たにしのアブク 風綴り

風の行方へが気になる方へ。 里山散策者の独り言。 つぶやく言葉はほとんど泡。影響力はないので、気にすることもなし。

市谷亀岡八幡宮と防衛省・市ヶ谷台ツアー

2017-12-13 12:03:40 | 社会見学

2017年納め12月度の公民館サークルの街歩きは、
市ヶ谷地区見学が企画されたの参加してきました。



JR市ヶ谷駅で降りました。外堀の橋を渡って外堀通りへ。
市ヶ谷見付から左折して、四谷方面へ歩きます。
この辺を歩くのは何十年ぶりになります。



初めに市谷八幡宮 (いちがやはちまんぐう)に参詣しました。
急な石段を上がります。紅葉と奉納提灯が鮮やかです。



史料によりますと、市谷八幡宮は、太田道灌が江戸城築城の際、
鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮を番町に勧請して、亀ヶ岡八幡宮として創建したものが、
市ヶ谷に移されて改称したもので、江戸名所図会にも描かれている。
境内では物まねや人形浄瑠璃などが行われ、賑わっっていたという。



境内の清めの水場の下に几号水準点がありました。
几号水準点(きごうすいじんてん)というのは、
明治時代に高低測量を行うために設けた基準となる測量点です。





ここの几号水準点は、水屋の台座となっていて、
水準点の位置が設置当初から移動していないこと、
保存状況が良く近代土木史上、貴重なものとして、
新宿区文化財に認定されています。
このような記号をは初めて見ました。





この神社はペットの諸祈願に人気があるようです。
七五三祝いの晴れ着を付けたワンコが参詣していました。
「シュー」という名前だそうです。



「ペットと一緒の初詣」の予約受付中とか、
ペットの七五三のご祈祷受付は終了とか、
ペットお守り「百守鈴」(ももりん)など、
ペットに関する祈祷・護符の案内が多いです。



境内から「大日本印刷」の本社ビルが見えました。
大日本印刷には出張校正で良く通いました。
トイレで有名作家と並んですることもありました。



市ヶ谷台・防衛省見学ツアーは厳重を極めました。



事前に住所、氏名、生年月日を登録して申し込みます。
当日は2列に整列して門前で携えた身分証と照合します。
身分証を忘れた二人は入れませんでした。



見学コースは所在する庁舎や
極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷となった大講堂など、
移設・復元した市ヶ谷記念館などを見ることが出来ました。
ツアーは午前と午後の部になっています。

午後のツアーに参加しました。
正門 → 儀仗広場(西側) → 市ヶ谷記念館 → 屋外ヘリ展示場 →
厚生棟(広報展示室見学・休憩) → 儀仗広場(東側) → 正門
移動は2列縦隊で要所要所で人数確認が行われました。



圧巻の見学個所はは市ヶ谷記念館で、
象徴的な部分を可能な限り現部材を利用し、移設・復元されたものだという。
極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷として使用された大講堂、



旧陸軍大臣室や陛下の御休憩所であった旧便殿の間、
作家・三島由紀夫が国を憂いて檄を飛ばしたバルコニー、
割腹した総監室、刀傷の残るドアなどでした。
大講堂内には、日本軍国主義の象徴のような戦史資料を見ることが出来ました。、
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なぜ、このような紅葉が見られたのでしょう

2017-12-12 10:58:51 | 花とつぶやき


光合成をやめた紅葉の木です。
栄養や水分が送られなくなった葉は、
光合成をやめるため葉緑素は分解されます。





徐々に緑色が失われ、黄色く、茶色に、
やがて枯れ果てて散ってゆきます。



写真の紅葉は枯れないで果てたのです。
黄昏を知る徘徊人が見入った光景です。
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徘徊路の「インスタ映え」紅葉絵巻「いいね」

2017-12-06 10:43:55 | 散策の詩



紅葉時期の遅い当地でも色付きが増してきました。
初冬の徘徊路で撮り下ろした錦秋絵巻を並べました。



2017年流行語大賞で知った「インスタ映え」のつもりです。
「いいね」を押したくなる写真に撮れているでしょうか。
下流老人は近場の紅葉狩りで堪能しています。



田舎から送られてきた樫グルミの2個を手中にして、
手の中でゴリゴリしながら歩き、神経を刺激します。



帰りの道すがら適当な石があったら割って食します。
紅葉に目で癒やされ、クルミを食べてタンパク補給。



「プラビーダ(素朴な人生を)!」が好奇高齢者の満足感。
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初冬の青空の下、鎌スタ・ランフェスタが楽しいよ

