中高年の方なら1990年代に起きた日本のバブル崩壊を記憶しているだろう。1985年9月、先進5カ国による「プラザ合意」がなされ急激な円高ドル安が進んだ。それまで順調だった日本経済は不況に陥り、日本政府は公共事業拡大と低金利政策を実行する。結果、企業・個人にお金が余り、やがて余ったお金は株式投資や不動産投資に回され、いわゆるバブル景気が生まれる。それが、1989年の金融政策転換と1990年の総量規制の実施で一気に資金がストップ。当然地価は暴落した。バブル絶頂期には「広大なアメリカ全土より狭い日本の地価総額が高い。」さらには、「東京を売ればアメリカが買える。」というほら話までまことしやかに囁かれた。とにかく、その時まで狭い日本の土地価格は上がり続ける「不動産神話」が存在した。一方、韓国はというと、昨年から地価は多少頭打ち傾向にはあるが、韓国人の不動産への期待感はまだ根強いものがある。特に首都圏のアパート(日本で言えばマンション)への投資、執着は衰えない。「漢江の奇跡」と称される1960年代後半から始まるソウルを中心とした目覚ましい経済発展は、急激な人口増加を伴い、深刻な住宅不足を招く。多くの人口を限られた土地で吸収する為、ソウル市は勿論、近郊の新都市にも数多くのアパート群が建設された。特に江南(カンナム)地域などソウル中心部のアパートに住むことは韓国人の憧れであり、ステイタスの証明だ。それゆえ、不動産=アパートという形で価格も上がり続け韓国の「不動産不敗神話」が生まれた。経済的な余裕のない若者が一か八か「魂(ヨンホン)もかき集めて(クロモアッタ)」資金を集め命がけの投資をする「ヨンクル族」と呼ばれる人々の存在と、その悲劇も伝えられる。今回紹介する映画「コンクリート ユートピア」も、韓国でのそんなマンション事情も理解して観て頂きたい。
本作品はトロント国際映画祭で「パラサイト 半地下の家族」に続く傑作との評価を受け、第96回アカデミー賞国際長編映画賞の韓国代表作品にも選出された話題作である。ストーリーは、世界を襲った未曾有の大災害により一瞬で廃墟と化したソウル市内で唯一崩落しなかったマンションが舞台。周囲の生存者たちは、冬の寒さ、飢えをしのぐため、このマンション押しかけ、様々な人間で溢れかえる。無法地帯となったマンションでは不法侵入による殺傷、放火事件が発生し、危機を感じた住民たちは主導者を立て、居住者以外を追放し、住民のためのルールを作ってマンション居住者だけの“ユートピア”を目指す。その為の指導者として住民代表となったのは、902号室のヨンタク(イ・ビョンホン)。職業不明で冴えないその男は、権力者として君臨したことで次第に狂気を露わにする。そんなヨンタクに傾倒していくミンソン(パク・ソジュン)と不信感を抱くミンソンの妻ミョンファ(パク・ボヨン)。異常な状況下で住民はより閉鎖的になり、ヨンタクは支配力をエスカレートさせていく。やがて、思いもよらない争いが勃発し、ヨンタクの本当の正体が明らかに・・・。サバイバルパニック大作であると共に、人間の本性を問うサスペンスとして見ごたえのある作品となった。
身体的には他の獰猛な動物に劣る人類が、過酷な環境で生き残るため、家族を中心とした共同生活を始め、さらに集まり集落、部族、国家を形成して行く。その結果、より有利な生活圏を守るべく、外部の人間や集団との境界線を作り、そこをめぐり争いが生まれた。 太古から、高度の知識や科学を享受する今現在まで、歴史上紛争や戦争が絶えたことはない。「ユートピア(utopia)」は、16世紀の思想家トーマス・モアの著作で登場する理想郷だが、ギリシア語では「素晴らしいが、決して存在しない場所」を意味する。 理想郷どころか争いがない世界自体も「存在しないユートピア」であるとは考えたくないが・・・