西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

吉原二階座敷

2015-04-06 | 三田村鳶魚を読む
吉原遊興の図をもう一枚。
これは奥村政信が1745(延享2)年に描いた浮世絵「新吉原二階座敷」だ。

手前で三味線を弾いている遊女の傍で、客が扇を手に浄瑠璃を語っている。
銚子を前に新造がはべり、その後ろにやり手が控える。
手紙を持つ新造が階段を上がって来る。

座敷中央には寝そべって酒を飲む遊女と客。
奥の座敷では遊女達が双六に興じ、隣の座敷ではうたた寝の客に羽織りを着せる女。

昼下がりの時間だろうか、
開け放した廊下越しに見えるのは土手八丁だ。
駕篭や歩きの客が見える。

大広間でこんなにおおらかに遊んでいたのだろうか。
  
   
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月見の宴

2015-04-05 | 三田村鳶魚を読む
これは西村重長(1697~1756)の浮世絵「新吉原月見之座敷」だ。
重長は奥村政信より10年ほど後に生まれた絵師だが、
描くのはだいたい同じ時代の世界だ。

揚屋の座敷を開け放ち、月見の宴に興ずる客。
三味線を弾く遊女のそばにいる客の一人が、扇で拍子を取っているようだ。
もしかしたら、浄瑠璃を語っているのか。
もう一人の客は盃を手にそれを聴いている。
そばに遊女がしどけなく侍り、手に銚子を持って立っているのが新造(遊女見習い)だ。
屏風の外では男衆が控えている。

この時代はまだ正座の習慣はなく、この絵のように立て膝やあぐらが普通だった。
長唄はまだ始まったばかりなので、弾いているのは河東節か豊後節だろう。

    
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新吉原

2015-04-04 | 三田村鳶魚を読む
これは奥村政信((1686~1764)の浮世絵、「吉原京町」だ。
時代的には昨日、一昨日の島原遊郭の絵と同じ頃(1731)だろう。

京町遊女屋の見世先の縁台に腰掛けて、三味線の稽古をする遊女。
西も東も、曲輪の中では同じような生活パターンだったようだ。

立っている右の女と腰掛けている女は遊女で、三味線を聴いている男は遊女屋の主だろうか。
   
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天紅の文

2015-04-03 | 三田村鳶魚を読む
これは島原の遊女屋でくつろぐ遊女たちだ(1731年、西川祐信筆)。
手紙を書く遊女のそばで三味線の稽古をする遊女。
あとの二人はのんびりと三味線を聴いているようです。

島原では手紙に二つ折りの和紙を使い「結び文」にしていたようだ。
江戸の吉原では巻き紙を使い、書き終わったら巻き戻し、
上部を紅の液に浸して赤く染める「天紅(てんべに)の文」で客の心を魅了した。
 
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島原遊郭

2015-04-02 | 三田村鳶魚を読む
西川祐信の浮世絵をもう少し見てみよう。

これは3月31日掲載の絵と同じ時期に描かれたもので、
島原遊郭の見世先のようだ。

遊女が縁台の上で三味線の稽古をしている。
もう一人の遊女は煙草盆を前にくつろいでいる様子で、
向こうから歩いてくる遊女も、何だかのんびりしている。
張り店(営業)前の時間だろうか。
      
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