今日も”LOOKING GOOD!”

いつまでも楽しく色んな所を走り回りたいと願う中年ランナーのお話です。

センチメンタル・ジャーニーin彦根

2012-01-30 10:30:14 | スポーツ

 私は、この月の初めのブログに書いたように、現在滋賀大学経済学部の特任准教授として週3回彦根に通っています。(26日は久しぶりの雪の彦根でした。ご覧ください)

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(事務棟から講堂方向を見ています)

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(右が図書館です)

 この彦根の地は、私が大学生として青春時代を過ごした地でもあります。つまり滋賀大学は私の母校です。

 ということもあり、この彦根の地には思い入れがあります。でも、今から40年前うろうろしていた頃とは観光客目線の城下町風に町がすっかり変わっています。それはそれでいいと思うのですが、昔の民家が立ち並ぶ鄙びた感じが失せてしまうのは寂しいことです。

 1月29日は私の恩師の北村裕明先生のゼミ生の修士・博士論文発表会で、中国人留学生・董さんの論文へのコメントを依頼されたので、勤務としてではなく彦根に行きました。1時半からの開始だったので、いつもの駅と大学との往復とは違い、街並み散歩を久しぶりにしようと思い、12時前に彦根に着きました。

 目指すは、当時一番の繁華街”彦根銀座”です。学生時代買い物や食事それからパチンコなど、毎日のように出没していました。それがここです。

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 ちょっとこじゃれた像が立つここが久佐の辻という彦根銀座の交差点です。当時、無茶苦茶賑やかやったのに、シャッター通り商店街に変貌しています。そもそもこの角には”イセヤ”という彦根で一番大きいパチンコ屋があったのですが、今は駐車場です。

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 それでもちょっと歩くと、”フレーバー”洋食屋さんです。学生にはなかなか敷居が高い店でした。

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 反対側には平和堂です。まだちゃんとあります。

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銀座にあるもう一軒のパチンコ屋”銀座会館”は現在改修中とのことです。つぶれてなかったのでヨカッタ!

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 このあと、私が住んでいた下宿へぶらぶらと歩いていきました。途中キャッスルロードを通過しました。この辺が今賑やかになっているところなのです。当時は、細い道があるだけだったのですが‥。

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 私の下宿は城町1丁目(昔は四十九町と言ったそうですが)という大学から自転車で1分ぐらいのところにありました。その近くに、瀬戸さんというお茶屋さんがあります。(tea shopのほうです)ここは、私の所属する近畿税理士会上京支部の野村さんの奥さんのご実家です。野村さんは私の大学の後輩で、在学中に奥さんと知り合ったということですな。

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そして、下宿です。宮田さんというお宅です。

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 40年前と変わらずに、今もあります。彦根の旧家やったそうです。この二階の屋根裏部屋にいました。

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 ネズミが枕もとを走ったのが懐かしい思い出です。2年ぐらい下宿して、後は自宅通学に変えました。

 今回は、これでタイムアップです。また散歩します。そして、なんと言ってもここは城下町。まだ雪の残っている彦根城が最後の写真です。

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長束くんとバッタリと

2012-01-23 10:43:01 | スポーツ

 日にち的には少し前になりますが、1月7日(土)お昼過ぎいつものように京都御苑のコースを走っていたところ、堺町御門付近で長束くんとバッタリ出会いました。

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 「よう、久しぶりやねえ」、彼とはもう何年の付き合いでしょうか?

