昨日の大手建設会社のツアーが終わったばかりの今日、古道連協の定例会が午後1時30分から行われることになっている。
このところ高大に行く日以外は7時30分に目覚し時計をセットしているが、昨日寝るのがいつもより1時間程遅かったので目覚しは鳴ったもののそのままうとうとしてボタンを切ったまま1時間ばかり寝てしまい遅がけの朝食となったので菓子パンと牛乳、トマトにソーセージと簡単に済ませた。
その後はいつものようにメールとカレンダーのチェックをした後、MSNニュースやYouTubeを見ることとなる。
一時は北朝鮮とアメリカの間でドンパチが起きるかもと言った緊張感もあったが、アメリカと北朝鮮が秘かに会談をしていたようであるが、北朝鮮で内部崩壊の兆しがあるようなのでアメリカも放っておいても北の体制が崩壊すると見て手を出さないのだろうと言うことの様である。
なにぶん、北は金一族が支配できる体制であれば国民の生命財産などはどうでもいいと言うところであろう。
最近、国連の安全保障会議で北との貿易、特に石油を輸出していた中国が表向きは手を引いているが公海上でタンカーを横付けにして石油の受け渡しをしていると思われるところを海上自衛隊のP3C哨戒機に捕捉されているぐらい切羽詰った状態にあり、脱北者の証言や木造の小舟が日本海に漂流している状態からもその困窮の度合いが推し量れるというものである。
また実際に北朝鮮国内でも暗殺の動きが見られるとか、上層部と一般民衆の間に不穏な空気があり、内部崩壊の前兆が見られるという。
ところで昼食はこのところ近くの牛めし屋さんで続け様にお世話になっていて、今日も牛丼の並を食べてから地下鉄駅へと向かう。
路線を乗り継いで定例会や勉強会の時に使わせて貰っている施設の部屋に入ったのは定刻30分前の午後1時だったが、部屋の明かりが点いている。
大抵私が1番乗りになることが多いが今日は既に誰か来ているようで中に入るとYさんがいてカップラーメンを食べている最中であった。
「今日は朝から出かけて家に帰る時間もなかったのでカップラーメンを買ってきてお湯を沸かして食べています」と言うことだった。
いつぞや私が同じことをしていたので同じようにしたと言うことの様である。
ここは水回りや冷蔵庫もあるし、ポットも使用できるのでコーヒーやお茶を入れるのにも持って来いである。
しばらく二人で話している時にS事務局長もやって来たが、やはり気になるのは2月初めに入院して手術をするので、入院前の定例会ということで入院している間は上手く会が運営できるかどうか、心配だろうことはよく分かる。
今日はメンバーも参加できない人が多く、4名+アルファだということで主要なメンバーであるMさんが抜けるのは大きな痛手である。
S事務局長に少なくとも今年度は定例会や勉強会に出席できず、場合によっては来年度にも影響するかもしれないということを伝えているようである。
そうなると今後の会の運営にも大きく影響することになるから事務局長も心配なのである。
Yyさんに続いて重鎮のTさんもやって来たので早速定例会が始まった。
最初に昨日の大手建設会社のツアーが無事に終わったことでお互いの慰労の言葉があった後、簡単な報告が行われる。
当日はツアーの途中に雪も降って来て風もあり寒い中を頑張って案内したものである。
問題は後半の来年度企画のツアーに付いての話合いに重点が置かれる。
来年度の企画と言うのは『東海道五十三次膝栗毛』、つまり弥次さん喜多さんが歩いた中で当地区を歩き回った場所を辿るツアーの企画についてである。
当地に着いてからあちこち広範囲に歩き回っている訳だが、当初は講話を誰にして貰うか何人かの候補を当たったが、講談師や落語家はそんなに名が売れている人でなくても結構な金額を払わなければならないのでプロはダメと言うことになった。
そこで昔の風俗などを研究されている人の候補を上げて当たったところ以前も別の件でお世話になったことがある郷土史の研究をしている人に了解を貰ったということでその人に決まった。
で、その方の都合のいい土曜日にということになったが会場の都合で当初思っていた会場が取れずにその南隣区の区民センターに決まった。
問題は講話の後3回に分けて弥次喜多が歩き回った場所を歩くツアーだが歩き回った道順に行くとかなりあちこちと広範囲になるので地域を分けて3回シリーズに分けて歩くことが決まった。
ということで講演会が1回とツアーが3回の計4回に分けて行なうことが決まった訳である。
そこで実際に歩いたルートを捜しながらの下見となるが、肝心のS事務局長は2月早々に入院となるので今日の参加者のうちYさんとYyさん、それに私の3人で2月に入ってから場所を確認をしながらの1回目の下見歩きをすることになった。
2回目、3回目のルートも2月の20日過ぎまでに一緒に歩くことに決まった。
というのも地域の広報紙に載せて貰う関係上、締め切りに間に合わそうと思えば3つのルートをハッキリさせる必要があるためゆっくりしておれない訳である。
ということで日程を決めてから解散となり、自宅へ帰る時に、北方面のスーパーへ寄ることにしたので地下鉄とバスを乗り継いで行く。
スーパーに到着して昨日もなかった魚があるかと鮮魚コーナーを見たが今日もなかったので別の魚ということでハマチを買うことにした。
