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あはれ令嬢女優之貞操危機壱發之巻:『四つの恋の物語』『怒りの街』

2018-03-28 | 成瀬巳喜男





 成瀬巳喜男、豊田四郎、山本嘉次郎、衣笠貞之助『四つの恋の物語』(1947年、東宝)

 東宝争議の渦中で製作されたオムニバス映画。小國英雄の脚本を頂く成瀬篇は翻訳劇調の作為がめだつ。サザエさんふう終戦時パアマネントにやけっぱちで安白粉塗りたくった木暮実千代はアゴのシャクレばかりが目立ち貧相。部屋で年下の燕(存在感ゼロの某沼崎勲)と別れ話する小暮と、その向かいに位置するらしいうらぶれたバアでその首尾を伺いつつ待機する小暮と燕それぞれののちぞい候補(菅井一郎、竹久千恵子)とをカットバックでみせる。

 スザンネ・シェアマン『成瀬巳喜男 日常のきらめき』(キネマ旬報社)によれば、ロングテイクのほか、構図のつくりかたに成瀬らしさがみえるが(あるカットでは貧しい新聞売りの竹久と虚飾に染まった水商売の女性・小暮との分身性を暗示)、概して凡庸。

 むしろ見ものは劈頭におかれた黒澤明脚本による豊田四郎篇か。これは久我美子のデビュー作となる。遠方に出向した父の同僚(志村喬)の家に滞在することになった女学校生徒(久我)とその家の息子のバンカラ高校生(池部良)のあいだに兄と妹のような絆が芽生えるが、その感情はやがて淡い恋へとかわっていく。

 素人くささも含めて躍動感あふれるおきゃんな久我の演技に目を奪われる。『春の目ざめ』で高校生に唇を奪われることになる久我だが、ここではふとした好奇心に駆られた池辺に胸を触られる。このあとふたりの関係はぎくしゃくしたものになり、ほどなく別れのときがおとずれる。

 夕日がまぶしい縁台で顔を涙でびしょびしょにした久我が「試験が終わるまで会わないと約束して」とすがるように池部に訴える。久我にうつつをぬかし勉学がおろそかになった息子を危惧した母親(杉村春子)が「女親の嫉妬のようなもの」(杉村じしんが口にする!)もあってふたりを引き離したと説明されるが、それでなくともふたりの関係がもとにもどることはないだろうことが言外に暗示される。

 物干しに忘れられ、風に寂しく揺れる久我のシュミーズをとらえた池部のPOVショットにフェイドアウトして幕。

 この挿話はもともと阿部豊が演出することになっていたが、阿部が東宝をおん出て新東宝に移ったために豊田にお鉢が回ってきたらしい。

 久我はそのごも成瀬作品につづけて出演するが、二年後の『不良少女』を経てその翌年に発表された『怒りの街』でも、ポマードべたべたの大学生(原保美)に金品を騙し取られたうえ貞操まで奪われそうになるという役どころ。どうやら終戦後の[すべてに]飢えた学生らのもっぱらの欲望のはけ口とされていたらしき感さえ伺える。

 セミドキュメンタリーふうにうつしとられた終戦後の街の風景はそれなりに興味ふかく(撮影は玉井正夫)、光クラブ事件に影響された二人のエリート大学生が金持ちの女たちを騙して金を巻き上げるという丹羽文雄の原作も題材としては面白いが(ラスコーリニコフふうの大学生を演じる宇野重吉はすでに三十代半ば。さすがに学生服姿が滑稽)、いかにも消化不良。音楽・伊福部昭。キャストはほかに東山千栄子、村瀬幸子、若山セツ子(『四つの……』山本嘉次郎篇)、木匠久美子(『春の目ざめ』)、志村喬、木村功、菅井一郎。



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