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ユキノシタ・1~名前

 ユキノシタ科ユキノシタ属の「ユキノシタ(雪の下)」。その名は、雪が積もってもその下に常緑の葉が元気に生えていることから名付けられている。
 先週、同期会で鎌倉駅から朝比奈切り通しを歩いたことをお伝えしたが、鶴岡八幡宮一帯の住所は “鎌倉市雪ノ下” となっている。この地名の由来は、源頼朝が夏の暑さを凌ぐために、八幡宮の裏手の今宮付近に雪を貯蔵しておく “雪屋(ゆきや)” を、設置したことから名付けられたと伝えられているが、この付近には実際にユキノシタがたくさん生えていたという説もあるようだ。先週歩いた時も報国寺手前で咲いているのを見た。
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イヌマキ・3~雌花

 マキ科マキ属の「イヌマキ(犬槙)」。雌雄異株で、去年、その果実を観察したが、雌花が咲くのを待っていた。花と言っても全く目立たず、 『これが花?』 という姿だ。花床の先端に胚珠があるが、写真手前の胚珠は直径1ミリほど。後方の胚珠は既に受粉して膨らみはじめている。次は雄花を探してみよう。
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ノビル・2~開花

 震災から4年2ヶ月が過ぎ、ようやく今日5月30日にJR仙石線が全線開通した。海側に線路が敷設されていた陸前大塚~陸前小野間は、旧ルートより海抜が20メートル高い内陸に線路を移設。これに伴いその間にある “野蒜駅” と “東名駅” が約500~600メートル内陸に新設された。
 あの地震の数分前に、野蒜駅を出発した上り列車は駅から700メートルのところで地震に遭った。乗客は列車を降り指定避難場所の野蒜小学校体育館に避難したが、この体育館に津波が押し寄せ、数人が亡くなられた。一方、野蒜駅を同じ時刻に出発した下り列車は小高い丘で急停車し、 『ここが安全だ。』 という地元乗客の言葉に従い、約100人全員が車内に留まり難を逃れた。津波は線路の直前で止まったという。改めて犠牲者の方々のご冥福をお祈りすると共に、一日も早い復興を願いたい。
 写真は野猿街道堀之内付近の道端で見つけた「ノビル(野蒜)」。ヒガンバナ科(←ネギ科←ユリ科)ネギ属の多年草で、根が食用になる。JR仙石線の野蒜駅付近には、ノビルがたくさん生える野原が広がっていたのだろう。地元の方々が、またその野原でノビル摘みを楽しめる日が早く来て欲しい。
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ヤグルマギク

 堀之内地区の道端に咲いていた「ヤグルマギク(矢車菊)」。キク科ヤグルマソウ属の多年草で、「ヤグルマソウ(矢車草)」とも呼ばれている。しかしユキノシタ科にもヤグルマソウがあり、混同を避けるためにヤギルマギクと呼んだほうが良さそうだ。ヨーロッパ原産で、日本には明治時代に入ってきた。園芸品種として改良が進められており、八重咲きや多様の色の品種が流通している。

『矢車草』 作詞:岩谷時子 作曲:筒美京平
歌:天地真理 昭和51年
(JASRAC許諾期間終了のため歌詞省略)
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ダイダイ・2~回青

 ミカン科ミカン属の「ダイダイ(橙)」。果実をこのままにして採取しなければ、樹から落ちることなく2~3年成り続けることから “代々栄える” と縁起を担いで名付けられた。お正月の鏡餅の上にはミカンではなく、このダイダイを載せなければ、縁起にはあやかれない。また写真の果実は冬には黄色く熟していたものだが、春になるとこのように緑色に戻ることから、「カイセイトウ(回青橙)」とも呼ばれる。私がダイダイの名前を知ったのはおそらく幼稚園児の頃で、実際のダイダイの果実を見るより前に、クレヨンの “だいだいいろ” を見て覚えた。
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