美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

平和の反対語は?

2015-09-18 15:22:30 | Weblog

「健康」の反対語は?という問いに対して「病気」と答える人が多いと思います。しかし、WHO憲章では、「健康」について以下のように定義しています。「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、また社会的にも、すべてが満たされた状態にあることである。」この文章は、疾病と向き合うことが当たり前となり、時に患者さんを病人としてのみ捉えがちな医療関係者のみならず、高齢者社会を迎える全ての人々がその意味を考えてみる必要があるかも知れません。そして戦後70年の節目を迎え、当たり前のように語られる「平和」という言葉に関してはどう認識しているでしょうか。

「健康」を「平和」という言葉に置き換えてみます。「平和」の反対語をあげるとしたら、多くの人が特に違和感なく「戦争」という言葉を思い浮かべるでしょう。しかし、平和の反対が戦争ならば、戦争のない状態こそが平和そのものであり、戦争を起こさせない為にはどのような手段を用いても肯定されることになります。第二次大戦後、平和学といわれる研究が始まり、「消極的平和」と「積極的平和」という概念が初めて提唱されました。「消極的平和」は単に戦争のない状態と定義されるのに対して、ノルウェーの平和学者 ヨハン・ガルトゥング博士は、「積極的平和」(Positive Peace)こそが真の平和であり、「戦争がなく、かつ貧困や抑圧、環境破壊などの「構造的暴力」も排された状態と定義しました。勿論、これは安倍首相が主張する「同盟国である米国を始めとする関係国と連携しながら、地域及び国際 社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に寄与していく」とする所謂 「積極的平和主義」(Proactive Contributor to Peace)とは全く異なる概念である事は言うまでもありません。 私たちは平和という言葉には甘いイメージを持ち易いのかも知れません。戦時中、多くの国の指導者は、自国は平和を追求したが相手側が一方的に戦争を望んだためにやむを得ず「平和を守る」大義の為戦いを選択したことを強調しました。ヒットラーの演説でも暫し平和への意志は強く叫ばれていました。

今、少しずつ戦争の記憶が薄れていく中、平和である事が当たり前の日常と感じる雰囲気があるような気がします。しかし、平和も健康と同様、失った時初めてかけがえのないものである事に気づくのでしょう。「たいていの軍事行動は、平和を目的としています。しかし現実の戦争は、まるで生きた人間を燃料とした火事のようです。」(ダライ・ラマ14世)

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