 長束くんは知り合った頃は、西陣郵便局の職員で、私の事務所に配達をしてくれていました。そうそう、私の事務所の職員の増田さんが、先に知り合いになり、彼も走っているということで紹介してもらったなあ。

 それから一緒に御所を走ったりするようになってきたのですが、長束くんは東山郵便局に転勤になり、だんだん郵政のほうも厳しくなってきたこともあり退職しました。今はなにしてるのかなあ?50歳代半ばと思うんやけど。

 長束くんとの一番の思い出は一緒に青梅マラソンに出たことです。私は昭和59,60年と2回出たのですが、彼と一緒だったのは2回目のときです。

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(向かって右から長束くん、私、西陣郵便局員の桂田さん)

 青梅マラソンは30キロレースなのですが、その当時一番有名な大会で抽選でした。今、気付きました、この時は2年連続で当たってる。クジ運は悪くなかったんや!当時、30歳代半ばですから、まだまだ速かっった時です。いずれはサブスリーなんてことも考えていて、そのためのリハーサルという位置づけでした。宿泊代もけちって、八王子のユースホステルに泊まったなあ。(長束くんとは宿泊は別でした)

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(全逓全国走友会という時代がわかる労働組合の立看の前で)

 私の髪の毛もパーマがかかっていて時代を感じます。

 記録のほうは、2時間17分38秒という今の自分から見れば「すごい!」好タイムですが、サブスリーには不満なタイムでした。(長束くんにも負けたはずです)

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 なにせ娘の生まれる前の話ですからどんなレースをしたのか記憶があいまいです。前半の上り、後半下りというわかりやすいコースで走りやすかった記憶があります。

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(当時、送られてきた「写真買いませんか?」の見本です)

 このあと、もう青梅マラソンに出ることはなくなったので、本当に懐かしい写真です。

 

 長束くんとは後日の再開を約して、再び走り始めました。新春ですから御所はタコが舞っていました。ケータイのカメラなので写っているでしょうか?

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今日は、都道府県対抗女子駅伝の日

2012-01-15 16:45:29 | スポーツ

 1月15日、今日は第30回都道府県対抗女子駅伝です。私と妻とは以前、京都陸協の公認審判員をしていたこともあって、数年前までは裏方として参加していました。大学院の博士後期課程で学ぶことを決意したため時間が取れなくなり、それを機会に辞めてしまったのですが、それでも10年以上は関わりました。思い出深い大会です。

 今日はいつものように、朝10時10分にお散歩ジョギングを始め、何の気なしに自宅から南下しました。京都嵯峨芸術大学まで来たとき、「あっ、今日は女子駅伝の日や!」と思い出しました。こら、西京極陸上競技場に向かわんと!

 通いなれたルート(有栖川沿いに南下、四条通に出たら梅津段町からさらに南下、高辻通を東に、後、細い道をくねくねと南下)をゆっくり走って、11時ぐらいに到着です。

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 この写真をみてもらったら感じてもらえると思うのですが、人の数が以前より明らかに少ない!どないしたんやろ、人気無くなったんかなあ。京都マラソンンも始まるからなあ‥。

 それでも県人会がやっている露店はちょっと人だかりが出来ていました。福島県人会の”なみえ焼きそば”やっぱり、原発の問題もあるからか一番人気でした。

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 「来た以上は選手の顔を見んと!」というわけで、競技場の中に入りました。ちょうど8区の選手の紹介でした。

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 これは中学生区間、裁判所前から烏丸鞍馬口までの3キロです。私の事務所の前を走ります。

 続いて、花の9区、10キロここは有名なランナーも走ります。中でも千葉代表の新谷仁美さんに注目です。彼女は、私の関与先の岩本直子さんのお友達の娘さんということで、親近感が湧いてきます。世界選手権にも出てるバリバリの一線級のランナーです。

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(北海道が一番奥になり一番手前に沖縄という風に並んでいます)

 あんまり長いこと、吹きっさらしの中にいると体が冷えるので、写真撮影はこんなものにして事務所へ向けて走り出しました。

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(ここを通って選手は出ていきます)

 私は一路、五条通を東へとぼとぼです。そして烏丸五条です。

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 ここから北上しました。途中、烏丸丸太町で妻の兄に遭遇したのですが、ハイタッチをしただけですれ違ってしまいました。よう考えたら今年初めて会ったんやから、年頭のあいさつをせんとあかなんだんやけど‥。それにしても、お兄さん、蛍光色の黄緑色の上下のトレーニングウエアというホンマに派手ないでたちやったから、写真に撮っておいたらよかったなあ‥。

 事務所でテレビを見ながら選手の通過を待っていました。3区にタスキが渡ったので、事務所を飛び出して、沿道に向かいました。注目の大阪の高松望ムセンビ選手がトップ争いをしてやってきました。

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 まだ中学2年生だそうで、これからが楽しみです。

 1区のランナーが体調がよくなく大きく出遅れた福島が最下位で通過です。がんばれ!