2017-12-04 11:32:10 | 鎌スタ

今年で4回目の開催になる「鎌ケ谷ランフェスタ2017」。
プロ野球・日ハムのファームの本拠地「鎌スタ」で3日、
鎌ケ谷市との共催で行われました。



今年は10キロコース800人、3キロコース1000人の市民ランナーが参加し、
初冬の青空の下、小学生から高齢者まで楽しみました。



開会式では清水聖士市長が「開会宣言」、
清水市長と平沼翔太選手が選手宣誓を受けました。



最初に10キロコースがレフト側外周ロードから、
パトカー先導でスタート。
その後、10分遅く3キロコースが一塁側外周ロードからスタートしていきました。



今年も日本ハムの平沼、姫野優也、堀瑞輝、高山優希、郡祐也、今井順之助ら、
いつも鎌スタで試合をしている若手6選手が3キロコースを走ったり、
給水地点でのサポート役として大会を盛り上げていました。



例年話題になっているタレント応援ランナーも大勢参加していました。
事前予告によりますと、お笑い芸人コンビ、ポップラインの萩原拓也。
ユニクロ女子陸上競技部のメンバーは10キロコースにエントリーしています。



3キロコースには、千葉テレビアナウンサーの大角茉里。
タレントの藤江れいな、入矢麻衣、モデルの静麻波。
女子プロ野球の埼玉アストライアから、佐藤千尋、加藤優、只埜榛奈、谷山莉奈らが走り、
参加ランナーと交流しながら、コースに花を添えていました。
続々、選手たちが帰った来ました。











ゴール地点は例年通りスタンド外周を回って、
一塁側入り口からダイヤモンドに入り、
二塁、三塁を回って、ホームベースがゴールです。









女子プロ野球の埼玉アストライアの選手がゴール選手を称えています。
ゴールする選手一人ひとりの記録がチップに保存され、
選手名、順位、記録が印刷されて、選手に配布されます。





水と、おにぎりが配られています。
完走した選手の皆さん、お疲れさんでした。



3キロコースは、たにしの爺が毎日徘徊している道野辺の梨畑の道です。
来年は傘寿記念に走ろうかな。
なんて思いながらシャッタを押していました。



ホームベース付近にはエネルギー補給の屋台も出ていました。
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未だ採らないのか、採る気がないのか、木生り柿がたわわ

2017-12-01 21:28:40 | 散策の詩
いつもの道野辺を徘徊していると、
葉はすっかり落ちてしまった木に、
柿がびっしり生ったままの光景が目に入ります。
屋敷の垣根だったり、
写真のように田圃の一本柿だったり。



このまま冬越しになるようです。
青空とのコントラストと、遠景の農家と、
故郷の懐かしい風景を感じさせてくれます。

しかし、もったいないですね。
不味いのか、渋いのか。
さらし柿にしてから採るのかな。
この辺は降霜がないから腐って落ちるだけなのに。



柿の薬用性について、たにしの爺には信じていることがあります
幼児時代の発熱、腹下し、骨折の治療の万能薬だった。
祖母がヘタの付いたままの干し柿、串柿を煎じて、
飲ましてくれる、熱も下がり、下痢も止まる。
打ち身、骨折には、串柿を開いて張ってくれる。
痛みが和らぎ、腫れも引けてくる。
名倉堂(骨接ぎ医院)の先生も感心していた。
頭痛の際はヘタを額に張っていると治る気がしていた。



柿のヘタには不思議な薬用効果があることを信じている。
理化学研究所で調べたら、世界的な発見になると、
ホンと、今も信じているのです。
柿のヘタは万能薬です。
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台湾・台北の一日、故宮博物館代表の至宝を見てきました

2017-11-29 21:30:06 | 海外旅行

台北の国立故宮博物館に行く機会がありました。
中国の最高秘宝が見られる博物館です。
なかでも三大至宝とされる「翠玉白菜」「肉形石」を、
じっくり見て、写真に撮ることが出来ました。



