漫画家・東村アキコの自伝的漫画「かくかくしかじか」を実写映画化。漫画家を目指す少女と恩師である絵画教室の教師との9年間に渡る軌跡が描かれる。ネット情報によると、原作者の東村アキコは、映画化を断ってきたらしいが、永野芽郁と大泉洋が出演をOKしたとのことで、自ら脚本を手掛け、製作にも名を連ねて、映画化されたようだ。それだけ本作には思い入れが深いということだろう。
舞台は、宮崎県の田舎町。幼い頃から漫画が大好きな高校生の林明子(永野芽郁)は、持ち前の明るく曲がった部分のない性格に加え、家族にも学校の先生にも、褒めちぎられてマイペースで生活していたが、さすがに受験があるということで、漫画家になる夢を叶えるべく、まずは、美大合格を目指して、地元の絵画教室に通うことにした。元々、それ程、通う気持ちもあまりなく、月謝が安かったから通う程度だった。ただ、そこで出会ったのは、竹刀を振り回す超スパルタ教師の日高(大泉洋)だった。教室内は、生徒達の意見は全く聞かない切り詰めた雰囲気。どんな状況でも、描くことを止めさせない。容赦なく出される課題。ダメ出しの連続。ただ、体調不良を理由にサボったりすると、逆に親身になってくれて、何となく通い続けることになる。
何だかんだあった後、林は、無事に美大を卒業し、地元宮崎で就職するが、漫画や絵画とは全く関係ない仕事で、怒られてばかり。このままでは自分が中途半端になると思い、少女漫画に投稿し続けると、それが取り上げられ、「漫画」の世界で生きることを決心するが、日高の想い(絵画を描き続けること、いずれは二人で個展を開くこと)とのすれ違いに思い悩むようになる。そんな中、日高から思いもよらない電話が掛かってくる。。。
今の時代はNG連発の超スパルタ教育だが、教室には不思議と生徒はいる。しかも、老若男女。厳しい指導だが、何か暖かさがあるのだろう。口下手だが、本心は相手のことを真剣に考えている先生。昭和の時代はたくさんあったように思う。日高が常々口にする『描け!』は、自分には、『生きろ!』と言っているように思えた。「生きていれば何か良いことがある」「生きていなければ、何も出来ない」強いメッセージだ。要所に出てくるこの言葉に泣かされた。先生は持っているものすべてを弟子達に伝えたい、受け取ってほしいと思うが、弟子達は、言われている時は違うと思ってしまう。気付くのは、先生が居なくなってからである。林は、日高から電話が掛かってきた時は、日高からとすぐに察していた。今の時代は死語かもしれないが、「以心伝心」なのか。弟子を心配する気持ちに応えきれていない自分へのもどかしさもあるかもしれない。
金沢大学の講師も、日高とはタイプは違うが、課題採点の際のコメントは良かった。「描いている」=「生きている」を絵画から見抜いていてすごいと思った。
海岸でのラストシーンも良かった。大きな存在だっただけに、実際に、その場にその人がいなくても、感じられるということはあるだろう。自信が持てる、安心出来るということだろうか。それが、師弟愛、夫婦愛、兄弟愛・・・といったことだろうか。
ただ、1点気になったのは、絵画教室で、ある生徒にチンパンジーのあだ名を日高の思いつきで付けるシーンは、後味悪かった。続けて、生徒全員でランチする際に、その生徒が、りんごとバナナだけのランチだったので、チンパンジーに引っかけて、皆で大笑いしていたが、本人の気持ちはどうだったのか。本人も笑っていて、笑い飛ばしたいという意味もあったかもしれないが、行き過ぎた感は否めなかった。
最後に、主演の二人も安定の上手さだったが、林の両親役のMEGUMIと大森南朋もとても良かった。天然キャラの吹っ切れている役で、観ていて気持ち良かった。劇場でも、笑いが起きて、ほのぼのした。公開から日が経っていたが、劇場はほぼ満席。お客さんも老若男女。絵画教室の生徒と同じように感じた。5月7日のブログ「花まんま」に続き、基本を大切にした王道を行く作品だが、泣きたい気分の時は、お薦め。
(kenya)
監督:関和亮
原作:東村アキコ『かくかくしかじか』
脚本:東村アキコ、伊達さん
撮影:矢部弘幸
