今日も”LOOKING GOOD!”

いつまでも楽しく色んな所を走り回りたいと願う中年ランナーのお話です。

第3回東尋坊愛のマラニック103キロの部 その3

2014-05-30 17:04:54 | スポーツ

 このあたり、勝山街道を走っているはずです。道幅も広く走り易いです。交差点で信号待ちをしたとき見上げると向こうに雪を冠っている山が見えました。あれは白山なんでしょうか?

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 この道、走り易いのは良いとして、信号も多くなってきます。もちろん、信号を守って走っていますが、目の前で赤になるといらっとします。立ち止まると次の走り出しが重たくなるからです。効率よく走りたいからなあ。横の道から車が全然来ないとなるとつい‥。 (スミマセン)

  スキージャム勝山からくる国道157号線に入り、しばらく行くといよいよ国道と別れを告げます。見えてくるのは越前大仏です。

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  ま前を通るので記念撮影。しかし、人影がありません。流行ってないですね。

 もう間もなく、50キロのはずですが、上りはさほどきつくありません。折り返しは最高地点300mのはず気を引き締めて走ると、平泉寺の境内の入り口で50キロです。

 50キロ、1時間19分40秒。計6時間00分28秒。

 すばらしい!50キロを6時間ですよ。このままなら後半の50キロはは1時間プラスして7時間、計13時間ぐらいかな。隠岐の島への夢が膨らみます。

 この平泉寺の境内、急坂です。途中からもう全く走れません。でも、1キロ足らずですから、許す!道は急ですが、木陰の気持ちの良い道です。特にこの日は日差しが強いので涼風が吹いて最高です。下ってくるランナーと声を掛け合いながら折り返し地点に到達しました。役員の方の話では100番ちょっとぐらい。真ん中より前、上出来です。

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 ここのエイドで休憩、気合を入れて後半です。

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 まだ疲れていないというのが、何より素晴らしい!気持ちよく下って157号線と交差する猪野交差点まで来ると、「有田さん!」の声が‥。振り向くと中村秀勉さん、長男の妻実加ちゃんのお父さんです。中村さんは勝山の隣、大野にお住まいですから応援に来てくださったのです。ありがとうございました。

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 しばしお話をして、再スタートです。

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 このあたりがほんと調子よかったです。えちぜん鉄道勝山駅から脇道に入るのですが、景色もよく、写真のように木陰の中を走ります。

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 右手には勝山の恐竜博物館も見えます。白いドームがそれです。

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 60キロは1時間25分14秒。計7時間25分42秒です。

 落ち出してきましたが、まだ想定内です。あとフル1本かあ。でも、ここから足が動かなくなりました。60から70は地獄でしたね。前へ進みません。今振り返って考えると、この時、12時30分なんです。涼しいとはいえ、直射日光は容赦なく降り注いでいます。暑かったんですね。声に出して「くそー」と叫びながら走っていました。また、道も狭くなってきて、歩道も狭い。走り難いことこの上ないです。

 66.6キロの山王駅のエイドではトイレ(小)に行きました。もちろんほとんど出ないんです。気分転換です。ここでは、にんにくラーメンが出たんですが、食べきる元気もありませんでした。

 やっとのことで、70キロ、1時間30分12秒。計8時間55分54秒。「キロ9分かあ。このまま落ちていったら、完走できるにしても、京都には今日中に帰れへんなあ」と覚悟しました。

 「くそー」を連発しながら走っていると、数人のランナーと接近してきました。走ると速いけれど休憩所ではゆっりするというタイプのランナーだったようです。何とか集団を意識しながらついて走りました。