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 事務所に戻り、再びテレビです。ムセンビ選手の活躍で、大阪がいい調子、独走です。そして帰りの8区、選手が帰ってきました。

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 ボケて写っていますが、トップの大阪の選手です。続いて、京都の選手です。ちょっと苦しそう‥。顎が上がっています。

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 結果はご存じのように大阪の優勝ということでした。

 今回の女子駅伝は競技場でも沿道でもどうも熱気が感じられませんでした。この大会も30回。ということはgeneration、1世代終わったわけで勤続疲労もでてきて、ちょっとマンネリなのかもしれません。何しろ京都市内を走る大きな大会が、高校駅伝、女子駅伝、車いす駅伝、そして京都マラソンの4つあるにゃから‥。大会そのものは意義のあることだと思うので、京都以外の地で開催したらまた新鮮でいいのでは。


二足の草鞋を履いて-彦根駅から滋賀大学へ

2012-01-09 12:43:46 | スポーツ

 私は税理士という仕事をしていますが、それとは別に、滋賀大学(正確には大学院)の非常勤講師をここ数年しています。「二足のわらじを履いている」というのもおこがましいほどちょっとの兼業だったのですが、昨年6月からは経済学部特任准教授に採用され、夜間主学生の学習アドバイスに当たっています。週3日午後3時から大学に勤務していますので、「二足の草鞋‥」といえる状況になってきました。

 そこで、今回は私の彦根駅から大学までの通勤経路の紹介です。

 駅から大学までは約2キロ、通常、行きは大学行きのワンコインバスを利用し、帰りは歩いて帰ります。帰りはもちろん真っ暗になるので、撮影できません。そこで、1月4日、私の事務所がまだ休業なのを利用して、少し早く駅に着き、歩いて大学に向かうことにしました。ブログを作るのも大変です。

 まず彦根駅です。私が大学生だった40年前には、木造の建物でした。このあたりは本当に変貌しています。

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 この駅前をもう少しアップすると、戦国屈指の精鋭部隊で鳴らした井伊の赤備えを組織した近江国佐和山藩(彦根藩)初代藩主、井伊直正公の銅像があるのがよくわかります。

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 彦根市の癒し系キャラクター”ひこにゃん”は赤い兜をかぶっていますが、この赤備えからきているのです。

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 いつもは駅前から左に向かったところにあるバス乗り場に向かうのですが、今日はこのまままっすぐ彦根城を抜けて大学に向かいます。

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 突き当りを左に折れると、いろは松です。ここは夜間ライトアップされ結構いい感じです。

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 お城の中を抜けて大学に通うというのはなかなか無いでしょ。

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 天守閣への入り口です。入り口は3つぐらいあるのかな?もちろん、ここは観光客が行くわけで、私はこっちには行きません。彦根東高校前のカーブまで来ると向こうのほうに大学が見えてきます。

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 それと同時に、天守閣がはっきりと見えてきます。

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 そして角を曲がれば滋賀大学経済学部です。わが大学の誇り”講堂”がそこにあります。登録有形文化財です。

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 正門からはこうです。

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 バスはこの正門から入ってきます。

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 さらに奥には、ヴォーリズ建築の陵水会館(同窓会館)です。これも登録有形文化財、スパニッシュスタイルの優れた建築です。

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 うちの大学はなかなか雰囲気あるでしょ!

