ブログ日記 日々のうつろい 

退職後パソコンとガイドのボランティアをし、カラオケ(ポップス)やダンス等で生活を楽しむオジサンのブログ。

リレーウォーク②に向けての実行委員会

2012-01-31 20:23:46 | 日記
 相変わらず冷たい気温で推移しているが、今夜から寒気が日本海側を中心に大雪を降らせる様である。

 今日はそれでも未だましな天候だったので洗濯をすることにしたが、洗濯しながらいつものようにPCに向かいながらコーヒーを飲んでしばらくくつろぐことになる。

 今日の午後分からは昨日他区ガイドの会の会長から頼まれたリレーウォークの実行委員会に出る予定がある。

 この会合には回目の会議の時だけ他区ガイドの会長からその会の代表として出るようにということだったのでその回だけ参加したが、会長が同席しているし、普段の時は会長が人で差配しているから私まで出る必要もないだろうとその次の会以降は出なかった。

 ところが昨日の語り部講座の終わった後に一杯飲みながら故郷の方にいつ戻らねばならないか分からないし、本部の方にも話しておくのでその会議に出てほしいと頼まれたので昼からの会議に出ることにしたのである。

 回目の会議の時には知らない顔が殆んどだったから、いちいち覚えるつもりもなかった。

 午後分からということだったが、会場までは電車を乗り継いで小時間程かかるので洗濯も済ませて干し終え、少し早目に昼食も済ませて駅に向かって会場となる会館ビルに到着したのは午後時少し前であった。

 ただ会議が行なわれる部屋は昼食の弁当を食べている人達が時まで使っているということだったので入口付近の来客用の机の椅子でしばらく待つことになった。

 その後、部屋も空いたということで番奥に座ったが、何故だか当区ガイドの会の女性がいるではないか。

 何でこの会議に参加しているのか知らないが当区ガイドの会の担当者は別に来るので何故ここにいるかよく分からない。

 その内この会議に参加する人が少しづつ集まり始めたが、今日の会議に参加した顔ぶれの中には先日自宅から西北に当る区の区民センターで会議に参加した顔ぶれも人見受けた。

 それぞれの人が、その区でボランティアガイドをしている会の代表者であったり、先導をする役目などのある人達である。

 私は当区ガイドの会からでなく、他区ガイドの会の代表ということで今日は参加しているが、当区ガイドの会からは会長と渉外担当の世話人とさっきいた女性、それにリレーウォーク本部の事務局長をしている人物も当区ガイドの会に所属しているので私も含めたら当区ガイドの会のメンバーは人も参加していることになる。

 このリレーウォーク①は月に行なわれたばかりだが、合計で回行なわれる。

 つの区につのガイドの会ではなく、会員の人数も限られているので同じ区でもつの会が参加する場合もある。

 少なくともその区で中心となる会のメンバーは今日の会議に参加しないとリレーウォークの進行にも支障が出るから、その会の代表が最低人以上は出て来て貰う必要がある。

 ところで月に行なわれる第回目のリレーウオークの主要メンバーは人だけが参加していたがこの会は「あそ歩」で動いていて、その区には他にも別の会があるようだが言わば郷土の歴史研究家の様な人達だからリレーウオークのような短時間で説明することには慣れていない。

 その人達はプライドだけはあるからこの区の主になってやっているメンバーとしては難しい問題に直面しているようで進捗状態がはかばかしくない感じである。

 その区(東隣の区)の場合は他の区の助けを得ないととてもやっていけないということでコンソーシアムというところが先導者を引き受けて全面的に協力するようで、他の区のガイドの会からはサポーターだけを出すことになる。

 当区ガイドの会には名のサポーターを依頼されたが、私は是非参加表明をしたいと思っているが、日の勉強会か、もしくは定例会がある日に当区ガイドの会から参加希望のメンバーを募ることになる。

 第回のリレーウォークがアンケート調査から得られた内容から見ても成功裏に終わったということで結果オーライだった訳だが、良かった点や悪かった点をお互いに話し合って回目以降に反映させて行こうということの話し合いが色々となされた。

 午後時を回ったのでお開きにしたが先日行なわれた第回目のリレーウォークの打合せメンバーだけが帰らずに別の部屋に移って前回の会議の内容に付いて再確認をした。

 その時には先導者を暫定的に決めていたが、そのまま正式に決まったので私は班を引っ張ることに決まった。

 それとつの定点ガイドのポイントと表記してあってもヶ所でのガイドポイントがある所ではメインのところだけを定点担当者に任せ、それ以外のところに付いては先導者が短い時間の中で案内していくという、大まかなことだけ合意する。

