西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

正札付

2010-06-30 | 長唄の歌詞を遊ぶ (c) y.saionji
110-「正札付」(1817・文化11年・森田座)


「菊寿草摺」(6/22ブログ)で書いた草摺物の違うバージョンで、
ここでは道化役の小林朝比奈が留める。


『留めてとまらぬナ 無理酒に
 気強い朝のひぞり言
 エゝ 何じゃいな おかしゃんせ
 肩に手拭い 
 染めもかまわぬ江戸自慢
 かまいます 妙でんす
 派手な所がわしゃ嬉し
 これ留まらんせ』

●止めても止まらぬ酒の無理強いで、朝になって本気で、怒ること怒ること。
 ああ、おかしい。
 肩にかけた手拭いは、団十郎好みの江戸自慢。
 男女蔵好みの模様も、すてきに派手なところが、たまらない!
 ちょっと、お止まりよ。
  
“かまわぬ”とは、物事にこだわりませんという、
団十郎の身上を、鎌、輪、ぬ、の判じ物に表した模様。   
 


”かまいます”は、その反対を洒落た、市川男女蔵の模様。



何とも遊び心に溢れた、とんちじゃないか。
こいうことが江戸人のゆとりなのだ。
今の日本人にもこのような遊びを楽しむ余裕があるといいのですが…
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俄鹿島踊

2010-06-29 | 長唄の歌詞を遊ぶ (c) y.saionji
109-「俄鹿島踊り」(1813・文化10年・中村座)

俄とは、上方のニワカが先行する、にわかに思いついた芸能のことだが、
吉原の場合は、独自のイベントを指すことばとなった。

新吉原が出来てからおよそ100年後(1762・宝暦12年)、
茶屋の主人たちが、8月1日の九郎助稲荷の祭礼に、俄芝居を仕立てて仲の町を練り歩いた。
これが殊の外受けたもので、調子に乗って数日間続けたのだそうな。

翌年はさらにグレードアップして、芸者たちが芸を競った。
そうこうするうちに、期間も大幅に延長、
8月半ばから9月半ばまで30日間に及ぶ「吉原俄」という名物になった次第。

鹿島とは、茨城県にある鹿島神社のことで、
毎年元旦になると、神官がその年の吉凶・豊凶を鹿島大明神の神託として触れて歩いた。
いつの頃からか偽神官が現れ、
でたらめな託宣をしては、お守りを売りつけるようになったのだが。

『さても見事な神いさめ
 思い寄せたる宮雀
 鈴振る 袖振る 振りもよし
 鳴りも吉原全盛遊び
 浮かれ浮かれて これわいな』

●さあさあ、すばらしい託宣だよ。
 神官さんは今年の予想を持ってきた。
 振り下ろす鈴の音色も絶好調、吉原も今が全盛、
 浮きに浮かれて、やってみよう。

この曲は実際の吉原俄のための曲ではなく、
坂東三津五郎(3代目)の12変化の所作の地として作られたもの。

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舌出三番叟

2010-06-28 | 長唄の歌詞を遊ぶ (c) y.saionji
108-「舌出三番叟」その2


元曲、「寿世嗣三番叟」に因んで、七五三の晴れ着の“模様づくし”。
目出たい言葉が並ぶ。

『天の岩戸のナ
 神楽月とて
 祝うほんその年も
 五つや七 三つ見しょうと
 縫いの模様のいと様々に
 竹に八千代の寿込めて
 松の齢の幾万代も
 変わらぬ例し 鶴と亀
 ぴんと跳ねたる 目出鯛に
 海老も曲がりし腰の志め
 宝尽くしや 宝船』

神楽月とは、11月(霜月)の異称で、この月の満月にあたる15日に、
氏神様に詣で、七五三の子供の成長を祈った。

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おさらい

2010-06-27 | プライベート
今日は、うちのお稽古場のお浚いの日でした。

雨が心配だったのですが、幸いに降られず、
ささやかではありますが、和気あいあいととり行うことができました。

親類縁者、金主たるご主人、友人恋人等々、たくさんいらして、狭い会場は一杯になりました。
稽古の成果を披露する当事者たちは緊張の極でしたが、
「やったぞ!」という充足感でしょうか、
終演後は総体的にいいお顔をなさっていました。

私は子供の時はお浚いの経験があるのですが、
大人になってからは助演の方に回ってしまいましたので、
こういった「緊張」からは遠のいて来てしまいました。
ですから、初々しい緊張はうらやましいです。

左は助演の杵屋秀子氏。
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舌出し三番叟

2010-06-26 | 長唄の歌詞を遊ぶ (c) y.saionji
107-「舌出し三番叟」(1812・文化9年・中村座)


この曲は、志賀山流に伝わる「寿世嗣三番叟」をアレンジしたもので、
中村歌右衛門(3代目)が踊った。
歌右衛門は子供の時、大阪に来た中村仲蔵に直接これを伝授された。
それ以来、歌右衛門は仲蔵に私淑しており、26年振りの再演となった。
照れ隠しにぺろりと舌を出すところがあり、題名の由来はここからきている。

『その昔 秀鶴の名にし負う   
 都上りの折りを得て
 教え請地の親方に
 舞の稽古を志賀山の
 振りもまだなる 稚気に
 忘れてのけし三番叟
 揉み出し繰り出し一奏で
 目出度う栄えや仲蔵を』

その昔秀鶴(ひいでるつる・仲蔵の号)に教えてもらった三番叟、
まだ幼かったので、手におえず忘れてしまったけれど、
ちょいと一番やってみましょう、という意味。 

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tea breaku・海中百景
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