Negative Space

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壊滅的な物語をかろうじて救ったムルナウ的感性:『金環蝕』

2012-08-02 | 清水宏
 清水宏の『金環蝕』(1934、松竹)。

 トーキーとばかりおもっていたら、サイレントだった。原作は久米正雄。

 東京で法学士となった神田が帰郷する。村人のうわさでは、嫁さがしのためらしい。神田は絹枝(川崎弘子)にご執心。いかにも意志の強そうな女。神田は親友で絹枝の従兄弟である大崎(笑うせ~るすまん藤井貢)にそれとなくたずねる。きみと絹枝さんとは何でもないのかい? 二人は猿のように木の枝にぶらさがっている。ぶらぶらする二人の足だけを写したとぼけたショット。清水宏は足のアップがほんとにすきだ。

 夜。水車をバックにした絹枝と大崎。やっと二人だけになれたわね。この時を待っていたの。誤解しちゃいけない。神田の気持ちを伝えにきたんだ。顔を曇らせる絹枝。

 神田は絹枝と婚約にこぎつける。大崎は勉学のためとかで突然東京に発ったという。

 舞台は一転、東京へ。同郷の代議士宅の家庭教師の職にありついた大崎。代議士の娘のモダンガール鞆音(これがデビューの桑野通子)は彼に夢中。運転手の妹の清純派・嘉代(坪内美子)にも惚れられる(勝手にせい)。

 ある日、神田がたずねてくる。神田はかつて鞆音の家庭教師のようなことをしていたのだった。絹枝さんはどうしてる? ぼくのほうが知りたいね。あの後きみを追って家出したんだ。

 神田と大崎と鞆音で映画を見に行く。闇のなかで鞆音が大崎にささやく。ほんとはあなたとふたりだけで来たかったのに。スクリーンでかかっているパラマウント作品は何だろう。実在の作品か?

 政権交替で代議士は廃業する。大崎はタクシー業に転じた運転手の助手になり、嘉代ともども三人暮らし。嘉代はビヤホールの女給になっている。慣れない勤め先で、影のある女に親切にされる。絹代であった。仕事が終わって、連れ立って帰る二人。夜の川沿いを行く二人をやや後方から捉えたロングショットは風情たっぷり。あるひとをさがして東京に出てきたの、と絹代。私は兄さんと、もうひとりの兄さんと暮らしてるの、とうれしそうに話す嘉代。家に寄って行くよう絹代をさそう。そこで大崎と鉢合わせする絹代。長時間見つめあう二人。尋常でない空気をさとった嘉代。あなたのさがしてたひとって、この大崎さんじゃないの? あわててたずねる絹代。神田さんはどうなさってる? わたしのさがしてるひとはその神田さんて人なのよ。神田くんは鞆音さんと結婚するらしいよ。

 このあとなんやかやあるのだが、概して通俗的であほらしい展開。ラストは、汽車の最後尾にたたずむ絹代と大崎をとらえたショット。開け放たれたドアから暗い車内に射しこむ光で、むかいあってうつむくふたりがシルエットになっている。画面奥に流れ去って行く線路が余韻を残す。もうちょっとぴりっとしたストーリーであれば、さぞ活きたであろうエンディング。はたして客足はわるかったらしい。

 川崎弘子演じるディートリヒふうの淪落の女はなかなかさまになってる。桑野通子のフラッパーぶりは鮮烈。このあと傑作『有りがたうさん』を含め、清水作品に立て続けに出演するが、女優としてのキャリアは短かった。

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