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Negative Space

日本映画、文語文学、古代史劇映画、西部劇、フィルムノワール、hip-hopなど。

3人のゴースト:オフュルスの『やさしい敵』

2014-08-12 | マックス・オフュルス




 La Tendre ennemie(マックス・オフュルス、1936年)

 娘を愛してもいない婚約者と結婚させようとしているブルジョワ婦人(『ディヴィーヌ』のシモーヌ・ベリオー)。結婚式の夜、かつてこの婦人のために死へ追いやられた3人の男たち(夫、愛人、婚約者)の幽霊が協力して彼女がふたたび過ちを犯すことを止めようとする。

 原作は「自由劇場」を立ち上げたかのアントワーヌの息子の手になる舞台のヒット作『敵』。タイトルロールの「敵」とはほかならぬヒロインのこと。映画版のタイトルは婉曲化されている。

 オフュルスはブレスラウの舞台でオリジナルの戯曲を演出した経験があった。「主題はきわめて興味深い。喜劇的で、悲劇的で、皮肉、疑い、実人生でのように、いろいろな感情が入り交じっている」。

 「相当にみだらなブールバード喜劇を素材に、オフュルスは幸福の探究についての繊細な省察をくりひろげてみせた」とはある批評家の弁。それによって「恋愛ものの定石をことごとく破壊している」とは監督による自画自賛。ただし、「少なくともスピリチュアルな面ではそうなっているとおもうよ」と留保がつく。

 エクトプラズムみたいに半透明の幽霊たちは、映画でこそ可能な演出。ベンチやシャンデリアに並んで腰を下ろし、皮肉まじりに昔話に耽っているところなど、メゾンテリエで門前払い(置いてけぼり)を食わされた『快楽』のおぢさんたちのような雰囲気。(たしかそんなシーンあったよね)

 狂言回し的な3人の男性の視点からヒロインの半生がフラッシュバックで回想されるという構成は『輪舞』『歴史は女で作られる』ではないか(しかもヒロインの愛人はサーカスのライオン使い)。

 ところどころでトレードマークのロングテイクを味わえる。この作品からしばらく撮影監督として組むことになるのは巨匠オイゲン・シュフタン。

ラインラントからパリへ:『笑う相続人』『ディヴィーヌ』

2014-08-07 | マックス・オフュルス



 初期オフュルスのコメディー2題:


 『笑う相続人』(1932年)

 ラインラントの郷土色も豊かな風俗喜劇。『セヴン・チャンス』+『ロミオとジュリエット』? 身分を隠した要人という設定はオフュルス好み。ライティングの陰影と画面手前に物を配することで奥行きを演出したフレーミング。今は亡き経営者の肖像画と親族たちの切り返しショット(レコードとかれらの「会話」)は愉快。
 主役のハインツ・リューマンは『狂乱のモンテカルロ』、『ガソリンボーイ三人組』のスター。相手役のリエン・ダイヤースという女優はラングの『スピオーネ』に出ている。



 『ディヴィーヌ』(1935年)

 コレットが自作を脚色した艶笑喜劇という触れ込みで売り出されたが、それまでのオフュルス作品としてはもっとも客が入らなかった。

 「わたしを魅了したのは、コレットが脚本を正確に映画的な観点から組み立てていたことだ。短いシーン、きりつめられた台詞、メインの主題と周辺的なことがら、登場人物、フレーズの切れ端、ひとつの世界の全体をすばやく概観できるいくつかの視点、それによって生まれる物語の含蓄、的確な雰囲気、その世界を構成する人たちに対する瞬時の理解といったことだ」。
 
 「わたしが『ディヴィーヌ』でやろうとしたことは、ミュージックホールの雰囲気を主観的に[ヒロインの観点から]描くことだった」。

 男性が支配する舞台と女性たちのコミュニティが形成される楽屋のはざまの「舞台裏」という空間の力学。「舞台裏」とはまた、きらびやかな出し物(スペクタクル)の虚構を暴き立てることでもある。ヒロインは脱衣に抵抗して舞台をぶち壊す(とはいえ皮肉にもこのアクシデントは観客に受け、出し物の一部として回収される。The show must go on.)都市と田園という物語上の二項図式を無効化する演出。ミルクという小道具(乳牛、牛乳屋、授乳)。ハッピーエンドのキスシーンが檻を思わせる格子模様越しに眺められるアイロニー。