 細かいことに付いては実際に下歩きをしてみてから決めて行こうということで先ず日に今日ここに集まった主なメンバーと今日の会議には関係はないが、回目のリレーウオークの班を先導するスタッフに声かけをして一緒に下歩きをすることを正式に決定した。

 終わった後、来た元のコースを辿って電車で帰って来て、早速洗濯物を取り入れようとしたが、冷たい風にさらされていたところは乾いているが陰になったところは未だ濡れたままになっているところもあるので裏返しにしてしばらくそのまま干すことにして夕食の準備をすることにした。

 食事を済ませてしばらく干していたが、夜時頃に取り込む。

 今夜からまた一段と寒くなるようで靴下を枚履いたが指先は冷たくなっている。

 ホントよく冷えるねー!

他区語り部講座のテープ起しを頼まれる

2012-01-30 21:13:02 | 日記
 今日は晴れ模様であるが風が少しあってやはり少し冷たいが、日中に関しては割と穏やかな日であった。

 先日他区ガイドの会の会長から今日の午後に行なわれるその区の語り部講座に当区ガイドの会の会員が講師となって話すことになっているので秋にあった歴史講座の時と同様にテープ起しをしてほしいと頼まれていたので昼からは外出する必要がある。

 午前中は予定がないのでいつものようにメールとカレンダーで確認した後、コーヒーを飲んでゆっくりしていたが、途中から昨日の続きのガイド資料のデジタルファイル作りを行なう。

 語り部講座は午後時から行なわれることになっているので、普通どおり食事をしてから歩いて行くことにした。

 今までダンスのレッスンが済んだ時に歩いて帰ったことが何度かあるが、大体分ぐらいかかっているので分前ぐらいに着くように少し余裕を見て時には出る予定にしていたが、着替えや準備に少し手間取り自宅を出たのが分頃になってしまった。

 ダンスの会場より少し遠いので歩く速度が同じペースだと分以上かかることになるので若干ペースを上げて歩いて行く。

 JR駅にして駅分で距離にしてkm程になるらしいが、普通に歩くと時間程かかることになる。

 旨いこと信号で殆んどストップすることもなく順調に歩けたので自宅から最寄駅までの間は別として最寄駅からつ目の駅迄を分ほどで歩いたことになる。

 厚手の防寒コートを着て行くと暑くなって汗をかくことになると思ったので薄手のセーターを着て上にはウインドブレーカーを着て軽い服装にしたがそれでも会場に到着したら結構汗が出てきた。

 語り部と言うことで演壇に立つ形式ではなく座学の様に長机を部屋の周囲に長いロの字形に並べてあったが、もう私が着いた時には既に割方の椅子が埋まって人近くの参加者が入っている状態であった。

 私はテープ起しと言う役割ということもあって人の語り部のすぐ右側に席を用意してあったのでそこに座り、録音機とテープを準備する。

 語り部となる講師は人とも他区ガイドの会のメンバーで人は女性の副会長である。

 この女性はこの区に歳で嫁いで来て今年で年この区に住んでいるということが語り部の話の中に出てきた。

 ご主人は歳年上の長男で親に反対されたが、押し切って嫁いできたということだった。

 その家には家族が人もいて食事を作るのも大変で、舅姑だけでなく主人の弟や妹も自分より年が上の人が多い中で生活をしてきたということである。

 今でこそビルが建ったりして街並みもきれいになっているが、その頃は未だ道も舗装されていなくて地下鉄の電車が地上から下を走っているのがむき出しで見えたということである。

 道路も舗装なんかされていないので雨が降れば泥田のようになったとか。

 家の回りも畑などで野菜を作ったり、花なども植えられていたということである。

 もう人の男性は歳で視覚障害者だが他区ガイドの会が出来て年ほど経った頃に会員になった人である。

 東京生まれの東京育ちで会社勤めをしていたが、歳を過ぎた頃に目の病気に罹り医者から目は見えなくなると言われて失意の内にいたが持ち前のガンバリ屋さんで当時福祉関係の団体の代表と縁があって歳の時、この街に来て視覚障害者でも出来る仕事を任されるようになって昭和年に退職するまでそこで働いたそうである。

 その団体は大きくなってそれまでの敷地では賄えなくなったものだから、今は別のところに引っ越して行ったが、その前に退職となっていたのでずっとこの区に住んでいたということである。