 ついて走って九頭竜川に架かる鳴鹿橋を渡り、しばらく行った脇道にそれるところ(73キロぐらいかなあ)でその事件は起こりました。前を行くランナーも見ず、下を向いて進んでいると突然
 「違いますよ!」という声がしました。振り返ると後ろの赤いウエアのランナーが声の主でした。
 「そっちに行くととんでもないところに行きますよ」
 進行方向を示す案内板を見ずに通過してしまっていたのです。10メートルぐらい進んでいました。
 危ないところでした。丁寧にお礼を言って、コースに復帰しました。本当にぼーっとしていたんですね。この方に何回お礼を言っても言い過ぎないくらいです。この先のエイドで聞いた話によると10キロぐらい損したというランナーもいたそうです。でも、どんなだけ速いんやろね。

 この事件で何か憑き物が落ちたようです。肩の力が抜けたのか、心なしか速く走れるようになってきました。

 80キロは1時間24分36秒。計10時間20分30秒です。10キロのタイムも戻ってきました。もう20キロと思うと気力は出てきます。14時間以内の帰ってきたら今日中に京都に帰れるから、あと、3時間40分、行ける!

 エイドでは椅子に腰を掛け、給食、給水をし、ひざ屈伸をしてから歩き出しそして走りに移行です。何とかリズムが出てきました。85キロの春江中公民館エイドでは手打ちそばも出てきました。そして、ゆりの里公園へ向かう直線道路の所に役員さんがいて、案内してくださいました。「あの白い、とんがった白い建物が89.4キロのエイドです。右の向こうの丘の先がゴールです。もう帰ってきましたよ」
 嬉しい言葉です。本当に元気が出ました。そして、やっとこのエイドで久しぶりに写真を撮ろうという気力がわいてきました。ただし、この後はもう写真はありません<(_ _)>」

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 このエイドでは水羊羹が美味しかった。いくらでも入る感じです。ローズヒップの暖かい紅茶もいただきました。
 そして90キロ、1時間27分05秒。計11時間47分35秒です。

 もう全く最終関門の時間(93.6キロ木部東農協倉庫18時30分つまり、13時間30分)も気になりません。前へ進むのみです。後ろから抜いていく人もいますが、とぼとぼ歩いている人は抜いていきます。順位の変動はないみたい。基本抜くのは若い男性、抜かれるのは女性、これはフルと変わりません。

 しかし、93.6キロのエイドから100キロの三国港駐車場エイドまでは、長かったなあ。特に海岸に出てからは長かった。
 100キロ、1時間31分57秒、計13時間19分32秒。

 これでほんとうだったらゴールだけれど余分の3キロを走らないといけません。気力は萎えました。しかも最後は坂を上って東尋坊に‥。何か感慨があるかなあと思ったけれど、いつもと一緒。落ちていく夕日はきれいやったけど、これまでの苦労を思い泣くなんてことはありませんでした。最後のゴールも直前で一人抜いたもので、抜き返されんとこと思って、ゴールに突入しました。

 最後の3キロは28分27秒、計13時間47分59秒でした。出走者212人完走者157人、完走率74%。 なんと私の順位は90位!大健闘でした。

 この直後は、京都に帰れるという極めて現実的な話だけだったのですが、完走の感想はだんだん、今もジワーっと上がってきます。このあたりは次回に書くことにします。

 どうかみなさん、「いいね!」と言ってやってください。


第3回東尋坊愛のマラニック103キロの部 その2

2014-05-27 15:13:27 | スポーツ

 5月17日夜中2時半に起床。ホテル前3時15分発の送迎バスに乗り込むためには仕方がないのです。前日11時前に床に就きましたが、一瞬眠りに落ちたぐらい、目を瞑って体を休めていたというのが本当の所です。
 あっという間に東尋坊着です。スタートまでまだ1時間以上あるので、土産物店”海船や”の2階にある選手荷物預かり所でしばし休憩です。

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 もちろんまだ真っ暗です。そして、4時30分を過ぎるころに東尋坊の岩場に出てきました。ここで選手は風船を渡されます。「なぜ、風船?」大会案内にはこう書いてあります。

