読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

熱帯魚に魅せられた男の恋愛小説、「ディスカスの飼い方」(大崎善生著/2009年)

2009-08-27 09:00:03 | 本;小説一般
~ディスカスを知ることで、世界の全てと繋がろうとした涼一。だが、恋人の由真は、彼の元を去って行った―。『パイロットフィッシュ』から7年。再び、著者が人生をかけた美しいモチーフを通して贈る、至高の長編恋愛小説。(「BOOK」データベース)~

1 ディスカスの飼い方
2 無バクテリア飼育の是非について
3 ハイコ・ブレハの右足首の行方
4 スピカールの魔術
5 オムライスと空飛ぶ鶏
6 汽水の奇跡
7 新月の異変
8 魔の70時間
9 アルテミア・サリナの夢
10 宇宙を横切る

<登場人物>
高島涼一(33)、涼一の大学の同級生で恋人の松本由真、熊本ディスカスセンターのオーナー、刈谷(44)、涼一の家の庭に姿を現す少年、青木聖地(9)、宮崎の白木碁盤店四代目店主、白木建造(60)、西日本太陽研究所の所長、原健太郎実、そして実在する伝説の水中探検家、ハイコ・ブレハ。


熱帯魚に全く関心のない私には、本書は小説というよりも、まさに「ディスカスノ飼い方」に関するノウハウ本という印象でした。しかし、ちまたに跋扈するノウハウ本の類は、このようなノウハウ本であってほしいという小説でした。

~この2年間、僕はディスカス飼育を続け、そしてこつこつと“ディスカスの飼い方”の執筆を続けた。その間に50回以上も繁殖を経験した。その結果、わかったこともあったが、わからなくなってしまったこともあった。何かを知るということには、必ず何かわからなくなるという引き換え券がついているようだ。~

主人公の涼一がこう語る「ディスカスの飼い方」は、まさに著者自身の言葉であろうと思われます。そして涼一にとってディスカスを飼うということについて、涼一が尊敬する熊本ディスカスセンターのオーナー、刈谷が次のように解き明かします。

~「高島さんにとってのディスカス飼育は、筋道を作ることなんですよね。わからないことを考えるための、筋道を作っていく。そして、もしその筋道がうまくできれば、ディスカスとはまったく関係のないことに、そこで培ったアプローチ方法を当てはめてみる」

「答えを求めるのではない。どんなものにも当てはめられる方程式を作ること。それこそがディスカス飼育を突き詰める意味なのです」

<神畑養魚グループ:KAMIHATA探検隊>
http://www.kamihata.com/jp/explore/vene_5.html

<東海ディスカスクラブ>
http://blog.goo.ne.jp/tokai-discusclub


(ピジョンブラッドディスカス)

以前取り上げた「生物と無生物のあいだ」や「できそこないの男たち」の著者で生物学者の福岡伸一さんのことを、福岡さんならきっと小説が書けるであろうと指摘しましたが、大崎さんのこの小説はまさに福岡さんが小説を書くならきっとこのような作品になるだろうと思わせてくれます。

「パイロットフィッシュ」は読んでいませんが、「九月の四分の一」の中に収録されている「ドイツイエロー」でもグッピーがモチーフにとられており、大崎さんの作品にとって熱帯魚は欠かせないんですね。熱帯魚を飼う意味については前述の通りですが、本書で刈谷から涼一が受けた啓示のような「個体よりも現象を優先しろ」という言葉は、「ドイツイエロー」の中でも次のように登場します。

~「グッピーはね、個体を飼うというよりも、系統を飼うといったほうがいいのかな。個体の寿命は大体一年だから、どんなに大切にしてもすぐ死んでしまう。しかし遺伝子は確実に次世代に受け継がれてゆく。その遺伝子を水槽の中で育て続けているといったらいいのかな」。~


そして、大崎の描く世界でもうひとつ欠かせないものが、無意味と思われる「もの」や「こと」へ没頭することの意味づけです。「九月の四分の一」に収録されている「報わざるエリシオのために」では、チェスの世界に耽溺する主人公の「僕」山本に次のように語らせています。

~「おそらくはこの世の中は理由のあるものとないものとで溢れている。結論のあるものとないものに埋め尽くされている・・・」そして「意味のない作業を続けることこそが、実は生きることの本当の意味を知ることになる・・・」、「まったく無意味に見えるものは、存在することによって無意味なものなどないということを主張する・・・」~

そして、「意味のない作業を続けることこそが、実は生きることの本当の意味を知ることになる」ということを実践して伝説の水中探検家となったハイコ・ブレハなる人物が重要な役割を演じます。


~ハイコ・ブレハは20歳から25歳までの期間を、ドイツでアルバイトをして貯めた金で、アマゾンの奥地やパプアニューギニアといった秘境に出かけ、ひたすら川や沼を潜ることに費やした。何の目的もなく、ただ川へ潜り続ける日々。鉄枠にはめ込まれたようなフランクフルトでの学生生活から逃れ、見知らぬ土地の名もない支流や沼地で水に潜り、川底の石ころをひっくり返すことだけに、かすかな胸のときめきを感じていたという。~

<Heiko Bleher>
http://www.ukdiscus.com/library/discus-people/discus-professionals/heiko-bleher.html


さらに、大崎さんの作品に欠かせないのがロック。本作では、レッド・ツェッペリンの「レイン・ソング」がBGMとして奏でられます。(P180)「Led Zeppelin // The Rain Song」、今回初めて聴きましたが、美しい曲です。

<レイン・ソング // レッド・ツェッペリン :ROUTE616:So-net>
http://tennis-life.blog.so-net.ne.jp/2009-02-25


~僕はディスカスの中に深淵を見ていた。それはそれまでの僕の人生で、一度も味わったことのない歓びであった、ディスカスによって、何かが不足していた自分の人生が見たされていくような感覚に包まれていく。コップになみなみと満たされたその歓びは、やがて自分という器から溢れ出るほどに柔らかで豊穣な充足感へと変わっていった。~


(ヘッケルブルーディスカス)

<ロックとポップスが流れる珠玉のラブストーリー「九月の四分の一」(大崎善生著/新潮文庫)>(2007-12-20)
http://blog.goo.ne.jp/asongotoh/e/aa7dc6a284c863c16e690f5a9d0696cd

<四人の女性の切ない恋の行方と、「ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶」(大崎善生著/新潮社)>(2007-12-30)
http://blog.goo.ne.jp/asongotoh/e/89fb9c5a1a5254bc5ce36b6bc57554ac



<備忘録>
WWFF(World Wide Fish Farm) (P12)、都内の水源(P13)、熱帯の魚の王様を飼育するカギ(P43)、ディスカスとカーブル(P48)、熟練のブリーディング(P52)、哲学とは(P55)、KDC(P57)、1930年の供給(P64)、1936年のドイツとアメリカの戦禍のベルリン(P64)、ターコイズブルーの発色(P66)、ノーバーティカルカット(P108)、ピンクの液体と阿蘇(P112)、リバースオスモシス(P112)、スピカールとその熱帯魚マーケット(P118、154)、ディスカスの繁殖(P119)、可測水域と不可測水域(P128)、ディスカスを飼育する意味(P136)、個体ではなく現象(P155)、日向の碁石(P156)、川の底(P160)、ディスカスへのめり込むこと(P202)、アルテミア・サリナ(P235)、欲望の入り口、希望の出口(P254)


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