 先日のブログでカラオケで一緒に行く女性が視覚障害者の手を引いていて、昨年の夏に自宅に送り届けた時にあわや命を落とすところだったと書いたその人物である。

 この男性は視覚障害者でありながら非常に知識欲旺盛で色々な講座を受けたり、またこの会が以前のリレーウォークの時につのガイドポイントを受け持って参加者に説明もした人物である。

 また今年の会の新年会には他の予定とぶつかって、出られないということだが昨年までは詩吟を新年会で披露されていた。

 今日も語り部として参加者に昭和年にこの街にやって来て以来だから数年前からのこの街のことに付いて語ってもらった訳である。

 この語り部の企画は昨年が第回でその時も同じ会の男の副会長が行なった。

 この区の区役所とタイアップして区の歴史講座なども行なっている関係で他区ガイドの会が区から頼りにされている訳である。

 話が終わった後、参加者人から感想や質問などをもらったが、質問は殆んどなく昔のことに付いて改めて感慨に耽っていた様子であった。

 語り部講座が終わった後、会長から後で一緒に杯付き合ってくれと言うことだったが別に予定もないのでいっしょに 区役所の会議室を出て近くの居酒屋に入る。

 そしてリレーウォークの話しに及んだ時、会長の実家の兄もなくなり、またその息子も歳で亡くなったりして後を継がなければならないかも知れないということで私に明日日に行なわれるリレーウォークの実行委員会の本部で行なわれる会議に参加してほしいということである。

 場合によってはリレーウォークの最終となる月まで待たずに、この街と別れなければならないかも分からないので私に引き継いで欲しいということである。

 エライことになってきたが、頼まれたらイヤとは言えない性分であることを見抜かれているような気がするが、他に適当な人物がいないということである。

 別に一杯飲まされたからどうこうと言うことじゃないがリレーウォークのこともだけど、この会の行く末のことも考えておかねばならないことを今日初めて会長にぶつけたが、後のことは今日語り部で話をした女性の副会長に相談して、彼女が解散したいということになるかも知れない。

 その時は仕方がないが、それとは別に肺癌で片肺をとって無理は出来ないけれど事務局長がその女性副会長と話し合って後を引き継いでやってくれることを期待しているとのことである。

 ビール中瓶本半づつを飲んで別れたが電車で帰ろうかとも思ったが帰りも歩いて帰ることにした。

 丁度酔いを覚ますにはもってこいの冷気に触れながら歩いて帰って来たが帰りついたころにはかなり酔いも醒めてきたので早速比較的近くにある銭湯に向かう。

 ここは今までとは違う銭湯であるが、銭湯の組合では円と決まっているが、この店独自に入浴券を作っており、枚の回数券を買うと円なので、回当りが円になるということなので回数券を購入することにした。

 いつも当区にある最も遠い銭湯の入浴料はもっと安いが今日は往復でかなり歩いたのでパスすることにして、今日はこの銭湯にやって来たのである。

今年初めてのダンスレッスン前のカラオケ

2012-01-29 21:59:50 | 日記
 今日も今日とて同じような気温で推移し晴れ間はあるものの結構寒い日が続いているが、今月の末から節分頃にかけてまた寒波がやってくるということで今以上にもっと寒くなるようである。

 日本海側は特に大雪の連続で大変だろうと思うが、これだけは天候次第ということなので何ともし難いが、除雪でかなり費用がかかって予算が食い込んでしまった自治体もあるのじゃなかろうかと思う。

 頑張ってこの冬を何とか乗り切ってほしいと思う次第である。

 今まで第週以外の毎週日曜日にダンスのレッスンが行なわれているのでレッスンが始まる前に最近はダンス仲間の女性とカラオケに行くことが多いが今年に入ってからはお互いに予定が合わなくて今年になってから未だ度もご一緒していなかったが、やっと今日初めて行くことになった。

 と言っても午後分にカラオケ喫茶で待ち合わせなのでそれまではもっぱら自宅で昨日に引き続いて資料のデジタル化に励むことになった。

 昨日までの資料は昨日中に終えているので今日からは月に行なわれる北隣の他区ガイドの会のリレーウォークの資料作りの為のデジタルファイル作成のためである。

 先週の木曜日に集まって合同の打合せがあったのだが、このブログでも以前に書いたように今までこの会で活躍していた主な人物が老齢化したり、病気になったりで歩いてガイドをすることが困難になっているということもあって別の区のガイドの会の協力をお願いしなければ、この会だけのメンバーでは先導する人の数が全く足らないということになる。