「前日お渡しする参加賞の中にメッセージ用紙を同封いたします。皆様、それぞれの愛のメッセージを書いた用紙を風船に付けて頂きます。それをスタート時に『愛してるヨー!』と叫び風船を離して頂きます。それがスタート合図と致します」

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 もちろん、ちゃんと書きましたよ。 『たかちゃん、愛してる!』

 5時のスタート前には結構明るくなってきました。

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 引退しても福井では有名人、大南姉妹、招待選手です。走るとのことですが、最後まで走るわけはないやろなあ。そうそう、二人とも結婚されたそうです。ここはマナカナとは違うんやね。

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 準備体操はAKB48の”恋するフォーチュンクッキー”の振りで‥。 結構楽しい!。

 そして、定刻5時。愛を叫んでスタートしました。 103キロの部はエントリーが350人ですから、押し合いへし合いもなくスムーズです。最初は少し上って下っていきます。この先長いので 、折り返しまではとにかく頭を無にして楽に足を進めることに集中しよーっと。

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 これはえちぜん鉄道の踏切、4キロぐらいですかね。前のほうでスタートしたので、よくわからないのですが、そんなに追い越しもされていないので、真ん中ぐらいで走っているのではないでしょうか。マラニックは途中で独りぼっちになるのが一番怖い(道を間違う危険性が高くなる)ので 、集団で走るのが一番です。ま、前半は大丈夫やろ。

 そうこうしているうちに、10キロ、1時間06分18秒。キロ6分台です。朝のうち、涼しいですから、気持ちよく走れているなら”馬なり”で走ればいいやろ。快晴の予報ですが、まだ雲はあります。雲間から日が差してきれいです。

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 このあと、丸岡町内に入っていきました。丸岡で思い出が一つ。孫の俊平を出産するため(もう10年前!)、里帰りしていた実加ちゃんのお見舞いのついでに丸岡古城マラソンに出ました。ここ見覚えあると言っていたら、まさにスタート地点の丸岡城前に出てきました。

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 ここが、19.4キロのエイド。素麺が振る舞われます。まだ、それほどお腹は空いていないけれど、美味しそう。これは食べとかんと。でも、欲張って2杯とか食べなくてよかった。このあと各エイドで、ごちそう攻めにあいます。

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 ここでは、ゆるキャラも出迎えてくれました。今調べると坂井市のキャラ、城丸クンというらしいです。

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 このあと、ゆるキャラにはお目にかかりませんでした。そして、走り出してすぐ、20キロ、1時間12分48秒。計2時間19分06秒です。おっ、依然いい調子。しかし、ここから少し上りはじめました。しかも、日差しが照り出してきた。ただ、風が吹いて汗がすぐ乾きます。むしろ寒いぐらい。

 このあたりで、大阪から来た40歳ぐらいの男性としゃべりながらのRUNになりました。

大阪 :来週は”えびすだいこく”走ります
私  :2週続けて100キロですか?すごいなー
大阪 :練習してへんから、あきませんワ
私   :今日は大阪へ帰らはるんですか?
大阪 :そのつもりです
私、  :では、お互い頑張って一緒に帰りましょう

 話しながら走っていると気が紛れていいのですが、残念ながら、次のエイドで私が先行してしまい、折り返しですれ違いはしたのですが、その後、並走することはありませんでした。

 30キロは1時間07分22秒。計3時間26分28秒です。この10キロはスピードが上がっている!調子ええぞ。別に無理してへんのんやから。このままこのまま。今日中に京都に帰れる可能性が高まってきました。

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 永平寺町に入ってきました。 ここが30キロより手前だったか後だったかは、判然としません。記憶がない。

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 この里芋もです。たぶん、31.8キロの若鮎グループ販売小屋エイドだろうと思うのですが‥。とにかく、着くエイド着くエイドで食べてました。いっぱいあるし美味しいし、食べんと飲まんとエネルギー切れになるのが怖いし、とにかく食べてました。

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 これは、40キロの上森川白山神社エイドです。そして、40キロは1時間14分20秒。計4時間40分48秒です。素晴らしい!フルをサブファイブペースです。 この調子で行ったら‥。いやまだ早い!50キロに達したら皮算用しよう。そやけど、絶対今日中に京都帰るぞ!

