goo blog サービス終了のお知らせ 

定年後の伊豆高原 バラと酒と音楽と

伊豆高原に終の棲家を建築し永住。カミサン、愛猫ジローとの伊豆での老後は如何に。薔薇・酒・音楽・日々の徒然。

伊豆高原住宅建築始末記

2010年02月27日 | バラ日記
娘が伊豆高原に住む事になった。横浜をライフエリアとしてきた横文字系の娘が何でまた伊豆高原に?

「伊豆は癒されるから。空気・水・温泉・風・緑・海・山・風景…こういうストレスの無いところに住みたいの。もう都心の喧騒はこりごりよ。それにお母さんの傍にいてあげたいのよ。」

それって定年を前にした疲れた中高年者のいう台詞だよ。要は疲れたんだね、だから癒しを求めるんだろうけど、癒しが日常になってしまうと癒しでも何でもなくなってしまうよ。で、元の都会の喧騒に戻りたくなるに決まってる。

「そんなこと無いの。心変りはしないの。アタシ決めたわ、伊豆を終の棲家にするの」

終の棲家ねぇ…今までマンション二回も買い替えて、今度は一戸建てか…。ま、三年後には「こんな田舎で朽ちるのは嫌!刺激がほしい! とかなんとか言って又買い替えちゃうんじゃないのかねぇ。
「そんなことゼ~ッタイ無いって、心変りはしないわ。でも引越し癖って遺伝なのよ。お父さん、引越し何回した?」

えっと…本籍浅草雷門→上野同朋町(黒門)→神田三崎町→本郷→目白→結婚して世田谷区池尻→新宿区下落合→上福岡→大袋→越谷(初の自宅新築)→越谷弥栄(自宅2)→松戸(自宅3)→伊豆高原(自宅4)。12回か…・そういえば段々と田舎に行くなぁ。
「でしょ、だから未だ大丈夫…」
何がマダ大丈夫だ。

ま、お母さんは娘が近くに住んでくれれば嬉しいだろうけど。
家内に聞く。これこれしかじかで伊豆に家を建てたいんだとさ、おまえどう思う?
顔を輝かせて嬉しそうな表情でウンウンと頷く。
またお金がかかりそうだよ…。「タスケテアゲテネ…」しょうがないねぇ。

マンションを売った代金からローンの残債を引くと手取りは1000万にも満たない。新たに借りるローンだって月々5万円以下でないと生活が苦しくなるから35年返済でも1200万円程度が限界。合わせて2000万円なら程度の良い中古住宅が手に入るかもね。
で、インターネットの不動産情報や地元不動産業者の紹介で数か所の物件を見て回ったが…帯に短しタスキに長し。家が良ければ地形がネック。土地が良ければ家が古すぎる…人様が数10年も暮らした家なんだからね、自分の理想の半分は捨てないと買えないかも。

「お父さんは建築家なんだから安く建てられるでしょ、タマホームって坪25万なんでしょ。キムタクの家も坪25万かしら。(んなわきゃないよ) だからお父さんならもっと安く出来ちゃうんじゃない?」
25万で建つわきゃないっしょ。あれは別、これはオプションなんて仕組みで結局は坪45万になるんだから。
「なんとかなんないの?」
マッカセナサイ!

かっこよく見栄を切ったはいいが…
幸い土地は伊豆急不動産の仲介で伊豆高原分譲地内の平坦地140坪が割安で見つかった。早速プラン作りに入ったが最大のネックは「高耐震・高断熱高気密・温泉付・オール電化・バリアフリー・住宅エコポイントゲット・汚れない外壁・デザインセンスの良い平屋建・超特価格安!」と注文の多い施主のご要望をいかに予算内であげるかだ。もちろん予算は十分であるはずがない。
さぁ、どうする?


冬山登山報告

2010年02月23日 | バラ日記
事の始まりは昨年の8月。夏休みで伊豆に遊びに来た孫が「天城へ行きたい」というので天城ゴルフ場登山口まで車で送って行った。ジーンズにTシャツ、夏向きのジャケットにスニーカー、ペットボトル1㍑とオニギリと飴玉をもって登山口に入って行った。

そもそも天城山がどういうところか何も判っていなかった。それに登山口にはトレッキングのグループがたくさんいたし、大して心配はしていなかったのである。ところが…夕方4時を過ぎても連絡無し、5時を過ぎても電話も無し。どうなってるのかなぁ、夕飯どうすんのかなぁ…。
6時…7時…連絡無し。外はすっかり日が落ちて暗くなった。心配になってきた。カミサンも心配そうだ。
8時…9時…、こ、これはもしかして…事故?遭難?まさか…。警察に届けようか…万が一のことがあったら…。もう心配で心配でしょうがない、ウロウロと、が為す術もない。
10時…警察に電話しようと思った時に電話が鳴る。孫だった。受話器の向こうからノーテンキな声が聞こえる。
「お爺ちゃん?いま湯ヶ島の道の駅ってとこ。バスが無いんだよね、どうしよっかな」
何をやってるんだ連絡も無しに!安心・良かったぁぁと安堵すると同時に孫を思い切り叱りつけたのは言うまでも無い。
「でもさぁ、天城の縦歩、すごく良かったよ、また行こうかな」
ダメ~~、どうしても行くのならお爺ちゃんも一緒に行くからな。