 翠玉白菜(すいぎょくはくさい)
翠玉(翡翠)をハクサイの形に彫刻した美術品。
原石は半分が白、半分が緑のヒスイ輝石。



葉の上には、多産の象徴とされるバッタとキリギリスが彫刻されている。
同館を代表する名品の一つとされている。

 肉形石(にくがたいし)



玉髄(ぎょくずい)を東坡肉(豚の角煮の一種)を模したとされる彫刻。
翠玉白菜と並ぶ同館の最高名品となっている。



この二つの至宝がガラスケースに入っているとはいえ、
間近に見られて、フラッシュは禁止だけど、
写真も自由に撮れるのはうれしいですね。



三大名品のもう一つ、
「清明上河図」は北京の故宮博物院に行かないとみられない。

 忠烈祠の儀仗兵交代式





忠烈祠は中華民国(台湾)建国の英霊を祀っている。
見どころは儀仗兵(ぎじょうへい・衛兵)交代式。
入口の門と大殿に2人ずつ立っている儀仗兵さん。





1時間に1度、交代式が行われる儀式が観光になっています。
交代する兵士が隊列を組んで銃剣を手に行進します。
何とも言えないカッコよさです。

 中正紀念堂



中華民国初代総統の蒋介石を顕彰する、
中正紀念堂でも衛兵交代儀式が行われます。
こちらは室内で行われていましたが、
人混みが多く写真は撮れませんでした。

 九フン
この後、「千と千尋の神隠し」で人気になっている、
台北市郊外の最大の観光地帯「九フン」に行きました。
定番通りに雨降りでした。



急な階段を傘をさして上り下り人の波でした。
写真を撮るにも止まっていられません。
「九フン茶房」というところでお茶して、
写真の「茶梅」を土産に買いました。



台湾については予備知識なしで行ったもので、
帰ってからネットをくぐって、
「ああ、そうだったのか」と後付け知識です。
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赤穂47義士の墓所・泉岳寺を詣でてきました

2017-11-29 11:17:11 | 社会見学

公民館サークルの企画で泉岳寺から有栖川宮祈念公園まで歩きました。
泉岳寺はご存知、赤穂47義士の墓所ですね。



ときは元禄15年12月14日(旧暦)の夜明け、
主君・赤穂藩主・浅野内匠頭長矩の仇を討つべく、
吉良上野介邸に押し入り上野介の首級を上げました。
宿願を果たした赤穂浪士47名が主君と共に眠る墓所です。



京成船橋から、京急線経由で泉岳寺まで直行で51分。
改札を出ますとありました、47義士の名簿の一覧。
映画や大河ドラマで聞き馴染んだお名前が並んでいます。





駅から10分ほどで山門に着きます。
脇には義士のリーダーを務めた大石内蔵助の立像がありました。



山門を入ると曹洞宗江戸三ヶ寺・萬松山泉岳寺の本堂です。
47義士のお墓は境内の左サイドに整然と並んでいました。
無念の切腹を果たした主君・浅野内匠頭長矩の墓が別格であります。



大石主税の梅、瑶池梅、血染の梅、血染の石、首洗い井戸など、
義士らみまつわる訳ありのメモリーが並んでいました。
大石内蔵助のお墓です。



墓石の前にはお線香の煙が立ち上り、
サークルのメンバー以外にも、
幾人もの連れやグループが佇んでいました。



私たちもお線香を分け合って供養してまいりました。
明日からは討ち入りのあった師走・12月ですね。



苦節の末、宿願を果たした47義士一行は、
両国に今も残っている吉良邸から、
ここまでの距離を雪の中を歩いてきたわけですね。
山門の脇には義士にちなんだ小店もありました。





この後、高輪中高の脇を通り、高輪皇族邸跡、高松中学に沿った道を行くと
旧細川邸のシイという巨木を見て、
メトロ南北線と都営三田線の白金高輪駅を越しました。

 

