試合は全く見ていないけど、この有様で「世界4位」を目指すのかな。目指すと公言するのは勝手だが。岡田監督は。人気もガタ落ちらしいがこれで人気が出たら驚きだ。
岡田武司監督は日本サッカー上層部の総意を具現化した存在として、現在このポジションに居て、本当に実力が劣っているような国にしか勝てない有様のようだ。人気も実力も無く将来の展望も見えないのに空しい大言壮語を吐き続ける。これで解任の話も出てこないのだから、どこまで日本サッカーTOPは腐っているのか、と嘆息してしまう。
98年W杯本大会直前で、こんな奴にピッチに立つ希望を奪われた三浦知良選手・北沢豪選手が本当に気の毒だ。やや奢り高ぶった態度や協会と読売グループとの影響力・主導権の奪い合いの犠牲になったのかもしれないが、川淵・岡田なんかよりはるかにサッカーの発展・人気に多大な貢献してきた両選手が二度と取り返しのつかない仕打ちを受けているのに、無惨な結果しか残せない岡田監督が居座るなんて、私が両選手のような境遇・立場だったら確実に「反日野郎」になっているよ。日本サッカーを大いに毀損している偉い人達がなんやかやと言って責任もとることなくTOPの座に居座ることができているのだから、このように生き延びさせている国の体質を恨みたくなるだろう。
(以下、2009/02/07追記)
サッカーすることが立身出世の道である国ならサッカー選手は羨望の対象である。
しかし、日本においてはサッカー選手は国民的羨望対象とはいえない。国内に留まってせめて数億単位の金や崇拝されるほどの名誉も得ることは絶望的だから(海外に移籍して活躍すれば可能だろう)。不景気であるが、才能があり努力もできる人にとっては他のコースも数多く残っている。
今よりずっとサッカー選手が不遇な時期に、ワールドカップに出ることを夢見て、艱難辛苦に耐えブラジルで日本人としては活躍した三浦選手がいたからこそ、他のスポーツや芸能や流行などに関心を持っていた人間を多く惹きつけたのである。
クロアチアに行った頃には既に衰え、「あんな選手は掃いて捨てるほどいる。」と言われたらしいが、超一流選手と比較すれば才能に乏しかっただろうが、そんな選手でさえ(釜本・奥寺クラスは除いて)日本にはほとんどいなかったのである。
人生を賭けてサッカーに挑んだ三浦選手が憧れたワールドカップは、かつて私にとって大会の名前だけは知っていてたまにニュースに遭遇したが単なる球遊びという認識であったが、彼の情熱や活躍によって価値を認めて観戦するようになったのである。アマチュアの立場で日本に留まり大してリスクも冒さなかった川縁や岡田にはそんな魅力は皆無だった。
岡田武司監督は日本サッカー上層部の総意を具現化した存在として、現在このポジションに居て、本当に実力が劣っているような国にしか勝てない有様のようだ。人気も実力も無く将来の展望も見えないのに空しい大言壮語を吐き続ける。これで解任の話も出てこないのだから、どこまで日本サッカーTOPは腐っているのか、と嘆息してしまう。
98年W杯本大会直前で、こんな奴にピッチに立つ希望を奪われた三浦知良選手・北沢豪選手が本当に気の毒だ。やや奢り高ぶった態度や協会と読売グループとの影響力・主導権の奪い合いの犠牲になったのかもしれないが、川淵・岡田なんかよりはるかにサッカーの発展・人気に多大な貢献してきた両選手が二度と取り返しのつかない仕打ちを受けているのに、無惨な結果しか残せない岡田監督が居座るなんて、私が両選手のような境遇・立場だったら確実に「反日野郎」になっているよ。日本サッカーを大いに毀損している偉い人達がなんやかやと言って責任もとることなくTOPの座に居座ることができているのだから、このように生き延びさせている国の体質を恨みたくなるだろう。
(以下、2009/02/07追記)
サッカーすることが立身出世の道である国ならサッカー選手は羨望の対象である。
しかし、日本においてはサッカー選手は国民的羨望対象とはいえない。国内に留まってせめて数億単位の金や崇拝されるほどの名誉も得ることは絶望的だから(海外に移籍して活躍すれば可能だろう)。不景気であるが、才能があり努力もできる人にとっては他のコースも数多く残っている。
今よりずっとサッカー選手が不遇な時期に、ワールドカップに出ることを夢見て、艱難辛苦に耐えブラジルで日本人としては活躍した三浦選手がいたからこそ、他のスポーツや芸能や流行などに関心を持っていた人間を多く惹きつけたのである。
クロアチアに行った頃には既に衰え、「あんな選手は掃いて捨てるほどいる。」と言われたらしいが、超一流選手と比較すれば才能に乏しかっただろうが、そんな選手でさえ(釜本・奥寺クラスは除いて)日本にはほとんどいなかったのである。
人生を賭けてサッカーに挑んだ三浦選手が憧れたワールドカップは、かつて私にとって大会の名前だけは知っていてたまにニュースに遭遇したが単なる球遊びという認識であったが、彼の情熱や活躍によって価値を認めて観戦するようになったのである。アマチュアの立場で日本に留まり大してリスクも冒さなかった川縁や岡田にはそんな魅力は皆無だった。