に配慮した演奏を聴かせてくれる。第6番は、音楽が幾重にも折り重なった感じの曲で、クレンペラーの指揮は、その重厚な趣を醸し出すことに見事成功している。
このCDで指揮をしているオットー・クレンペラー(1885年―1973年)は、ドイツの指揮者で、数多くの録音により、現在でも愛聴者が多い。マーラーの推薦で、プラハ・ドイツ劇場の指揮者としてスタート。1933年―1939年、ロスアンジェルス・フィルハーモニックの常任指揮者として活躍したが、脳腫瘍のため一時引退に追い込まれる。以後、死に至るまでクレンペラーは、怪我などの病魔にも悩ませられることになる。このCDでもそうであるが、クレンペラーの指揮は、比較的ゆっくりとしたテンポで行われることが多いが、これは病気の影響とも言われている。第2次世界大戦後、ヨーロッパ楽団へ復帰を果たす。1947年、62歳でハンガリーのブダペスト国立歌劇場の監督に就任する。1952年には、EMIと録音契約を結び、以後多くの名演奏を残すことになる。そして1959年、クレンペラーはフィルハーモニア管弦楽団の常任指揮者の座に就き、同楽団が1964年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団として新しいスタートを切った後も両者の活動は続いた。オットー・クレンペラーの指揮ぶりは、如何にもドイツの指揮者らしく、堂々とした構成の音楽を聴かせる。今回のバッハ:ブランデンブルグ協奏曲第1番―第6番(全曲)の録音は、そんなクレンペラーの特徴がよく現れた録音として今後も長く聴かれ続けることになろう。
(蔵 志津久)