最近、全く漫画を読んでいないのだが、「はじめの一歩」がボクシング漫画から麻雀漫画になったと聞いた。これこそ、誰かに改変してもらった方が良いのでは。勿論、作品愛にあふれる人に。まあ原作者が認めなければどうにもならぬけれど。
日本テレビと小学館、そして両社の犬どもは「ネットのせい」として責任回避したかっただろうが、それも無理となるとだんまりか。
もう「ネットのせい」にするのも難しい。今回はかなり冷静な発言も多い。
ほぼ全国民がスマートフォンを使う時代、もうほぼ全国民を相手にしているのと同様。少数の意見でなく大勢の意見が多い場合、やりたい放題を繰り返しいると、組織・会社ごと村八分どころか完全排除になってしまうぞ。
日本テレビは関わるだけで周囲を不幸にしてしまうと。
最終的にはご遺族の決断・判断になるのだが、もし、日本テレビや小学館に対して、彼女の無念を晴らしたい、復讐したいというなら、法に触れることは協力できないが応援したい。とりあえずは裁判になるかどうか。
俺もそんな無間地獄は嫌なのだが、殺人ミサイルを放ちながら「憎しみ・悲しみの連鎖は止めましょう」とぬけぬけと宣う輩に対峙することになったらどうするだろうか。
自分が当事者になったらどうするだろうか。
仏教で言う執着から逃れることが目的であっても、自分なら復讐せずにいられない。何年経っても一人ずつ確実に殺していく。手段は当然選ばない。今回は漫画に関わる事件だから、この場合に適したキャラクターは「長男の時代」の主人公、久能隼人だな。確実に一人ずつ消していく。日本テレビや小学館の社長までたどり着けるかどうかわからないが、そこが最終ゴール。
そんなことにならないよう、私はそんな修羅の世界に関わらないのである。
つまり、日本テレビや小学館とは関わりを持たないことである。
とにかく強盗強姦魔の日本テレビのドラマ班にロックオンされた時点で絶命だった。しかも、相手は名うての原作蹂躙魔と定評のある三上・相沢の最凶コンビ。
自分の作品を投げ捨てて任せてしまう、つまりヤラれてしまうか、徹底的に逃げる。とにかく絶対に映像化の誘いに乗らない。どちらかしかなかった。
テレビ局こそが最悪の特権組織なのである。人権というものは不当な特権を剥奪してこそ守られるものであるからして、テレビ局の連中が報道部門かどうか関係なく、彼らが人権を守るため「重く受け止める」とか「問題に向き合います」と言っている時点で、出来もしないことを平気で語る大法螺吹きの狂人・凶悪犯罪候補者として警戒すべきなのである。
つまり冗談にすらならない奇妙奇天烈な物言いである。
政治家は普通の人間でない、梟悪な人種であるということと同様に、強大な特権を持ち人々を蹂躙できるテレビマン・関係者になった時点で梟悪な人種になってしまう。そして政治家みたく選挙という洗礼を受ける訳でないので、傲慢さ・鼻持ちならない選民思想は実は政治家をはるかに上回る。
だから、テレビ局に就職して正社員になった時点で人格が変貌することが多いのである。当然、悪いほうに。
「苛政は虎よりも猛し」という故事を聞いたことは無いだろうか。正当化された暴力は恐ろしいのである。傍若無人な放送人こそが危険な「権力者」なのである。日本のジャーナリスト、組織に組み込まれた彼らが、「本物」でない理由は、まさに彼らこそが特権階級だからなのである。悪事を働いても、放送というラウド・スピーカーと懇意の役者を使って、いくらでも印象操作ができ、自らの行為を何でも正当化できる。今回はそれもできないほどの人権侵害なのだが、お仲間メディアと一緒に完全黙秘して、大衆に真実を知らせるラウド・スピーカーを封鎖してしまう。実に悪辣・卑怯卑劣極まりない奴らである。