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FIP(猫伝染性腹膜炎)に関する考え方

2010-04-06 23:51:46 | Weblog
FIP(猫伝染性腹膜炎)という疾患に関する考え方
    
先日、ある猫ちゃんの診察・検査で予想外の貴重な経験をしました。
その猫は、避妊手術の術前検査でALPという検査値が通常より高値でした。
しばらくしてから、食欲不振と発熱で入院しました。
避妊手術時のスクリーニング検査でALP 607、発熱時ALP 627 でした。

似たような症状と検査値を示す疾患として、胆管炎や膵炎、FIP等が疑われました。
追加検査の結果、膵炎は除外(猫膵特異的リパーゼ:0.6)、
血中のFIPウィルスの定性検査(抗体ではなく抗原)が陽性でした。

FIP(feline infectious peritonitis)という呼称は病態を正確に反映した病名ではありません。
日本語の「猫伝染性腹膜炎」も、同様です。
「変異型の猫コロナウィルスに対する免疫過剰反応症候群」・・・
とでも呼ぶべき複雑な病態の疾患です。
最近は、一般的な意味での「伝染病」ではない、とされています。
多頭飼育の環境でFIPの猫が出ても、皆がFIPを発症することはありません。
多分に体質が絡む疾患だ、というのが専門家の認識です。

「猫コロナウィルス」の感染が、FIP発症の背景にあるのは事実です。
猫コロナウィルスは、猫に下痢を生じるウィルスです。
普通の消毒剤で容易に不活化され、人に感染はしません。
猫コロナウィルスは極めて易感染性(容易に感染してしまう)です。
通常は軽度の下痢を生じて、命に関わることなく自然に治癒します。
一見健康な猫に対し過去の感染歴を調べると、殆どの猫から抗体が検出されます。

近年、FIP発症のメカニズムが解明されました。
 コロナウィルスは室内でも皆に容易に感染する
 シールドルーム以外では感染阻止は不可能
 コロナウィルスが感染した後、体内でコロナウィルス遺伝子の変異が起こる場合がある
 この遺伝子変異発生には、種々のストレスが関与されると考えられている
 原因ストレスとしては特に、移動・輸送や多頭飼育などが想定されている
 その際、悪玉のFIPウィルスができる(悪玉コロナウィルスが体内で発生):
   第1の原因
 コロナウィルスを感染させただけではFIPは発生しない
 FIPウィルスを感染させても、すぐには発症しない
 FIPウィルスに対する免疫の「過剰反応」が生じると、FIPという病態が発症する:
   第2の原因
 これは体質による要因があると考えられている
 免疫の過剰反応とは、サイトカイン・ストームと言われる異常反応である
 この病態は人でいう急性呼吸器症候群(SARS)と類似している
 過剰反応の仕方により、
   1)ドライタイプ:肉芽腫性炎症症候群(主に肝臓、腎臓、脳、眼球)と
   2)ウェットタイプ:炎症性浸出液(腹水や胸水貯留)に大別される

説明の関係上、専門家に確認しましたところ、
 普通のコロナウィルスは、血中には存在しない
 FIPウィルスは「血中」に存在する
 定性検査では、FIPウィルスの抗原蛋白ではなく遺伝子の存在の有無を確認している
 血中にFIPウィルスの遺伝子が存在することと、発病していることとは別に考える
 しかし設計図である遺伝子があるので、ほぼその通りにウィルスが作成される
 血中のウィルス量を定量することで、FIPの発症が起きているかどうか推測できる
 FIPウィルスの量が多い場合、ほぼ発症してきていると考えてよい
 1年程度の経過観察で、定性反応が陰転化したケースが稀にある
 陰転化した場合は、通常の免疫システムがFIPウィルスを駆逐したと考えられる
 しかし本来は血中に存在しない(体内に存在しない)ウィルスなので、
  存在が確認されること自体が異常
とのことでした。

経過を慎重に観察していく必要がありますが、決まった治療法や発症抑制方法はないそうです。
悪玉ウィルスの体内発生と発病は区別して考える必要があります。
ご提案できる発病予防方法として、猫インターフェロンの定期的な投与や、
多頭飼育をやめること、免疫活性化作用のあるサプリメント類(免疫調整効果のある乳酸菌など)の使用
などが考えられます。

発病してきた場合(持続性の発熱、腹水、眼球の混濁、肝機能や腎機能の異常)、対症療法が基本になります。
提唱されている治療方法の基本は、免疫抑制(調整)療法です。
猫インターフェロン+免疫抑制量のステロイド剤+塩酸オザグレル(人の喘息の薬)が基本です。
状態によっては、シクロスポリンの使用も検討されますが、薬剤が高価です。
この治療方法で改善した、あるいは寛解(症状の消失)が得られたとする報告があります。

残念ながら、暴走した免疫反応をコントロールできない場合、残念ながら命に関わる病気であることは事実です。
病態の解析がすすむと、説得力のある解釈ができ、説明もしやすくなります。
今回びっくりしたことは、発熱程度で無症状に近い猫が、血中にFIPウィルスをもっていたことです。
気づいていなかった、だけなのかもしれません・・・.

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