 パリの踊り子(水商売の女性)が田舎に来て地元の人の心を騒がせるというのは『快楽』。屋根裏部屋でのシルエットの脱衣(ロベルトはリュドヴィーヌの体が踊り子向きであることを知る)、ウォークも『快楽』。階段。ヒロインがはじめて劇場を訪れる場面の360度のパン。アパルトマンの移動撮影(撮影ロジェ・ユベール)。『ルヴュ・デュ・シネマ』の批評家ジャン・ジョルジュ・オリオールが脚本に名を連ねているのが目を引く。編集にレオニド・モギー。ヒロインにシモーヌ・ベリオー(オフュルスのヒロイン中もっとも精彩を欠く)、ミルクマンにジョルジュ・リゴー(『Liebelei』『明日はない』『巴里祭』)。その他、レズっけのある同僚(ジナ・マネス)、金ぴかメイクの催眠術師的俳優にして麻薬密売人、ネロ役のデブの俳優……。


EXILEたちのハリウッド!:オフュルスの『風雲児』

2014-07-13 | マックス・オフュルス



『風雲児』(1947年、マックス・オフュルス)

 ハワード・ヒューズ製作の『ヴェンデッタ』の監督を降板させられた後に(後任のプレストン・スタージェスもけっきょく降板)、ダグラス・フェアバンクスJr.の独立プロに雇われて撮ったオフュルスのハリウッド第一作。

 ピューリタン革命当時、クロムウェル一派に国を追われ、オランダの農村でつかのまの平和な生活を享受しているチャールズ2世のもとに追っ手が迫る。
 国王本人を騙る道化役者、農場の娘とのロマンス、かつての愛人の訪問、粉挽き小屋の螺旋階段を舞台にしたラストの息詰るチャンバラ、恋を振り切っての戴冠。

 マリア・モンテス(元愛人)のエピソードは本筋には関係ない脱線にすぎず、ストーリーはきわめてシンプル。共同脚本のトマス・エルトンとは、ほかならぬフェアバンクスJr.のこと。親父が自分の映画のために使っていたペンネームをそのまま借用。

 人生はたえざる移動(運動)。原題の『亡命者』とはまさにオフュルス本人の境遇。不在の父(冒頭とラストでレリーフとして登場するのみ)というテーマには、フェアバンクス自身の父親コンプレックスが反映されていよう。市場の場面は『バグダットの盗賊』、階段でのチャンバラは『ロビン・フッド』を想起させる。ハリウッド映画史上まれにみる規模の巨大なセットは父親の映画のためにウィリアム・キャメロン・メンジーズが設計したそれを思わせる。チャールズ2世のキャラにはフェアバンクス一族のイギリスびいきが透けて見える。

 三段の階をもつ粉引き小屋、にぎやかな市場、小舟を浮かべた川、見渡す限りのチューリップ畑、鏡の反映で埋め尽くされたホテルの部屋(モンテスとの逢瀬)。オールセットの本作でデザインを手がけたハワード・ベイは、ブロードウェイ出身。ハリウッドで二本の作品を手がけた後ブロードウェイに戻っている。 
 
 そのセットのなかを全篇、ダイナミックなクレーン撮影と流麗なトラヴェリングがいろどる。キャメラは気心のしれたフランツ・プラナー。巻頭いきなり、三つの階をまたぐおどろくべき垂直移動が度肝を抜く。モンテスに対する嫉妬が晴れた直後、室内と室外を行き来しながら追いかけっこする恋人たちを追う複雑きわまりないキャメラワークは腰を抜かすほどの超絶技巧。螺旋階段を上り下りしながらのチャンバラ、恋人たちの別れをいろどるドラマティックなキアロスクーロ。

 恋人役にポーレ・クロゼット(リタ・コーディ)。宿敵イングラムを演じるヘンリー・ダニエルはナチス役を得意としたが(『チャップリンの独裁者』のゲーリング)、本作のコンセプトに政治的な意図はほとんど感じられない。ほかにナイジェル・ブルース。