 こんな感じで、勝山市内に入っていきます。

(次回に続く)


第3回東尋坊愛のマラニック103kmの部 その1

2014-05-20 10:56:11 | スポーツ

 やりました、103キロを制限時間(15時間)内完走です!(まだ、正式タイムが公表されていないので、とりあえず、こう書いておきます)

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 (これはスタート前です)

 あみさんの駄マラ(2013博多唐津ウルトラ駄マラニック大会104km)では完走していますが、これはゆっくりダラダラ、競技性はないので、気合入れて走った初ウルトラ完走になります。今回のウルトラは、隠岐の島100キロの前哨戦との位置付けで臨みました。「ここでこけるようやったら、隠岐の島はない」わけで、練習量増とダイエットの二つを3月からはじめて、それなりの努力をしてきました。自信と不安をごちゃ混ぜにしたような状態での参加になりました。今はただ、結果が出たことがうれしいです。
 この愛のマラニック103キロのコースは福井県坂井市東尋坊から勝山市の平泉寺を折り返します。交通規制がなく、交通ルールに従ってランナーは走ることになるので、マラニックですが、その運営の見事さはボランティアのスタッフの熱意が感じられ、行政が前面に出るマラソン大会を凌いでいます。(褒めすぎても褒めたりない!)
 まだ3回目なので参加者も少ないですが、絶対将来エントリークリック合戦になると思います。(隠岐の島がそうなりかけてますもん)

 では、いつものように順を追って書いていきます。

 この大会は5月17日土曜日に開催されました。通常よくある日曜日ではないです。私の住む京都から福井まで特急サンダーバードで行けば1時間30分ぐらい、そこからえちぜん鉄道で三国まで約50分です。受付は夜9時までということもあって金曜日は4時まで仕事をしていました。福井に6時過ぎに到着。この日は受付のある三国観光ホテルに泊まることにしていたのですが、素泊まりのため、ここで夕食を取ることにしました。「さあ、何食べよ?」

 すぐに見つけたのが8番らーめんです。「おっ、北陸人のソウルフード!」いっぺん食べとかんとというわけで野菜ラーメン(塩)、餃子&ご飯という定食を食べました。

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(かまぼこが8の絵柄なのに、今、気が付いた)

 お味のほうですが、フツー。やっぱり彦さくの塩ラーメンは美味しいなあ!

 エントリーを済ませ、庄野博三さんと再会です。3週間前に東北風土マラソンでお会いしています。京都と新居浜と離れているのにしょっちゅう会ってる感じです。今回は、庄野さんは52キロの部にお1人での参加です。

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 フラッシュが‥。仕方がないので、庄野さんと私の一人写真をアップ

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 庄野さんの”国盗り”は猛スピードです。この調子で行くと来年中に達成らしいです。今回は私は朝5時に東尋坊スタート。庄野さんは朝9時に平泉寺スタートですから、同じコースを走るとはいえ会うことはありません。(往路と復路は違います)お互いの健闘を祈ってお別れしました。

 そうそう、受付で大会スタッフの方に「明日の朝食はどうしたらいいですかね」と尋ねたところ、快く、近くのローソンまで車で運んでいただきました。無事朝食をゲットできました。

 もう一つ問題があって、私は大会当日のホテルを予約していないのです。つまり、必ず最終のサンダーバードに乗って京都に帰ると、退路を断ってきたのです。ところが、連絡の最終バスは7時20分発、つまり8時にゴールの時間内完走しても間に合わないのです。これはえらいことです。一応タクシーを呼べるかどうかを確認しました。早よ帰れば問題はないのンやけれど不安要因は取り除いておかんと。

