海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

藤岡氏の座間味島訪問に村民が抗議

2008-01-31 19:52:32 | 「集団自決」(強制集団死)
 1月26日付沖縄タイムス朝刊に「藤岡氏の訪問に座間味村民抗議」「軍命・強制は事実」という見出しの記事が載っている。  藤岡信勝氏をはじめとした「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーが二泊三日の予定で座間味島と渡嘉敷島を訪れた。その際、座間味島で村民が藤岡氏らの訪問に抗議行動を行ったというものである。その中に次のような村民の声が記されている。  〈村民は、抗議文で体験者の証言や村史の記述を引用 . . . 本文を読む

『座間味村史・下巻』より6

2008-01-31 02:44:25 | 「集団自決」(強制集団死)
 座間味島阿佐部落における上原武造氏の虐殺事件については、他の住民による証言もある。  平田幸子氏(当時三七歳)は、日本軍が島に駐屯して以降、家が炊事場に割り当てられていた。昭和二〇年三月二三日、米軍の空襲がはじまってからは島内の壕を移動して避難生活を送っている。平田氏の証言から、上原氏の虐殺に関する部分を引用する。 〈とにかく食糧はほんとに限界にきていましたから、だから、マチガー小のおじいはみ . . . 本文を読む

『座間味村史・下巻』より5

2008-01-30 05:36:28 | 日本軍の住民虐殺
 座間味島の阿佐部落における日本軍の住民虐殺は、他の住民によっても証言されている。  高江洲敏子氏(当時十四歳)の証言は、石川重義氏の虐殺に関してのものである。高江洲氏は家族と一緒にヌンルルーガマに避難していた。米軍の攻撃にさらされて緊迫したガマの状況や、飢えに苦しむ日々の生活も証言されている。  ガマの中では泣きやまない赤ん坊に対して「どこの子供だ。泣く子供たちを殺して捨てろ」と声を荒げていた男 . . . 本文を読む

『座間味村史・下巻』より4

2008-01-29 15:40:56 | 日本軍の住民虐殺
 座間味島の阿佐部落で起こった住民虐殺についてみてみたい。  沖縄戦当時、座間味島には海上挺身第1戦隊が配置されていた。隊長は梅澤裕少佐である。現在、梅澤氏は大阪地方裁判所に岩波書店と大江健三郎氏を「名誉毀損」で訴え、係争中である。「集団自決」(強制集団死)に関して、自らは命令を出していない、いっさい責任はないと、梅澤氏は主張している。その点については別の機会に論じたいが、同氏は1945年2月以降 . . . 本文を読む

「文部科学省再訂正指示による歪曲に抗議する」集会

2008-01-29 02:16:31 | 教育
 那覇市古島の教育福祉会館で「文部科学省再訂正指示による歪曲に抗議する」集会が開かれるというので参加しました。主催は6.9沖縄県民大会実行委員会。  開会あいさつのあと、琉球大学教授で6.9実行委員会共同代表の高嶋伸欣氏が、「検定経過の問題点と基本的とらえ方の問題点」と題して講演。  その次に琉球大学准教授で「沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会」事務局長の山口剛史氏が、「教科書 . . . 本文を読む

『座間味村史・下巻』より3

2008-01-28 01:51:33 | 日本軍の住民虐殺
 以下に引用するのは阿嘉島の宮平正春氏(当時二六歳)の証言である。  宮平氏は沖縄戦当時、屋嘉比島の慶良工業所に勤め、鉱石運搬船に乗り組んでいた。三月二三日、阿嘉島に船を非難させるが、米軍機の攻撃で船は沈没。その後、阿嘉島の山中で与那嶺老夫婦のタキエさんが日本軍に殺害されるところを目撃する。また、朝鮮人軍夫が銃殺のため日本軍に連れて行かれるところも目撃している。宮平氏自身も日本軍に暴力をふるわれて . . . 本文を読む

『座間味村史・下巻』より2

2008-01-26 17:37:51 | 日本軍の住民虐殺
 阿嘉島における老夫婦(与那嶺松雄・タキエ)の虐殺は、他の島民によっても証言されている。次に引用するのは垣花武栄氏(当時四五歳)の証言である。  〈四月のある日、数日前捕虜になって部落内に保護されていた与那嶺松雄・タキエ夫妻が、食糧をあさりにきた日本軍に発見され、山の本部へ連行されてしまった。この夫婦は、妻のタキエ婆さんが足が悪く、みんなと一緒に山に登れなくて部落近くの壕にひそんでいたのである。 . . . 本文を読む

『座間味村史・下巻』より1

2008-01-25 16:19:22 | 日本軍の住民虐殺
 沖縄戦当時、慶良間諸島には座間味島に海上挺身第1戦隊(隊長・梅澤裕少佐)、阿嘉島に第2戦隊(同・野田義彦少佐)、渡嘉敷島に第3戦隊(同・赤松嘉次大尉)が配備されていた。  『座間味村史・下巻』には、座間味村の座間味・阿真・阿佐・慶留間・阿嘉・屋嘉比など各地域の住民の戦争体験記とサイパン・満州での戦争体験記が収められている。  以下に引用するのは阿嘉島の垣花武一氏(当時十五歳)の証言である。垣花氏 . . . 本文を読む

『少年護郷隊』より2

2008-01-24 15:56:23 | 日本軍の住民虐殺
 金城精勇氏(昭和二年生)は青年学校に通いながら伊江島の徴用にかり出されていた。護郷隊に召集されたのは、昭和二十年三月であった。安富祖校に入隊すると爆薬を背負っての切り込み演習が行われ、その後、安富祖陣地への食糧運搬や恩納岳の陣地への食糧、弾薬運搬などを行う。米軍上陸後は石川岳へ移動、戦闘に参加する。初戦から劣勢であり、米軍に包囲され撤退。山中を移動する途中で食糧が尽き、飢えに苦しむ。以下の引用は . . . 本文を読む

福地廣昭『少年護郷隊』より1

2008-01-24 02:15:11 | 日本軍の住民虐殺
 沖縄戦の歴史歪曲が右翼勢力によって進められている。「集団自決」(強制集団死)だけでなく、いずれ日本軍による住民虐殺に関しても、歪曲や隠蔽を行なってくるだろう(すでに一部では始められているが)。それを許さないためにも、改めて沖縄戦体験者の証言を読んでおきたい。具体的な事実を持って反論することが、何よりも大事だからである。  私自身、生まれ育った村で起こった住民虐殺について、両親や祖父母から話を聞か . . . 本文を読む

桜祭り

2008-01-24 01:20:26 | 生活・文化
桜祭り 2008年 01月 24日 編集 | 削除  沖縄では先週から本部町の八重岳と今帰仁村の北山城趾で桜祭りが始まっています。今週末は名護市のナングスクでも桜祭りが始まります。日本一早い桜祭りということで全国ニュースでも取り上げられますが、少し歴史にも関心を向けてもらえるなら、八重岳は日本軍の陣地があり、日米両軍の戦闘があった場所でもあるのです。  沖縄島南部に比べて北部では短期間で本格的な戦 . . . 本文を読む

ブログ開始

2008-01-23 22:36:41 | Weblog
ブログを始めます。 よろしくお願いします。 なお、本ブログ掲載の文章の無断利用は禁じますので、ご理解ください。 . . . 本文を読む