これは勝川春章(享保11〜寛政4・1726〜93)の役者絵だ。
制作年は不詳だが、
2代目瀬川菊之丞だから、宝暦7〜安永2(1757〜1773)の間だろう。
石橋ものは初代菊之丞が得意としていたもので、
「相生獅子』(享保19・1734年初演)が長唄石橋ものの嚆矢となる。
今では獅子ものといえば「連獅子」や「鏡獅子」など立役の勇壮なものという印象が強いが、
その始まりはこのような女方のもだったのだ。
制作年は不詳だが、
2代目瀬川菊之丞だから、宝暦7〜安永2(1757〜1773)の間だろう。
石橋ものは初代菊之丞が得意としていたもので、
「相生獅子』(享保19・1734年初演)が長唄石橋ものの嚆矢となる。
今では獅子ものといえば「連獅子」や「鏡獅子」など立役の勇壮なものという印象が強いが、
その始まりはこのような女方のもだったのだ。