goo blog サービス終了のお知らせ 

西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

元禄風花見踊りーその6

2010-08-02 | 曲目 (c)yuri saionji
元禄風花見踊りーその6

『武蔵名物月のよい晩は
 おかた鉢巻 蝙蝠羽織
 無反角鍔 角内連れて
 ととは手細に 伏編笠で
 踊れ 踊れや
 布搗く杵も
 小町踊りの 伊達道具
 よい よいよいよいよい
 よんやさ 面白や

 入り来る入り来る桜時
 永当東叡 人の山
 いやが上野の花盛り
 皆清水の新舞台
 賑わしかりける次第なり』

●江戸の名物、月夜に花見をする時は、
 手拭いをおしゃれに被り、若衆好みの短い羽織。
 真っ直ぐな角鍔の刀を差した、下男を連れて行くの。
 男どもは絹の手拭いで頬かむりをし、編み笠を目深に被り、
 顔を隠すの。
 さあ、踊りましょう、
 布を打つ杵も、小町踊りの伊達な小道具になるものよ、
 ああ、楽しいわ。

 花見の頃は、人で賑わう東叡山寛永寺。
 それにもまして、上野の桜は今が盛り。
 その様子を新富座の新舞台に映してみましたが、
 まことに賑やかなことでございました。
 
 〓 〓 〓

tea breaku・海中百景
photo by 和尚

元禄風花見踊りーその5

2010-08-01 | 曲目 (c)yuri saionji
元禄風花見踊りーその5

『花見するとて 熊谷笠よ
 呑むも熊谷 武蔵野でござれ
 月にうさぎは和田酒盛りの
 黒い盃 闇でも嬉し
 腰に瓢箪 毛巾着
 酔うて踊るが よいよんやさ』

●花見をするなら、深編笠でしょ、
 そんなら盃も、熊谷かい、
 いやいやもっと大きな、武蔵野でやりましょう。
 かくれて出てこないところをみると、
 月のうさぎは餅をつかずに酒盛りか。
 でも、黒い盃なら闇夜でも嬉しいね、
 いくら呑んだか分からないからね。
 腰に瓢箪と、毛巾着をぶら下げて、
 さあ、酔って楽しく踊りましょう。

”熊谷”とは盃の名だが、熊谷笠を逆さにしたような、
高台がなく、飲み干さないと置けない盃かも。
”武蔵野”とは、広口の大盃のこと。
関東平野の武蔵野は、広大で「野が、見尽くせない」
つまり、「呑みつくせない」という駄洒落。

 〓 〓 〓

tea breaku・海中百景
photo by 和尚

元禄風花見踊りーその4

2010-07-30 | 曲目 (c)yuri saionji
元禄風花見踊りーその4


『花と月とは どれが都の眺めやら
 かつぎ目深にきた嵯峨御室
 二条通りの百足屋が
 新奇凝らした 真紅の紐を
 袖へ通して繋げや桜
 疋田鹿の子の小袖幕
 目にも綾ある小袖の主の
 顔を見たなら なおよかろ
 ヤンレそんれはへ』

●桜と月と、どちらも都にはよく似合う。
 かつぎを目深に被り、北嵯峨の仁和寺に花見に集う女たち。
 二条通りの百足屋が、意匠を凝らした真っ赤な紐に、
 小袖を何枚も通して、花見幕を作りましょう。
 疋田絞りのすてきな小袖、主はさぞやすてきなお方に違いない。

御室とは、仁和寺の別称。
ここには御室桜という、背丈の低い遅咲きの桜があり、
京の桜の見納めとばかり、
見頃になると、庶民で賑わう花見の名所でもある。

そこへ着飾った女どもが、花見小袖を競いにやってくる、という設定。
 
 〓 〓 〓
 
tea breaku・海中百景
photo by 和尚

元禄風花見踊りーその3

2010-07-29 | 曲目 (c)yuri saionji
「元禄風花見踊り」ーその3

『連れて着つれて行く袖も
 たんだふれふれ六尺袖の
 しかも鹿の子の岡崎女郎衆
 裾に八つ橋染めてもみたが
 ヤンレ ホンボニそうかいな
 そさま紫色も濃い
 ヤンレ ソンレハそうじゃいな
 手先揃えてざざんざの
 音は浜松よんやさ』

●さあさあ、着飾って連れ立って行きましょう。
 大振り袖を無邪気に振ってさ、
 しかも鹿の子の振り袖を、ときたら、岡崎女郎衆でしょう。
 「岡崎女郎衆はよい女郎衆」と唄われる。
 裾には八つ橋を染めてみました、いかがかしら。
 あら、そうですか、
 あなた様は紫を着るご身分ゆえ、情にも厚いのでしょうな。
 ほんに、ほんにそのとおり。
 指先を揃えて踊りましょう、賑やかに。
 ざざんざといえば、浜松の松風の音、結構結構。
 
六尺の袖といえば、180センチ。そんなものを引きずっては歩けない。
片袖90センチ、両方合わせての称だ。

古来、紫の衣は許しもので、誰でもが着られものではなかった。

 〓 〓 〓

tea breaku・海中百景
photo by 和尚 

元禄風花見踊りーその2

2010-07-28 | 曲目 (c)yuri saionji
「元禄風花見踊り」(1878・明治11年・新富座)

『吾妻路を
 都の春に志賀山の
 花見小袖の縫い箔も
 派手をかまわぬ伊達染めや
 よき琴菊の判じ物
 思い思いの出立ち栄え』

●花の都東京、しかも春爛漫の花見時。
 仲蔵の、団十郎の、菊五郎の花見小袖の、
 まあ何と豪華で派手で、見事なこと。
 皆、凝りにも凝った出で立ちで登場ですよ。

このくだりは、総踊りの役者たちの衣装を描写している。
志賀山とは、江戸初の振付け師、志賀山万作のこと。
初代中村仲蔵の養母、俊は万作門下で、江戸一番の踊りの名手といわれた。
この曲の当代は3代目で、志賀山流家元の息子。

かまわぬとは、鎌と輪とぬをデザインした、団十郎好みの模様
(6/30の記事を参照のこと)。

よき琴菊とは、斧と琴と菊をデザインした、菊五郎好みの模様。
”構わない”のかまわぬ同様、”善き事を聞く”のもじりだ。