今年の正月「おじいちゃん、冬の天城登りたいんだけど」
あのね、天城は1300mくらいの低い山だけど冬の天城は危険いっぱいなんだよ。完全な冬山装備無しで悪天候になったら遭難間違いなし。
「大丈夫だよ、今回は万三郎でUターンするから3時くらいには帰れるよ。」
どうしても行きたいのならお爺ちゃんが一緒に…行ってあげるから

ところで軽登山の冬山装備ってどういう装備?早速ネットで調べると…

1.リックサック(30~40リットル)2.ゴアテック製ジャケット 3.インナーダウンウエア 4.ゴアテック製ズボン 5.スパッツ 6.雨具(上下別なもの) 7.手袋(オーバー・インナー) 8.耳の隠れる毛糸帽 9.トレッキングシューズ・防水保温のしっかりしたもの・軽アイゼン装着可能 10.軽アイゼン 11.保温水筒 12.レジャーシート 13.ホイッスル 14.カーボンストック 15.ヘッドランプ 16.細ロープ 17.コンパス 18.ツエルト(緊急用シェルター)

それに、カメラ・昼食弁当(お弁当が凍らないような工夫)・補助食(チョコレート・チーズ・蜂蜜・乾パン・黒砂糖飴)・ごみ袋・タオル(フェイスタオル二枚)・ウエットティッシュ・100円ライター・ウィスキーケット・携帯電話・薬(ニトログリセリン・フロンドルテープ・マキュロン・ゲンタシン軟膏・ガーゼ・テープ・傷テープ・包帯・下痢止め・風邪薬・痛みどめ・バファリン・抗生物質)・老眼鏡

これ全部揃えるといくら?大10枚では足りませ~ん 登山ってお金かかんのね でも孫にカッコイイとこ見せたいし。それに「天城で老人と孫が遭難か?専門家のコメント:最近高齢者の遭難が目立ちますが低山だからって冬山の恐ろしさが判っていませんね、十分な冬山装備は必須です」なんてニュースになったら目もあてられないし。命には代えられないからこの際奮発して…・
安全を期して天城自然ガイドクラブ・専門家のガイドさんにエスコートしてもらうことに。

「天城登山口→万二郎→万三郎→登山口のコースだと余裕見て6時間ですね 伊豆高原なら通り道だから朝迎えに行きますよ」
明け方4時には起きて弁当つくったり装備を確認したり天気を気にしたりウロウロしたり…外は雨、天城は雪だろうなぁ…ワクワクドキドキしながらガイドさんの到着を待っていると電話が。
「登山口行くまでの道路はアイスバーンですねぇ、登山コースは新雪でしかも悪天候、回復の見込みはありませんねぇ こうなると危険です 道も見えなくなるし足を踏み外す恐れもあるし体力は消耗するし(アナタノヨウナコウレイカツミケイケンシャノバアイ) 中止しましょ 悪い事は言いません ね 暖かくなったらまたトライ出来るのですから…」

ガイドさんから中止の勧告。残念だが今回は諦めよう…(内心ほっとしながら孫に中止の宣言を。こういう時は毅然としなくちゃ)
でもさ、重装備してお弁当もつくって…折角だから安全地帯でトレッキングしよっか。
で、向かった先は…蓮着寺の駐車場。そうです、城ヶ崎自然研究路をトレッキングするのです。小雨の中を…冬山登山の重装備で。八幡野口まで約5㎞、トレッキングというよりハイキングなんだけど、ここ結構アップダウンがあってしんどいんです。しかも冬山登山の重装備で…強調しちゃいます。すぐに汗が出てきます。ゴアテックだから雨は防いで水蒸気は通すなんて宣伝文句だったけど、それでも大汗なんです。冬山登山の重装備だから…。
およそ2時間のトレッキングを楽しんで…雨が止まないから伊豆高原の駅のロビーのベンチでお弁当を広げて…観光客がワンサカいる駅のホールでお弁当食べている老人と孫…冬山登山の重装備で…。結構目立ちました。

その夜、ベッドの中で…足がつりました…二回も。

チクショウ

2010年02月17日 | 定年後の徒然日記
この四日間、毎朝なんです いえ、先週のことなんですけど。
胸が苦しい…って小さな声で訴えるんです。目を大きく開いて不安でいっぱいの苦しそうな表情で。
で、すぐに血圧を計ると、ピューって感じで数字が上がって200オーバー
普通の人じゃ泡吹いちゃう血圧ですよね
すぐにニトロールを舌下に押し込んで、フランドールテープを胸に貼って、ドキドキしながら5分毎に血圧計るんですよ。大丈夫、ダイジョウブ、もうすぐ効いてくるからね、すぐ楽になるからね。
ウンウンって頷いてすがりつくような目で…
10分くらいするとシュ~って感じで急降下、で、すぐに穏やかな顔になるんです。
こんなことの繰り返しで…怖くってとても一人置いて外出なんて出来なくなっちゃいました。