他の品薄のものも買って自宅へと戻って来て夕食作りとなる。
このところ高大に行く日以外は7時30分に目覚し時計をセットしているが、昨日寝るのがいつもより1時間程遅かったので目覚しは鳴ったもののそのままうとうとしてボタンを切ったまま1時間ばかり寝てしまい遅がけの朝食となったので菓子パンと牛乳、トマトにソーセージと簡単に済ませた。
その後はいつものようにメールとカレンダーのチェックをした後、MSNニュースやYouTubeを見ることとなる。
一時は北朝鮮とアメリカの間でドンパチが起きるかもと言った緊張感もあったが、アメリカと北朝鮮が秘かに会談をしていたようであるが、北朝鮮で内部崩壊の兆しがあるようなのでアメリカも放っておいても北の体制が崩壊すると見て手を出さないのだろうと言うことの様である。
なにぶん、北は金一族が支配できる体制であれば国民の生命財産などはどうでもいいと言うところであろう。
最近、国連の安全保障会議で北との貿易、特に石油を輸出していた中国が表向きは手を引いているが公海上でタンカーを横付けにして石油の受け渡しをしていると思われるところを海上自衛隊のP3C哨戒機に捕捉されているぐらい切羽詰った状態にあり、脱北者の証言や木造の小舟が日本海に漂流している状態からもその困窮の度合いが推し量れるというものである。
また実際に北朝鮮国内でも暗殺の動きが見られるとか、上層部と一般民衆の間に不穏な空気があり、内部崩壊の前兆が見られるという。
ところで昼食はこのところ近くの牛めし屋さんで続け様にお世話になっていて、今日も牛丼の並を食べてから地下鉄駅へと向かう。
路線を乗り継いで定例会や勉強会の時に使わせて貰っている施設の部屋に入ったのは定刻30分前の午後1時だったが、部屋の明かりが点いている。
大抵私が1番乗りになることが多いが今日は既に誰か来ているようで中に入るとYさんがいてカップラーメンを食べている最中であった。
「今日は朝から出かけて家に帰る時間もなかったのでカップラーメンを買ってきてお湯を沸かして食べています」と言うことだった。
いつぞや私が同じことをしていたので同じようにしたと言うことの様である。
ここは水回りや冷蔵庫もあるし、ポットも使用できるのでコーヒーやお茶を入れるのにも持って来いである。
しばらく二人で話している時にS事務局長もやって来たが、やはり気になるのは2月初めに入院して手術をするので、入院前の定例会ということで入院している間は上手く会が運営できるかどうか、心配だろうことはよく分かる。
今日はメンバーも参加できない人が多く、4名+アルファだということで主要なメンバーであるMさんが抜けるのは大きな痛手である。
S事務局長に少なくとも今年度は定例会や勉強会に出席できず、場合によっては来年度にも影響するかもしれないということを伝えているようである。
そうなると今後の会の運営にも大きく影響することになるから事務局長も心配なのである。
Yyさんに続いて重鎮のTさんもやって来たので早速定例会が始まった。
最初に昨日の大手建設会社のツアーが無事に終わったことでお互いの慰労の言葉があった後、簡単な報告が行われる。
当日はツアーの途中に雪も降って来て風もあり寒い中を頑張って案内したものである。
問題は後半の来年度企画のツアーに付いての話合いに重点が置かれる。
来年度の企画と言うのは『東海道五十三次膝栗毛』、つまり弥次さん喜多さんが歩いた中で当地区を歩き回った場所を辿るツアーの企画についてである。
当地に着いてからあちこち広範囲に歩き回っている訳だが、当初は講話を誰にして貰うか何人かの候補を当たったが、講談師や落語家はそんなに名が売れている人でなくても結構な金額を払わなければならないのでプロはダメと言うことになった。
そこで昔の風俗などを研究されている人の候補を上げて当たったところ以前も別の件でお世話になったことがある郷土史の研究をしている人に了解を貰ったということでその人に決まった。
で、その方の都合のいい土曜日にということになったが会場の都合で当初思っていた会場が取れずにその南隣区の区民センターに決まった。
問題は講話の後3回に分けて弥次喜多が歩き回った場所を歩くツアーだが歩き回った道順に行くとかなりあちこちと広範囲になるので地域を分けて3回シリーズに分けて歩くことが決まった。
ということで講演会が1回とツアーが3回の計4回に分けて行なうことが決まった訳である。
そこで実際に歩いたルートを捜しながらの下見となるが、肝心のS事務局長は2月早々に入院となるので今日の参加者のうちYさんとYyさん、それに私の3人で2月に入ってから場所を確認をしながらの1回目の下見歩きをすることになった。
2回目、3回目のルートも2月の20日過ぎまでに一緒に歩くことに決まった。
というのも地域の広報紙に載せて貰う関係上、締め切りに間に合わそうと思えば3つのルートをハッキリさせる必要があるためゆっくりしておれない訳である。
ということで日程を決めてから解散となり、自宅へ帰る時に、北方面のスーパーへ寄ることにしたので地下鉄とバスを乗り継いで行く。
スーパーに到着して昨日もなかった魚があるかと鮮魚コーナーを見たが今日もなかったので別の魚ということでハマチを買うことにした。
他の品薄のものも買って自宅へと戻って来て夕食作りとなる。