以下の文章は「琉球大学学生新聞」第168号(1984年6月25日発行)に深見透という筆名で掲載されたものだ。
翌1985年に「風音」という小説を書き、同年12月26日から1986年2月5日にかけて沖縄タイムスに連載された。
小説の原型になった随想で、誤字や表現のおかしな点を一部直している。
誰でも心の中に忘れぬことのできぬ風景があるであろう。それは幼い頃過ごした家 . . . 本文を読む
28日(土)は午前10時頃、豊原の高台から辺野古側埋め立て工区の様子を見た。
沖縄島周辺の海が時化ていて、この日は大浦湾にガット船が入れなかったが、前日までに運び込んだ土砂を使って、陸揚げ、投入が行われていた。
見える範囲でも3か所に土砂が投入されていた。ここのところK4護岸沿いに土砂を運ぶ車両が列をなしている。
午前11時3分頃、瀬嵩の森から大浦 . . . 本文を読む
1月25日(水)にキャンプ・シュワブ工事用ゲートに入った車両で、北側から来たのは以下の会社のものだった。
前田運輸、北勝重機運輸、東栄運輸、津嘉山産業、嶺井産業、国栄運送、一心産業、宮原運送土木、瑞慶村組、宮城総業、久勝建設、丸政工務店、国頭産業、企業組合太陽、進建、丸武運送、まるくに、大龍運送の18社。
このうち前田運輸はユニック車、進建は生コンのミキサー車で、ほかはダ . . . 本文を読む
25日(水)は午後12時前にキャンプ・シュワブの工事用ゲート前に行き、この日2回目の資材搬入に対する抗議行動に参加した。
沖縄も昨日から冷え込みが厳しくなっている。ただ、この時間帯は日差しが出ていて、風もそれほど強くなかった。
30人余の市民がゲート前に座り込んだり、歩道でプラカードを掲げて新基地建設に抗議した。
工事車両は空のダンプカーが多く、キャ . . . 本文を読む
上の写真は1月16日(月)午後1時55分頃に撮影したもので、美謝川切り替え工事の様子である。
キャンプ・シュワブの第2ゲートの向かい側(山側)の様子で、以前は国道329号線のガードレール付近から中の様子が撮影できたが、ガードレールを撤去して車道ぎりぎりまでフェンスが設置され、ごく一部しか撮影できないようになっていた。
上の3枚の写真は、国道329号線をはさんで . . . 本文を読む
上の写真と動画は1月16日(月)の午後2時頃に撮影したものである。
キャンプ・シュワブの第4ゲート周辺では、辺野古弾薬庫の新ゲート建設が進められている。
国道沿いの歩道から見下ろせる低地で地盤が軟弱なため、現在改良工事が行われている。
弾薬庫の建て替えとともに新ゲートが造られることで、辺野古弾薬庫の機能強化が大きく進められようとしている。
日米両政 . . . 本文を読む
16日(月)は午前11時52分頃、キャンプ・シュワブの工事用ゲート前に行き、この日2回目の資材搬入に対する抗議行動に参加した。
先週、沖縄は暑いほどの天気が続いたが、今週は一転して冷え込む日が続きそうだ。新型コロナウイルスとインフルエンザが同時流行するなかでの抗議行動は、参加者の健康を最優先に配慮して行われている。
以前のように機動隊にごぼう抜きされるまで粘りたい、と . . . 本文を読む
13日は午後3時から名護市辺野古の名護防衛事務所で、新基地問題を考える辺野古有志の会とティダの会による申し入れが行われたので参加した。
有志の会とティダの会では3年以上前から、辺野古弾薬庫には事故発生時の住民避難計画がないことを問題にしてきた。
言うまでもなく弾薬庫は危険な施設であり、仮に爆発事故が発生した場合には周辺地域の住民に大きな被害が出る。
しかし、米軍も沖縄防衛 . . . 本文を読む
7日(土)は午前11時からキャンプ・シュワブのゲート向かいで、辺野古新基地建設に反対する今年最初の県民大行動が開かれたので参加した。
オール沖縄会議共同代表の稲嶺進さんの挨拶を皮切りに、国会議員や県議会議員、市民団体、各地域代表の発言が続いた。
主催者発表で620名余の市民が参加した。
岸田政権は防衛費を大幅に増額し、専守防衛を投げ捨てて敵基地攻撃能力 . . . 本文を読む
6日は午前9時頃にキャンプ・シュワブの工事用ゲート前に行き、この日1回目の資材搬入に対する抗議行動に参加した。
羽地内海に停泊していたガット船は、4日の朝には塩川沖に移動していた。今年もすでに辺野古側埋め立て工区への土砂投入や美謝川の切り替え工事、辺野古弾薬庫の新ゲート建設工事が始まっている。
1回目は20人ほどの市民が集まり、ゲート前に座り込んだり歩道でプラカードやのぼ . . . 本文を読む