 そんなことで、眠れぬ夜を過ごし(当たり前、3時15分にバスが迎えに来る)大会当日を迎えました。


東北風土マラソン2014 その5

2014-05-15 14:59:12 | スポーツ

 海岸線を通ったためのちょっと長めのドライブも5時過ぎに石巻グランドホテルに到着しました。ちょっと休憩した後、「夕食はお寿司!」と街に出たものの、この日は日曜日。お寿司屋さんの定休日のオンパレードです。妻が必死で探すものの、疲れから脚は重たいし口数も少なくなってきます。ようやく駅前の富貴寿司が開店していることが判明、あーよかった。
 お寿司おいしかったです。(写真はカウンターに座ればさすがに撮り難い)探し回った甲斐がありました。

 翌28日、朝食前に散歩、日和山公園に行きました。ここは海抜56m、ちょっとした高台にあります。昨日の今日なので疲れました。

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 ここまで来ると石巻の街がよく判ります。 更地がいっぱいあります。「営みが消えている」それしか言いようがありません。周りを見渡していると手すりに震災前のパネルが掛けてありました。

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 (中央の白いドームが石ノ森萬画館です)

 元はどうだったのかがよくわかります。 ホテルへの帰路でこんなものを見つけました。

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 ちょど2メートルぐらいでしょうか。1階は水に浸かったということです。ここで止まってくれてまだしも、よかった。

 朝食後石巻観光のメイン、石ノ森萬画館に行きました。登米市中田の石ノ森章太郎記念館より規模が大きいです。料金も800円と100円高い。

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 入ると仮面ライダーが待っていてくれました。

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 なかなか楽しめますが、私たち夫婦にはすぐにお腹いっぱいになりました。子供たちは何時間でも楽しめるんでしょうねえ。

 ここからの行動は、妻にお任せです。妻は石巻の産品をバザーで販売して少し復興支援をしている関係で石巻には知人がいます。 まずは、”石巻2.0”の代表理事の松村豪太さんに会いに行きました。 ”石巻2.0”は石巻マルシェ、石巻工房、復興民伯などのプロジェクトを企画実行している財団法人です。 そのホームページには「石巻は生まれ変わります。3.11前の状態に戻すなんて考えない。 昨日より今日より、明日をよくしたい。自由闊達な石巻人のDNAで、全く新しい石巻にならなくてはいけない。石巻2.0。私たちは新しい石巻を、草の根的につくります。」と書かれています。

 私は財政学の研究者でもあり、ある程度地方都市の現状はわかっています。震災がなくてもシャッター通り商店街という言葉に代表されるように、地方都市の衰退は全国的です。震災に遭ってさらに疲弊した都市を震災時よりいい街に生まれ変わらせようという心意気や良しです。松村さんはフェイスブックの顔より男前、好青年でした。このあと、近くの”プロショップまるか”で昼食です。

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 ”まるか”は基本魚屋さんです。ただしご飯やみそ汁を買うことができ、買った魚をその場で食べることができます。 また、被災して店舗を失った人もここで営業しています。私は楼蘭という中華料理屋さんのラーメンを食べることにしました。GOOD!

 もちろん、金華山沖で獲れた魚をたくさん買って宅配しました。美味しかったですよ。

 食後、さらに知人めぐりです。タオルを”ハラダイス”(妻がファンの原田博行さんのコンサートのことですが、長くなるのでカット)で売ったからということで、かめ七呉服店の米倉さんにあいさつに行きました。かめ七さんは石巻ではコミュニティカフェのような存在です。私もお茶をということで、お店の中に入りました。そこで、奥さんから震災時の写真を見せていただき、いやー、言葉に詰まりました。地震発生時に写真に写っている方が、津波で亡くなっている。閖上でも思ったけれど、人の生き死になんて、ちょっとしたタイミングで決まるんですね。「また、石巻に来ます」と思わず言ってしまいました。