うぅ~む…ジュンテンの専門医に診てもらった方がいいですねぇ

そうですね、さっそく行ってきます。でも、あそこ行くと一日がかりなんですよね、4時間5時間待ちは当たり前だし、車椅子に座りっぱなしで家内ダイジョウブかなぁ

家内の入院歴や最近の症状、処方を受けている薬の一覧などを用意して一路ジュンテンへ。みぞれの舞う寒い日だ
家内の大動脈解離で人工血管置換手術をした心臓血管外科の受付を済ます。受付番号は10番。ということは10番目だから、今日は思いのほか早く順番が来るかな…と期待したのが間違いだった。
1時間経っても受付番号表示に動きが無いから院内のレストランに昼食を取りに行く。家内は箸が使えないからフォークで食べられるパンケーキ。僕はラーメン・チャーハンセット。こういうもの食べるから体重落ちないんだよね。
2時間経過…3時間経過…
お父さん、まだ?わたし疲れた…
もうすぐだよ、きっと…
4時間経過…ようやく案内表示で順番がきたようだ。
更に中待合で30分待って、ようやく…ようやく声がかかる。

チラっと用意した症状説明書と薬一覧に目を通した医師。開口一番、
「えっと、かかり付け医の紹介状とかは無いの?」
あっ、紹介状は特に用意してないんですけど…

「紹介状も経過報告書も無いんじゃ、状態が判らないんだよね」
あの、こちらで手術した時から以降の経緯はここに纏めてきましたし、症状も書いておきましたし、お薬の一覧もつけて…

「あのね、はっきりいって、心臓血管外科は手術をするとこであって、手術後の血圧管理は循環器に行ってもらわないとね」
あっ、そうなんですか…でも、かかりつけのお医者さんが一度ジュンテンで診てもらった方がいいというものですから…
「それなら紹介状なり経過報告書なりを書いて持たせるのが普通なんだけどね」
すみません…(家内も手を合わせて一生懸命謝っている)

「循環器でも紹介状とか詳細な血圧推移表なんかが無いと判断出来ないから困っちゃうと思うよ」
血圧はいつも安定してるんです 下が40~50で、上が120~150…先週は4~5日、早朝に胸が苦しいと訴えると200オーバーになっちゃって。また大動脈解離になるんじゃないかって不安なものですから…

「人工血管は裂けないから大丈夫…他の血管が裂けないように血圧管理してるんでしょ」
え、えぇ…
「その血圧管理ってのは循環器の領域なんだよね、つまり内科ね、判ります?」
はぁ…
「で、ここ数日の血圧は?」
この数日は発作が出てなくて、平常の血圧なんですが…
「じゃ、薬でコントロール出来てるっていうことだよね」
はぁ…
「どうします?循環器で診てもらいますか?もっとも、また長時間待たなくちゃならないけど…」
でも、もう4時間以上も待っていますから、家内も限界ですし…
「…」
じゃ、結構です 今日はもう帰ります…
「そう、じゃ、これで」

聴診器もあてず、血圧も計らず、たたみかけるような会話で三分間。家を出てから5時間の結果がこれかよ。
チクショウ…情けなくて悔しくてブツブツ言ってると、家内が申し訳なさそうに小さな声でゴメンネ。
君が謝る事なんかないんだよ、ベンツ買えるほどのお金かけて手術して、この間は大腿骨骨折でまたここで手術して、だから紹介状なんて必要ないと思っていた僕がバカだったんだ。でもさ、かかりつけ医もジュンテンで一度診てもらえっていうだけで何も書いてくれなかったしな、もう疲れちゃったよね。
それにしてもあの医者、エッラソウに…。理屈は判るけどさ、もう少し長時間待たせた患者に言う慰めのセリフってのがあるじゃないか。ふざけんじゃないよってうそぶいて、あっちむいて歩くしかないじゃないのって、拓郎の歌の通りだね。
医師に向かって文句も言えず、外に出てからブツブツ言いながら車椅子押してる自分が情けなくってさ。チクショウ
肩を落としてショボショボと歩く白髪頭の老人の姿が病院玄関のガラスに映ってたのさ。チクショウ

ブログお休みしてからも日常が繰り返されていくばかりだけど…あんまり楽しい事はないなぁ。ほら、いわゆる老後って、変化とか動きとか燃えるとかが無いでしょ それなりに家事や介護は忙しいんだけど、ただ時間が過ぎていくって感じでさ。もっとも家内の発作が無くて穏やかに時間が過ぎていくことが一番だってことは判るんだけど。なんか心が閉ざれていくようで。
久しぶりにブログに書いたと思ったらウジウジ節で申し訳ない。