大久保彦左衛門の墓のある立行寺をみて、
明治通りの四の橋に出ました。





高速道路のガードを潜って新坂を上がって
有栖川宮祈念公園に向かいました。



坂を上がっていくと、外国の大使館が増えてきました。
パキスタン・イスラム共和国、フィンランド、アルジェリア大使館。



公園内で木漏れ日を浴びて弁当ランチでひと時。
この後、安藤記念教会をみて、近所を歩きました。



この近辺には大使館が多くアルゼンチン、ドイツ大使館など、
厳重に囲まれた地帯があります。



この建物の内は日本ではない治外法権地帯なのですな。
公園内にある都立中央図書館で開催中の、
江戸城大奥と皇女和宮の歴史展の解説を聞きました。

メトロ日比谷線の広尾駅に出た帰路につきました。
周りはナシ畑ばかりの当地と違って、
高輪、白金とか、広尾、麻布の街並みは、
異空間の趣きでした。



たにしの爺、徘徊路としては道野辺の趣きがいいですね。
いつもですが、記事と写真がずれています。
最後までお疲れさんでした。
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東武亀戸線・小村井駅から亀戸天神社の菊祭りへ

2017-11-19 10:27:25 | 社会見学

福のあるまち「亀戸かいわい」を歩いてきました。
スタートは東武亀戸線・小村井駅です。



東武亀戸線はJR総武本線亀戸駅から、
東武スカイツリー線の曳舟駅まで、
亀戸水神、東あずま、小村井の3駅しかない。
これまで知ってはいたが、乗ったのは今回が初めてです。



小村井駅の改札を出ると目の前が明治通りです。
右方向に進めば、立花二丁目交差点で右折しました。
先ず最初に立ち寄ったのが「合金博物館」です。



何故寄ったのかといえばGoogleマップで見ると、
「合金博物館」という案内がありました。
地図の地点に行ってみました、がそれらしき建物がありません。



もう一度引き返して見ていくとありました。
「すみだ小さな博物館」お気軽にお入りください、とある。
これまで多くの博物館は見てきましたが、
これほどシンプルでミステリアスな企画博物館は初めてでした。



立花二丁目交差点に戻って、さらに右方向に行きますと、
花王石鹸の事業所の先に、北十間川に跨る福神橋交差点です。



右折しますと浅草通りになります。
川に沿って100メートルほど行きますと、
2番目に訪れた「梅屋敷跡」に出会います。



水戸光圀が命名したといわれる「臥龍梅」が有名な梅の名所跡。
江戸近郊の行楽地として賑わい、
歌川広重の「絵本江戸土産」にも取り上げられている。
いまは標識しか残っていません。



明治通りに戻って、さらに右方向に行きますと、
亀戸大根の碑のある「香取神社」の境内になります。



亀戸香取神社はスポーツ振興の神様で知られ、
パワースポットとしてにぎわっているという。
オリンピックの選手らが訪れた記録がたくさんあります。



境内には「勝石」なる大石がでーんと鎮座していました。
たにしの爺も触れて力の源を注入してきました。



境内にはこの地域で名産であった「亀戸大根の碑」もあります。
毎年3月には「大根福分け」祭りが行われるという。



境内から蔵前橋通りまでが「亀戸香取・勝運商店街」といって、
いろいろ興味の引かれるお店が並んでいました。
「発酵文化応援団」というマニアックな飲み屋さんもあるようです。



蔵前橋通りにでて、右方向に進むと「亀戸天神社」の山門に出ます。
赤い鳥居をくぐって最初の太鼓橋まで来ると、
和服の晴れ着を着飾った3人の女性が写真を撮っていました。



見ていると、その中の一人が「谷氏さ~ん」と声をかけてきました。
「えっつ?アッ、JJさん」
彼女は10年来の知り合いとで、妹と、その友達でした。
交流バスツアーなど企画したボランティアメンバーです。





「菊祭り」のメーンはスカイツリーです。
次々とこの菊飾りの前で記念写真を撮る家族が居て、
本物のスカイツリーと併せて撮るには苦労しました。
JJさんご一行の記念撮影などに協力して、
亀戸天神社菊祭りを楽しみました。





ランチは山門脇の蕎麦や「にし田」で摂りました。
天丼についてきた温蕎麦のお出しが、
まろやかな風味で絶妙でした。



帰路は天神橋から蔵前橋通りの向こう側を通ってJR亀戸駅へ。
煎餅やさんなど懐かしい味のお店などありました。
蔵前橋通りと明治通りの交わる亀戸4丁目交差点に来ました。