 お土産はこのほかに、萬楽堂の保夜美人というマドレーヌ、白鎌かまぼこ店の笹かまぼこなどを買って石巻を後にし、マラソンの他にも盛り沢山な内容の旅になりました。


東北風土マラソン2014 その4

2014-05-11 14:40:48 | スポーツ

 30キロでもう足に来ています。でも、もう後12キロともいえます。もう一遍6キロ地点まで行ってこうか。

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 第2折り返し地点までは長かったなあ。30キロを3時間ぐらいと書いていましたが、この5キロは35分ぐらいでしょうね。返す返すもGARMINのデータをパーにしたのが悔やまれます。

 折り返して1キロぐらい走ったところで庄野さんがやってきました。

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 これで3回目のすれ違いになるのですが、だんだんその差が広がっているみたい。暑さに強い庄野さんを引き離しているのだから、練習の成果は出ているみたいです。

 そして三好さんともすれ違い、いよいよゴールへ。ゴール前ではもちろん妻が待っていてくれます。

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 ところが、妻の持っているカメラの調子がいつも私を撮るときに限って良くない。妻が並走しながら「あれっ、おかしいな?」の連続です。全身がきれいに入った写真が撮れません。

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いったいどうなっているのかわかりません。「またかいな」(怒)

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 オートフォーカスのはずがボケます。結局、後姿のこんな感じの写真になります。

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 せっかくのゴール写真も、アベックがわざわざ前に進んできて、あーあーあー。重なった。

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 仕方がないので、大枚をはたいてゴール写真を購入しました。

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 ゴールタイムは4時間26分21秒

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 先日の佐倉マラソンより良く、暑くかつ坂に苦しめられるという条件にしては良くやったといえるでしょう。しかも練習途上やしね。

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  庄野さんは4時間44分01秒

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 三好さんは5時間23分41秒

 みんなちゃんと完走しました。いやー終わってみればいつも楽しい。何とも言えない解放感!このマラソンには花◎を付けてあげよう。私と同様花◎を付ける参加者が多いようで”大会レポート”も評価が高いようです。だとすると第2回目以降エントリーが難しくなりそうでそれはちょっと困る。ただ、この大会、雨降ったらどうするんやろ?

 庄野さんご夫婦と三好さんとはここでお別れして、私たちは今夜の宿、石巻グランドホテルに向けて出発しました。

 途中、復興支援ということで”南三陸さんさん商店街”に寄りました。南三陸町は登米市の東隣です。この町が震災で大きな被害を受けたこと、特に防災対策庁舎が15.5メートルの津波によって骨格以外すべて消失したこと、女性職員が津波に襲われるまで避難を呼びかけるアナウンスを続け亡くなられたことなどご記憶の方も多いでしょう。この庁舎を実際に見て言葉がありません。あまりの悲惨さにただただ亡くなられた方の冥福を祈るのみです。

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 南三陸さんさん商店街はこの防災対策庁舎の近くにあります。当然のことですが、被災された商店の方々が仮設店舗で営業されています。

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 3時を回っていたので、昼食を取るには少し遅かったのですがまだやっていた豊楽食堂で塩ラーメンを食べました。キラキラ丼が南三陸では一押しらしいのですが、走った後なのでこれはパスしました。

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 おいしかった。疲れた体にスープが浸み込みました。 登米でマラソンを走ってきたと話したら、感心してもらえました。

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 食べ終わって外へ出ると、ステージでフラダンスをやっています。フラダンスのスタジオの先生と生徒さんらしいのですが、先生はさすがに上手!先生と最年少の小学生とのペアのフラは素敵でした。孫に女の子がいたら絶対させたいなあ。

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  このあと、遠回りをして国道398号線を辿り石巻へ。海岸線を走るのですが、何にも無くなったところ、道路が損壊したままのところ、仮設住宅、高台の造成など情報として知っていることを改めて再確認しました。私たちはとにかく「忘れず」に、できることを何でもいいからするということが大切なんでしょうね。

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(次回がいよいよ東北風土マラソン最終回です)