ノアの小窓から

日々の思いを祈りとともに語りたい

絵手紙とみことば、一粒の麦2

2023年11月26日 | 思い出

 

 謙遜な女性でした。

 いつも、「私はよくわからないのですが」と、ことばを探すようにゆっくりと話し始められるのです。晩年になって(70歳を過ぎて)救われたのを気にしておられるようでした。

 さとうも60歳を過ぎて救われたので、何かスタートが遅い組のような気がしていました。日本人ですから、年功序列みたいなものに遠慮するんですね。

 しかし、神様は時空を超えておられる方で、永遠から永遠を統べられる方ですからね。入会年度など気にしておられないのです。

 聖書には「後の者が先になり先の者が後になります。」と記されています。(マタイの福音書20章16)

 

 神様のことばの真意をはかりながら、聖書を読む奥ゆかしさが、そのためらいが、救われた者の顔を輝かせると、教えてくださった牧師がいました。

    

 私は想うのです。ある日さなえさんはみかんを目の前に置いて、絵筆を取るのです。そのとき、神様が絵に添えるみことばをお与えになったのです。

 

          

       まことにまことに、あなた方に言います。

     一粒の麦は地に落ちて死ななければ、一粒のままです。 しかし、

     死ぬなら、豊かな実を結びます。

               (ヨハネの福音書12章24節)

 

 さなえさんにはたくさんの親族(お子さんやその連れ合い、お孫さん、やしゃごさん)がありました。どの方もすでに美しい実でした。そのことに気づかれたさなえさんは、思われたに違いありません。この言葉は、イエス・キリストのことだ。ご自分のいのちと引き換えに、全世界の人たちのいのちを生かされた神の御子のことだ。

 多くの実の一つとして、神さまに感謝します。

   ★★

 

 私たちは二人で向き合って聖書について語り合う時間はあまりありませんでした。さなえさんはあまりに突然に召されてしまったのです。

 大輪の赤い花だった方の、ゆったりした笑顔がいまも私の目の前にあります。