出演:永野芽郁、大泉洋、見上愛、畑芽育、鈴木仁、神尾楓珠、森愁斗、青柳翔、長井短、津田健次郎、斉藤由貴、有田哲平、MEGUMI、大森南朋
舞台は、宮崎県の田舎町。幼い頃から漫画が大好きな高校生の林明子(永野芽郁)は、持ち前の明るく曲がった部分のない性格に加え、家族にも学校の先生にも、褒めちぎられてマイペースで生活していたが、さすがに受験があるということで、漫画家になる夢を叶えるべく、まずは、美大合格を目指して、地元の絵画教室に通うことにした。元々、それ程、通う気持ちもあまりなく、月謝が安かったから通う程度だった。ただ、そこで出会ったのは、竹刀を振り回す超スパルタ教師の日高(大泉洋)だった。教室内は、生徒達の意見は全く聞かない切り詰めた雰囲気。どんな状況でも、描くことを止めさせない。容赦なく出される課題。ダメ出しの連続。ただ、体調不良を理由にサボったりすると、逆に親身になってくれて、何となく通い続けることになる。
何だかんだあった後、林は、無事に美大を卒業し、地元宮崎で就職するが、漫画や絵画とは全く関係ない仕事で、怒られてばかり。このままでは自分が中途半端になると思い、少女漫画に投稿し続けると、それが取り上げられ、「漫画」の世界で生きることを決心するが、日高の想い(絵画を描き続けること、いずれは二人で個展を開くこと)とのすれ違いに思い悩むようになる。そんな中、日高から思いもよらない電話が掛かってくる。。。
今の時代はNG連発の超スパルタ教育だが、教室には不思議と生徒はいる。しかも、老若男女。厳しい指導だが、何か暖かさがあるのだろう。口下手だが、本心は相手のことを真剣に考えている先生。昭和の時代はたくさんあったように思う。日高が常々口にする『描け!』は、自分には、『生きろ!』と言っているように思えた。「生きていれば何か良いことがある」「生きていなければ、何も出来ない」強いメッセージだ。要所に出てくるこの言葉に泣かされた。先生は持っているものすべてを弟子達に伝えたい、受け取ってほしいと思うが、弟子達は、言われている時は違うと思ってしまう。気付くのは、先生が居なくなってからである。林は、日高から電話が掛かってきた時は、日高からとすぐに察していた。今の時代は死語かもしれないが、「以心伝心」なのか。弟子を心配する気持ちに応えきれていない自分へのもどかしさもあるかもしれない。
金沢大学の講師も、日高とはタイプは違うが、課題採点の際のコメントは良かった。「描いている」=「生きている」を絵画から見抜いていてすごいと思った。
海岸でのラストシーンも良かった。大きな存在だっただけに、実際に、その場にその人がいなくても、感じられるということはあるだろう。自信が持てる、安心出来るということだろうか。それが、師弟愛、夫婦愛、兄弟愛・・・といったことだろうか。
ただ、1点気になったのは、絵画教室で、ある生徒にチンパンジーのあだ名を日高の思いつきで付けるシーンは、後味悪かった。続けて、生徒全員でランチする際に、その生徒が、りんごとバナナだけのランチだったので、チンパンジーに引っかけて、皆で大笑いしていたが、本人の気持ちはどうだったのか。本人も笑っていて、笑い飛ばしたいという意味もあったかもしれないが、行き過ぎた感は否めなかった。
最後に、主演の二人も安定の上手さだったが、林の両親役のMEGUMIと大森南朋もとても良かった。天然キャラの吹っ切れている役で、観ていて気持ち良かった。劇場でも、笑いが起きて、ほのぼのした。公開から日が経っていたが、劇場はほぼ満席。お客さんも老若男女。絵画教室の生徒と同じように感じた。5月7日のブログ「花まんま」に続き、基本を大切にした王道を行く作品だが、泣きたい気分の時は、お薦め。
(kenya)
監督:関和亮
原作:東村アキコ『かくかくしかじか』
脚本:東村アキコ、伊達さん
撮影:矢部弘幸
出演:永野芽郁、大泉洋、見上愛、畑芽育、鈴木仁、神尾楓珠、森愁斗、青柳翔、長井短、津田健次郎、斉藤由貴、有田哲平、MEGUMI、大森南朋
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