江戸櫓が目立つ「亀戸梅屋敷」が目に入ります。
江東区の亀戸界隈のお土産と情報発信基地です。



切子の制作所や「亀戸升本本店」があります。
同店は亀戸大根・あさり鍋で名が知られているようです。



明治通りを通って、亀戸駅に戻ってきました。
周辺にはいろいろ立ち寄りたい酒処や甘味処がありそうですね。
福神橋から天神橋までGoogleマップで徘徊した街レポでした。
文章と写真の位置がずれていますので、
写真と文は別々に見てください

お粗末様。
谷氏は今週、不在になります。
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晩秋の木漏れ日の野を歩きました

2017-11-13 14:19:35 | 散策の詩

ここ数日は秋日和が続いています。
葛飾・金町近くに所用がありましたので、
ついでに都立水元公園に立ち寄りました。



日曜日とあって大勢の人出でにぎわっていました。
ゼッケンをつけた中年グループや、
子ども広場では、
バーべキュウ家族が焼き肉の匂いを漂わせていました。



一人歩きのたにし爺は、そういう場所からは遠く、
外周の森の中を徘徊しました。



樹間から差す日が足元に斑になっていたり、
一枝の葉に日が差して照っています。



木漏れ日……
森林などの木立ちから太陽の日差しが漏れる光景。

陽春の木漏れ日は若葉にきらめいて、
夏の木漏れ日は頭上から差し込み、
冬の木漏れ日は枯木立を柔らかく包みます。



山装う晩秋の木漏れ日は淡く彩ります。



落ち葉が金粉のように木漏れ日に輝いていました。



紅葉の隙間をくぐり抜けた木漏れ日が降り注ぐ林の小道



木漏れ日は何もない芝生の上に斑を描く



木漏れ日が目の前でさっと揺れだす



風が来れば木漏れ日も揺れだす。
落葉樹の枝がレースのような影をひろげる。



木洩れ日が地肌を斑模様に映しだしている。
静かな秋の日光が樹木の間に差し込んでいる。



梢の隙間から陽の光が微細な粒になって、洩れて、
径のそこここや野や葉に弱い日なたを作っている。
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男と女の間には、江戸市井人の孤独、しみじみと

2017-11-12 10:02:34 | 本・読書

北原亜以子さんを読む2冊目「その夜の雪」
「恋忘れ草」に続いて大活字本です。
七編からなる江戸情話の物語集です。

「うさぎ」錦絵の摺師の名人峯吉、女房のおせつは、
駆落ちして大阪に行っていたが、江戸に帰ってきている。
娘のおひでに接近して、すっか母に懐いてしまい、入りびたりになっている。
男手ひとつで娘を育ててきた峯吉はやり切れない思いでいる。
ある日、街で遊んでいた少女を連れ去ろうとしていた女、
お俊と関りを持つようになった。二人は寂しさを埋め合う関係に…。

「その夜の雪」市中見回り同心・森口慶次郎は人情同心で知られている。
娘の三千代が手篭めにされ帰宅した夜、自ら命を絶った。
三千代は遺書を残していた。
切々と綴る娘の遺書を読み返す度に血が逆流する思いに駆られた。
仏の同心、森口慶次郎が、復讐に燃える鬼の同心になった。
にっくき容疑者を追い詰めた先には心の修羅が……。



「吹きだまり」日雇いの作蔵、食う物も食わずに貯めた2両の金があった。
その金は小料理湯屋で楽しみのために貯めていたものだったが…。
行きづりに知りあった女にほだされて、新たな喜びに浸るのだった。

「橋を渡って」深川佐賀町の干鰯問屋の嫁おりきは、夫の浮気に頭を悩ましていた…。
夫・佐十郎は外に女がいるようで、おりきに関心がない。
おりきに関心がない夫が恨めしい。それなら私だってと、
富岡八幡宮への参詣の帰りに見た「雇人紹介所」の看板が目に浮かんだ。

「夜鷹蕎麦十六文」初代志ん生の弟子の噺家かん生は粋と野暮が口癖だった…。
赤貧洗う貧乏暮らし。「野暮はで嫌い」が口癖。
野暮の見本のよう女房のおちかが恥ずかしくてしょうがない。
おちかは野暮のかん生に惚れていて尊敬していた。
それを知ってしまったかん生。「夜鷹蕎麦」の味の仲が蘇ってきた。