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 右が事務棟です。手前の入口から入ります。3階が私のいる学習支援室です。左側の部屋にいます。

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 こんな感じです。

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 そうそう、学習支援室の夜間の事務職員高橋さんを紹介しておきます。何かとお世話になっています。

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 まあざっと、こんな経路で通っています。真っ暗の帰り道を大体20分ぐらい歩くのですが、まあ、体を動かさないよりはましぐらいですかねえ。
 


今年も初詣RUN!

2012-01-04 12:21:17 | スポーツ

 新年あけましておめでとうございます

 個人的には、昨年は決して悪い年ではなかったのですが、災害の恐ろしさを知ってしまったら、とてもいい年だったとは言えません。

 「みんながいい年でありますように」との願いを込めて、今年も伏見稲荷への初詣RUNを挙行しました。これまでは、まず野々宮神社に参拝したあと、桂川のサイクリングロード沿いに南下、松尾神社に参拝、さらに南下し久世橋を左に折れて、伏見のおばさん(そして従兄の恭ちゃん)に年始に行き、最後に伏見稲荷というのが初詣RUNのルートでした。

 しかし、今年は長女の”みのり”が結婚したので、その夫(明ちゃん)の実家に年始のご挨拶をするというのを目的に加えました。そのため、わが家から八坂神社の隣にあるお宅までひたすら東に向かい、そののち南下することになりました。「ついで」と言ってはなんですが、このブログに頻繁に登場する”トン”の家が泉涌寺にあるので、途中に寄ることにしました。気分が変わってちょっと楽しいです。

 寄るところが増えたので昨年より早く、1時にスタートしました。お年賀を手に持ちながらのRUNなので、そんなに早くは走れません。東へと言っても、丸太町通から四条通まで、1キロぐらいは南下することになります。信号が赤になれば南下するということをしていると、四条御前で四条通に出てきました。ここからは真東に行きます。

 壬生寺道まで来ました。ここにも小さな神社があり初詣の人がちらほら見えます。ここは写真撮影のみで、通過です。

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 四条堀川西にある私の妹の店(須磨屋)とその主人の会社(斉藤勝巳商店)です。もちろん、正月休みです。

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 四条河原町です。四条河原町阪急がOIになっています。

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 そして祇園石段下に来ました。

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 ここから入って参拝しようとしたのですが、すごい人です。あっさり断念し、お宅に向かうことにしました。

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 到着です。2時30分。1時間30分かかりました。途中、寄り道してたからこんなものでしょう。お宅はなかなか風情のある京都ならではのうなぎの寝床、その旅館の名はこまつです。(話が長くなるので割愛しますが、コマーシャルソングの1節です)

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 年始のご挨拶を済ませたあと、娘もいたので、記念の写真を撮りました。

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(右からお母さん、娘、大ママです)

 ここで1回目の着替えを済ませ、次は東大路通を南下、トン宅へ。

 トンの奥さん(友恵さん)もお医者さんで、奥さんのお父さんの医院を継いでいます。そこがトンのお宅です。

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 迎えに出てくれたのでそこを撮ったのですが、「しもた!」友恵さんが目を瞑っていました。

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 トンは2月の佐賀行きにも当然同行します。

 しばし、あほな話をして出発、3時50分です。友恵さんに「東福寺のほうから行ったほうが楽しいよ」と言われ、そのルートで行きました。

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 ここは紅葉のシーズンにはものすごい数の人が訪れますが、今はこんなものです。そして、伏見稲荷です。

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 ルート的に先に伏見稲荷に到着したのですが、参拝は帰り、まず伏見のおばさんのおうちにお年始です。ここから1キロぐらい南ですかねえ。到着は4時20分でした。おばさんも恭ちゃんも待っていてくれました。

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 お宅を後にして、再び伏見稲荷に向かいます。上の写真を見てもらえればわかるように、普通の服に着替えているので、歩きになります。

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 昼間に通った時より、明らかに人が減っています。このぐらいの時間に行かんと駄目ですね。ニ礼ニ拍手一礼の神道形式にのっとり家内外の安全を祈ってきました。

 そして、JR稲荷駅から嵯峨嵐山駅まで230円で帰ってきました。本当に安い!