美山の森から ~原村移住計画の記録と山遊び~

やっと理想の土地を手に入れました。
長年の夢だった森の中の暮らしの実現まであと少し…かな?

Memento mori…

2011-05-05 | 身体のこと
今回はちょっと重い闘病ネタなので、見たくない人はこの時点でスルーして下さいね。







Memento mori…(メメント・モリ/死を想う…)
以前、そんな本を読んだことを想い出しました。

5月に入ってから薬のせいか頭痛がしたりして、無理せず横になる時間を取るようにしています。
たぶん今までの人生に対して、神様が罰を与えたんじゃないかなって思うこともあります。
まぁ、病気がなくても十分「罰は当たってる」ような気もしますけどねぇ(苦笑)。


別に「死」ぬこと自体が怖いわけじゃぁないんですよ、生きて来た以上一度は死ぬんですからね。
それよりも「死」に向かうことを受け入れなきゃならない、それが怖いんだと思います。
死んでしまうとどうなるんだろう?って言う未知の事実への怖さであり、誰にも教えてもらえない調べることも出来ないことに対する恐怖心。

生きていれば死ぬことは出来ますがその逆は出来ないわけで、そう言う意味では体験したことがある人に聴くことも出来ませんよね。
自分の身体が無くなってしまったあとで、自分の記憶はどうなるのかなって言うことなんか誰にも分からないんですから。
そう言う分からないことをどうやって受け入れて、それに向かって行くのかっていうのがとっても怖いんだと思います。

2週間ほど前に叔父が亡くなりました、ずっと入退院を繰り返していてもう限界だったんだと思います。
直接は「癌」ではなかったんですが、今の自分にはその「死」に立ち会うことが出来ませんでした。
子供の頃からお世話になってもいたので不義理をすることになりましたが、今はどうしても生き死にの場面を出来るだけ見たくないのが本音です。

病気が発覚してから知りあった、何人かの同じ病気の人たちとのお付き合いがあります。
その人達との約束の一つは入院してお見舞いに行っても、お互い最後には立ち会わないという約束があります。
立ち会わず葬儀にも行かず、全て事後報告だけというのこの仲間との決め事。

この2年で5人がすでに4人になりましたし、もう末期で入院している人もいます。
こうしてここに書くことも承諾を受け、ここ以外では表に出さないということにしています(Blog持ってるのは自分だけなので)。
きっとそうやって受け止めるしか方法がないのかも知れません。

今すぐどうこうってことじゃないけど、やっぱり最後は想い通りにしたいなぁって思います。



『写真でしりとり』



「バス」→「ストロボ」

人物とか静物を撮ることがほとんど無いので、せっかくのストロボたちもあまり出番は無くて。
いつもネタ探しの時に持って行くのは、これが小さくて軽いので便利。
それどころか最近は天気がイマイチの時は、眼デジすら持たないでって時の方が多いですから。

日中シンクロで虫とか撮るなら、これで十分です。

ということで、「バス」→「ストロボ」ときて、次は「ストロボ」の「ボ」。


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