「侘助」下谷山崎町の棟割長屋に住む杢助は無銭飲食のプロを自認していた。
今日も、しおらしくめし屋に入った。
昔居た呉服問屋の女中・おげんにあった。
おげん、は杢助の貯めていた小銭を失敬しようとしたが…。

「束の間の話」おしま、は息子の亀松の嫁に追い出され、
浅草阿部川町に一人暮らしをしていた…。
熱発で意識をなくして養生していたとき、見知らぬ男に介抱されていた。
その初老の男も倅を探しているという。
粥を作ってくれた男と指が触れあい、何かが変わっていくように思えたが…。
各篇とも、男と女の行き詰まりの果てに、どうしようもなく…。
切なさを温め合う、江戸庶民の姿をしみじみと綴る掌編短篇集。
物語に出てくる人物はみな、横丁や裏店に住んでいる人たち。
北原さんの文章の冴えで、人物が鮮やかに読み手に伝わってきます。
時代小説というより「物語の文学」だといえるでしょう。
他の北原亜以子さんの作品も読みたくなった爺です。
江戸時代の男女の仲って、情が奥深いですな。
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ものづくりって、たのしいよ「こどもビルドフェスタ」

2017-11-06 11:34:47 | 鎌スタ

「第24回かまがや土建まつり」2017年11月5日 日ハム鎌スタ



千葉土建一般労働組合が毎年開いている、
「こどもビルドフェスタ」が鎌スタの正面広場で、
秋空の下にたくさんの家族連れが集まり開かれていました。



「こどもビルドフェスタ」は、近年の建設就労者不足に対し、
「ものづくり(建設業)」の魅力を、
子どもたちに知ってもらうイベントとして毎年開いている。
お父さん、お母さんも、子どもさんたちと一緒に楽しめ、
重機体験など子どもさんたちに人気のようでした。



●マルチボックスをつくろう
クギとトンカチで小箱作りに挑戦、職人さんが教えてくれます。





●木のくるまをつくって遊ぼう
オリジナルの木のくるまを組み立てて、木のサーキットで転がして遊びます。





●現場de迷路
足場を組み立てた迷路。中には何があるの、入ってみよう。





●働く車deゴー
プロのおじさんと一緒に重機に乗って操縦し、作業体験です。





●てっぺんdeビュー
高所作業車に乗って10メートルの高さから、会場を眺望します。
一番の人気のようでした。



●なりき職人コスプレ
ベストとニッカボッカを着て重機の前で記念撮影。
かっこいい姿を虎ノ門に事務所のある機関紙印刷のお兄さんたちが、
その場でプリントしてくれます。
労働組合「千葉土建」の仲間をつなぐ機関紙を製作印刷している会社です。





●畳の遊び場コーナー
畳の上でおもちゃ遊びコーナー。



●ストライクアウト
職人さっが作ったストラックアウト。命中するかなー。



●模擬店
やきそば、唐揚げ、焼き肉、ラーメン。



●千葉土建一般労働組合ーー
建設業で働く労働者や事業主の集まりとして、
1972年に結成された千葉県内最大の労働組合です。



建設職人の労働条件や生活保障を改善するために活動を続けながら、
プロフェショッナルとして地域の住まいに関する願いに応えるため、
自治体への制度創設などに取り組んでいる。



県内には17支部を拠点に22,000人を超える仲間たちによって、
支え合っている労働組合です。
建設職人の安心がここにあります。
労災保険、建設国保、厚生年金、雇用保険に対応します。



企業内組合の組織率が急速に減っていく中で、
この労働組合のように「一人親方」や「個人請負」で働く人たちの、
安心をサポートする団体交渉に参加できる組合は貴重です。





グラウンドの一部では、日ハムOB選手による、
ストレッチ運動の指導が行われていました。







そして、大谷翔平選手の姿がありました。
外野フェンスに沿って歩きや速足など、トレーナーと共に、
何度も行ったり来たりリハビリトレーニングをしていました。
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菊薫る、今日は「文化の日」でした

2017-11-03 20:51:06 | Lyricism
1948年に「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」として、
国民の祝日に定められました。
一年でも晴れる確率が高い日となっています。

