ターシャ・テューダーという名前を知らないナチュラルガーデナーはいないだろう。そのターシャが93歳でお亡くなりになったそうだ。
ターシャの事は深くは知らなかったが、伊豆ガーデニングクラブからターシャの訃報を知ってウィキペディアで調べてみた。
1915年8月28日 マサチューセッツ州ボストンの名家に生まれる。
1938年23歳で結婚し4人の子供に恵まれるが、1961年46歳で離婚。 1938年23歳のときに絵本作家としてデビュー以来、80冊以上の本を出版。 デビュー作「Pumpkin Moonshine」(パンプキン・ムーンシャイン)をはじめ、次々と出版された作品はそれまで古典が中心だった児童文学に新風を吹き込んだ。1945年に77の詩に挿絵の入った「Mother Goose」という絵本で児童文学で最も権威あるコールデコット賞を受賞。コーギー犬が大活躍する絵本「コーギービル」シリーズはターシャの代表作。 1971年に児童文学に対する貢献を評価されて、Regina Medalを受賞する。
1972年57歳の時に、思う存分庭造りをするためにバーモント州南部の小さな町はずれマールボロに移り住み、19世紀頃の開拓時代スタイルのスローライフな生活を営んでいる。およそ30万坪の広大な土地に、家具職人の息子セスはターシャの希望する年季の入った古びた家になるように18世紀の工法を研究し、たった1人で家を造り上げた。家と庭の一帯を「コーギー・コテージ」と呼んでいる。 電気や水道等、近代設備は最小限に留め、暖炉とベッドとロッキングチェアー、薪オーブンがあるような質素な室内と古い道具を使う昔ながらの生活を実践している。 一日の大半を草花の手入れに費やし、小花模様のドレスやエプロンを手作りし、山羊の乳を搾り、庭でとれた果実で、ジャムやジェリー(透明ジャム)を作り、パイを焼いたりする。コーギー犬の「メギー」が良きパートナーで、他にもハトやニワトリなどの小動物と共に暮らしている。午後4時半、庭先のポーチでお茶を飲むのが日課。 日記代わりに周りの草花や動物達を対象にスケッチをする。 毎日のように歩いて10分ほどのところに住んでいる長男のセスが訪ねてきて水遣りや買い物や力仕事など甲斐甲斐しく母を助け、高齢の母親の暮らしを見守っている。2008年6月18日に逝去。
ガーデニングへの目覚め
3歳の時にグラハム・ベルの家に咲いていた中国原産のバラの花「ロサ・ユーゴニス」を見て花の魅力に目覚め、将来自分もこんな花を咲かせる人になろうと心に決める。グラハム・ベルがポケットにルピナスの種を入れて、行く先々でまいてアメリカ中にルピナスの花を咲かせたという話をベルの娘の親友だった母から聞いて、とても感動し強く影響を受ける。
ターシャの庭とはいかないが、彼女のような生き方を夢見るガーデナーは多い。
合掌
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ターシャの事は深くは知らなかったが、伊豆ガーデニングクラブからターシャの訃報を知ってウィキペディアで調べてみた。
1915年8月28日 マサチューセッツ州ボストンの名家に生まれる。
1938年23歳で結婚し4人の子供に恵まれるが、1961年46歳で離婚。 1938年23歳のときに絵本作家としてデビュー以来、80冊以上の本を出版。 デビュー作「Pumpkin Moonshine」(パンプキン・ムーンシャイン)をはじめ、次々と出版された作品はそれまで古典が中心だった児童文学に新風を吹き込んだ。1945年に77の詩に挿絵の入った「Mother Goose」という絵本で児童文学で最も権威あるコールデコット賞を受賞。コーギー犬が大活躍する絵本「コーギービル」シリーズはターシャの代表作。 1971年に児童文学に対する貢献を評価されて、Regina Medalを受賞する。
1972年57歳の時に、思う存分庭造りをするためにバーモント州南部の小さな町はずれマールボロに移り住み、19世紀頃の開拓時代スタイルのスローライフな生活を営んでいる。およそ30万坪の広大な土地に、家具職人の息子セスはターシャの希望する年季の入った古びた家になるように18世紀の工法を研究し、たった1人で家を造り上げた。家と庭の一帯を「コーギー・コテージ」と呼んでいる。 電気や水道等、近代設備は最小限に留め、暖炉とベッドとロッキングチェアー、薪オーブンがあるような質素な室内と古い道具を使う昔ながらの生活を実践している。 一日の大半を草花の手入れに費やし、小花模様のドレスやエプロンを手作りし、山羊の乳を搾り、庭でとれた果実で、ジャムやジェリー(透明ジャム)を作り、パイを焼いたりする。コーギー犬の「メギー」が良きパートナーで、他にもハトやニワトリなどの小動物と共に暮らしている。午後4時半、庭先のポーチでお茶を飲むのが日課。 日記代わりに周りの草花や動物達を対象にスケッチをする。 毎日のように歩いて10分ほどのところに住んでいる長男のセスが訪ねてきて水遣りや買い物や力仕事など甲斐甲斐しく母を助け、高齢の母親の暮らしを見守っている。2008年6月18日に逝去。
ガーデニングへの目覚め
3歳の時にグラハム・ベルの家に咲いていた中国原産のバラの花「ロサ・ユーゴニス」を見て花の魅力に目覚め、将来自分もこんな花を咲かせる人になろうと心に決める。グラハム・ベルがポケットにルピナスの種を入れて、行く先々でまいてアメリカ中にルピナスの花を咲かせたという話をベルの娘の親友だった母から聞いて、とても感動し強く影響を受ける。
ターシャの庭とはいかないが、彼女のような生き方を夢見るガーデナーは多い。
合掌
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』