海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

大石又七著『ビキニ事件の真実』(みすず書房)

2011-07-06 23:34:15 | 読書/書評

 7月3日午後10時からETV特集「大江健三郎 大石又七 核をめぐる対話」が放送された。東京・夢の島に展示されている第五福竜丸の船上で、広島・長崎・ビキニ環礁における被爆※体験や福島の原発事故、戦後日本の原子力への対応などについて、両氏が自らの体験に即しつつ語り合うという内容だった。
 大石氏は1954年3月1日に第五福竜丸に乗船中、マーシャル諸島・ビキニ環礁において、米国が行った水爆実験による死の灰を浴びた。3月14日に静岡県の焼津港に戻った大石氏らは病院で診察を受け、外傷のひどかった乗組員はデッキで集めた灰を持って東大病院に向かう。それを知ったメディアの報道により、事件はセンセーションを巻き起こす。乗組員たちは東京の病院に入院して治療を受けるが、放射能によって骨髄細胞が破壊され、造血能力が失われるなどして、9月13日に久保山愛吉氏が亡くなった。
 三たび日本を襲った放射能の恐怖に対し、核実験反対の署名運動が全国に広がった。東西冷戦のさなかにあって日米両政府は、運動が反米闘争として先鋭化することを恐れた。見舞金・慰謝料として米国が200万ドルを支出することでビキニ事件の幕引きをはかり、同時に正力松太郎氏を活用して読売新聞・日本テレビで「原子力の平和利用」「原子力時代到来」という大キャンペーンを行う。毒をもって毒を制するやり方で日本国民の核アレルギーを払拭し、原子力発電所の導入にのりだしていくのである。
 一方で、見舞金への妬みや被爆したことへの偏見・差別にさらされた第五福竜丸の乗組員たちは、自らの体験を隠して生活し、沈黙を続けた。東京に出て大都会の人混みに隠れ、クリーニング業を営んでいた大石氏が、私立和光中学校の生徒たちに初めて体験を語ったのは1983年。ビキニ事件から30年近くの時が経っていた。
〈核兵器の恐ろしさを誰かが言わなければ、いつかきっと大変なことが起こる。それを知っているのは被害を受けた当事者、死の恐怖を身をもって体験してきた俺たち自身ではないのか。そんなふうに少しずつ思うようになっていた〉(117ページ)。
 本書には、ビキニ環礁における被爆の状況やその後の治療の様子、偏見や差別を恐れて過ごした生活、初めての子どもが異常出産で亡くなったときの衝撃、かつての仲間が次々とガンで亡くなり、自らも肝臓ガンを患った苦しみなど、大石氏の半生がつづられている。それとあわせて、ビキニ事件の背景にあった東西冷戦下の政治状況、事件を忘却させていった日米両政府の政治工作、核政策、政治権力と水産業界の癒着など、ビキニ事件の背景やそれに関わる政治の問題も詳述されている。
 また、全国から訪れる中・高校生や市民への講話、放射能で汚染されたマグロを埋めた場所にマグロ塚を建てるとりくみ、同じように米国の水爆実験で被爆したマーシャル諸島の住民との交流など、ビキニ事件を伝える活動の様子が記されている。そして、第五福竜丸に乗り合わせた仲間たちへの思いと葛藤がくり返し触れられている。
 米国の水爆実験によって被害を受けたのは第五福竜丸だけではない。〈厚生省が把握しただけでも被爆した船は八五六隻。そこには二万人近い乗組員が働いていた。そして、何千、何百カウントという強い放射能が検出された人も、発病して亡くなった人も大勢いる〉(173ページ)。にもかかわらず、政府は〈マグロの検査はしっかり行ったが、……乗組員の身体の方には目を向けようとはしなかった〉(同)。そうやって多くの被爆した漁民が闇に葬られていったことも、私たちは忘れてはならない。
 ビキニ事件からすでに57年が経つ。本書でも触れられているとおり、日本の原発導入とビキニ事件は大きな関わりがあった。福島第一原発の事故が、収束どころかより深刻さを増すなかで、ビキニ事件についてあらためて注目し、検証することが重要となっている。大江氏と大石氏の対話を組んだNHKの制作意図もそこにあるだろう。
 ビキニ事件の当事者が記した一冊として、本書は貴重な記録である。

※大石氏は水爆による死の灰を浴びたため「被爆」と記しているので、それに倣った。

「大江健三郎 大石又七 核をめぐる対話」がユーチューブにアップされているので紹介しておく。

http://www.youtube.com/watch?v=lfLml8OsZiA

 1994年3月にNHKが放送した現代史スクープドキュメント『原発導入のシナリオ』は、大石氏の『ビキニ事件の真実』でも取り上げられているが、福島第一原発の事故のあと、ユーチューブにアップされた映像を多くの人が紹介している。まだ見てない方は必見である。

http://www.youtube.com/watch?v=EbK_OlzTaWU

 


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