まさに最近にない、秋日和でした。
公民館サークルの仲間の女性から電話があり、
「庭の柿を採りに来ませんか」という。



早速、駆け付けました。
「道に出ている枝を下ろしてちょうだい」
太枝を幾本も切り落とし、小枝も払いました。
老体に鞭打って、何十年ぶりにノコギリ使いになりました。
久しぶりに労働で汗をかきました。



彼女は垣根の小菊を切って持たせてくれました。
柿も自転車の籠から零れそうになるほど頂きました。

同居人が早速、菊を生けたので、
彼女のために、記録しました




「文化の日」の入場無料スポットを紹介します。
来年の参考情報にしてください。

国立科学博物館
葛飾区郷土と天文の博物館
国立科学博物館附属自然教育園
東京国立近代美術館
神奈川県立近代美術館 葉山
国立西洋美術館
東京国立近代美術館工芸館
印刷博物館
荒川ふるさと文化館
足立区立郷土博物館
北区飛鳥山博物館
千葉県立中央博物館
松戸市立博物館
国営武蔵丘陵森林公園
体験博物館 千葉県立房総のむら
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カメムシも 爺と同じの 徘徊日

2017-11-02 11:03:57 | 散策の詩
たにしの爺、秋天に誘われ、
いつもの道野辺の徘徊道をたどりました。



草叢の小花は褪せてきていますが、
小菊だけが勢いよく輝いていました。
赤、黄、紫、橙、白、いろいろ。



自然公園の石道を歩いていたら、
足元にアオカメムシが這っていました。
しばしお付き合いしました。



秋日和に誘われ徘徊中なのでしょう。
誰かに踏まれないように、
草叢に入り込むまで見守っていました。



たにしの爺、徘徊の虫仲間一号です。



ヨコハマ、ベイスターズ、ホエールズ、
第5戦も潮吹き打線で勝利を頼みます。
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台風が去っても強風の一日、木枯らし1号

2017-10-30 19:55:52 | 散策の詩
台風22号が通り過ぎた後、
夜半には月が出ていました。

窓を揺する風の音だけはやまない。
日差しが出始めても強風が樹々を揺する。



22号台風が風だけ置いて、
去っていったのかと思っていたら、
台風の後を「木枯らし1号」が引き継いでいました。



東京都心では、午前5時30分に、
最大瞬間風速16.6メートルの北西の風が吹いたという。

「木枯らし1号」はブルっと来る北風です。
明日から11月、晩秋、秋日和、秋天、柿秋に、
山装う紅葉狩り、お出かけシーズンですね。



ドングリの実が徘徊路に散乱していました。
強風に煽られた草の間に、
スズメウリの実が露になっていました。
日照時間が日ごとに短くなる霜月になります。
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雨降り続きの秋は「読書の秋」でもあります

2017-10-29 15:40:28 | 本・読書

本に恋する季節です!
2017・第71回読書週間 10月27日~11月9日



江戸後期の市井人の暮らしの心の機微を「やさしさ」で描く、
北原亞以子さんの本を2冊読みました。
『恋忘れ草』(文藝春秋1993年)、『その夜の雪』(新潮社1994年)
読んだのはいずれも大型活字本になっているものです。



『恋忘れ草』は6篇の小編連作シリーズです。
恋風
萩乃・父の帯刀の死後、跡を継いで手跡指南をしている。
商店の子どもたちに読み書きソロバンを教える塾を開いている。
ある日、傘問屋・常盤屋の手代の栄次郎が弟子入りを乞うてきた。
萩乃は気が進まなかったが、あまりに熱心なので期間限定で許す。

萩乃の父・山中帯刀は敵討ちの旅人だったが、
武士を捨て手習いの師匠になった過去に秘密があった。
その秘密をかぎつけた悪党の岡っ引きの五郎次が難癖をつけて、
50両の金銭を要求してきた。金策に奔走したがどうにもならなかった。
「お困りのようですが、私に話してください」
そこには、かつて弟子だった栄次郎が立っていた。

男の八分
香奈江・長谷川理香の名で筆耕をしている。
戯作者の草稿を、板下用に書き直す仕事で身を立てている。
ある日、かつて夫だった稜之助が訪ねてきた。離縁されて4年たっている。
迫られて争っているとき、御家人崩れの戯作者・井口東夷が訪ねてきた。

その東夷の合巻本「草枕旅路夢」の草稿が届けられた。
作品にはいろいろ悶着もあって、東夷の怒りを買ってしまう。
香奈江は涙をこぼして……。東夷が何か言ったようだった。
香奈江には「すまない」と言ったように思えた。

後姿
おえん・娘浄瑠璃語りの七之助と名乗り前座を務めている。
一座のしんかたり(真打)の小扇より人気があると自認していた。
物心とも紅白粉問屋の淡路屋長右衛門の庇護を受けていたが…。
しんかたりへの野心を秘めていた。野心は成就したが、
弟子が武士をやめた男と所帯を持って出ていった。

誰もいなくなった居遇で、どっと寂しさが満ちてきた。
そんな心の空白を埋めるのは……

恋知らず
お紺・小間物屋の三々屋の娘で簪の意匠を手伝っていた。
店は裕福な金持ちを相手にする高級品が評判だったが、
お紺は手ごろな値段で多くの娘たちの髪飾りを目指している。
デザインを考えて歩いていたら、男にぶつかった。
幼馴染で醤油問屋の三男・秀三郎だった。

簪のデザインの相談にかこつけて出合茶屋で会う仲になっていた。
お紺の簪がさっぱり売れなくなった、
お紺の簪の何がいけなかったのだろう。

恋忘れ草
おいち・役者絵・錦絵の師匠から歌川国芳から、
歌川芳花㋨名をもらっていた。女の画工として評価を得ていた。
本所横網町の家に一人で住んでいた。
寂しさを絵を描くことで才能の発揮に磨きをかけていた。
女房も子どももいるが訳アリの彫師の才次郎と男女の仲になっている。

疎遠になった才次郎の家近くをうろついていると、
女房に気付かれ家に招じ入れられてしまう。
そこには才次郎の家庭があった。帰り道、おいちは声にした。
「ばかやろう。子供のおしめを替えた手で女を抱くなってんだ」

萌えいずる時
お梶・料理屋「もえぎ」の女将。
文政13年、師走に天保と改元された。
深刻な飢饉が続き、凶作で田舎は失業に溢れていた。
食料品はみな値上がりしていたが、「もえぎ」はお梶の才覚で繁盛していた。
仲居のおはつの家族が夜逃げ同様に転げ込んできた。

お梶はできる範囲で面倒を見ていたが…
雑用に雇ったおはつの義姉おげんが来てから、
店は板場や仲居仲間に不協和音が生じていた。
ある日「もえぎ」が打ちこわしに会い、店がめちゃめちゃにされてしまう。



本書「恋忘れ草」は6篇の連作物語で、
それぞれの篇は女性が主人公で登場します。
女主人公の仕事、恋、男など、生き様が書き込まれている。

この作品で北原亜以子さんは第109回(平成5年上期)の直木賞を受賞している。
解説によると北原さんは「江戸のキャリアウーマンを書いた」と話したという。

作品の時代背景は江戸後期の文政から天保のころで、
武家社会がゆるみ、商人の力が社会を動かすようになり始めていた。
一方、江戸文化が隆盛が極めていた。
この時代を象徴する仕事に生きた女性を主人公に仕立てた本です。
「たにしの爺」読後のつぶやきです。
作者は各篇の女主人公を、いききと描いています。
しかし、訳アリになる男や過去の男が関わり、
良くも悪くも仕事のエネルギーになっている。

現代風ぬ言えば、女性が「いい仕事」をするには、
男のスパイスが必須要素なのだともいえるのかなー。

女性国会議員を見るとそんな気もしますね。
例えば「幼稚園落ちた」で名を上げた前民進党議員。
有能弁護士との交際が週刊誌ネタになったが、
今回の総選挙では無所属で当選しました。

いい仕事をするには、いい異性の存在が必要??
キャリアウーマンが見たら怒り心頭でしょうな。

北原亜以子さん、主な受賞歴
(1969年)第一回新潮新人賞、小説現代新人賞佳作、
(1989年)第十七回泉鏡花文学賞、(1993年)第百九回直木三十五賞、
(1997年)第三十六回女流文学賞、(2005年)第三十九回吉川英治文学賞
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