 そこで案内個所も西隣りの区のガイドポイントも加えて西隣りの区の会(このリレーウォークの為に立ち上げたようなもの)も発足したばかりだが、その会の核になる区役所の職員も加えたメンバーに応援をお願いしなければならない。

 また他区ガイドの会の会長の知り合いである別の区のガイドの人達にも応援して貰うことになる。

 他区ガイドの会が発足してから今年で年になるが、こういう風に会の運営が旨くいかなくなることは最初から分かっていたはずだが、先を読んでいないから先細りになって来たということである。

 私はこの他区ガイドの会のメンバーではあっても、この区の住人ではないから役員にもなっていないし、初めっから頼りにされていなかったから私の方からは何のアクションも今まではしなかったし、これからもするつもりはない。

 今の現状からいうと当区ガイドの会本に絞りたいぐらいであるが、これまでのお付き合いということもあって成り行きに任せているということである。

 従って頼りにされている間は出来るだけ協力する積りではいるが、こちらからアアじゃコウじゃと言うつもりはサラサラない。

 この他区のガイドの会では役員だけがアチコチ案内するだけで一般の会員は連れて行って貰うだけのいわば観光同好会的な会であるから当区ガイドの会の会員とは最初から心構えが違い案内しなけりゃいけないのなら止めるということを言い出す始末である。

 というのもこの会の最初の出発点が当区ガイドの会とは全然違うということである。

 話が横に行ったので元に戻すが、とりもなおさず私も第回のリレーウォークで当区ガイドの会のメンバーが先導者となっていたのと同様に回目のリレーウォ-クが行なわれる月にも先導をすることになる。

 今日はそのために出されていた資料をデジタルファイルにしておこうということである。

 その資料は大きな文字で書かれているし、写真も載っているから、何枚にも亘った資料になっているので全てをまとめて文字も普通の.のサイズにしたので枚数としても半分で済むからである。

 西隣りの区のガイドポイントも入っているので持って歩いて説明する必要があるから枚数を出来るだけ少なくしておきたいということもあってのことである。

 ところで月のリレーウォークは東隣の区であるが応援要請が未だ来ていない。

 今月末の日に会合があるということなのでそれ次第で私も出る必要があるかどうかが決定されるから、月の当区ガイドの会の定例会でその辺りのことの発表が行なわれるだろうと思う。

 午後分に自宅を出て最寄りのJR駅に向かい電車に乗ってから待ち合わせる店に付いたのは丁度分ごろであった。

 連れの女性はダンスが行なわれる会館の同じフロアーでカラオケ教室が分から分まで行なわれるのでそれを済ませてから自転車でこのカラオケ喫茶にやってくることになっている。

 店についたら人の客がいた。

 我々がこの店に来るといつもいる男女のペアが今日もいる。

 と言うことは殆んど毎日来ている常連さんのようであるが、毎日来ているとみえて新曲が多く、歌いこんでいるとみえて結構上手である。

 他には男性の人連れと少し若い女性が人である。

 私が店に入ろうとした時に女性が人来たが、私が席に付いてしばらくしたら待ち合わせていた女性と一緒にその女性ともう人の女性の人が入って来て丁度人になった。

 私の隣に座った待ち合わせていた女性の左隣にその人の女性が並んで座ったが聞けば先程までいたカラオケ教室のメンバーだということである。

 ステージに上がって歌っている人に対して人連れの男性の内最も恰幅のいい人はやたらと歌っている人に大きな声で掛け声をかけている。

 私のポップスが終わった後にも「若い曲を良く歌うね」なんて声をかけてくるから「ありがとう」と返す。

 こういう風に歌を楽しむということが番であたかも「歌の品評会」みたいに陰でどうじゃこうじゃと言ってる人よりもどんなにすっきりするか知れない。

 歌の上手いと自負している人に限って人が歌ってるのを批評しがちである。

 上手かろうが下手だろうが素直に拍手をして労をねぎらえばいいのである。

 私達人が曲づつ歌う頃には先客達は帰って最後まで残った人目が歌ったところで丁度分になったので店を出て会館に向かいダンスの準備をする。

 しばらくは私が最近行き出したカラオケ喫茶のハシゴのことなどを話している途中に男の先生がやって来た。

 今日ももう人の初級の女性は同じマンションでの総会があって来れないということだったそうで、役員でもないから委任状を出しておいて来ればいいのにとこの女性が電話があった時に言ったそうだが、人それぞれの考えがあってのことだからほっとけばいいのである。

 早速初級ルンバから始まったが今日はいつもとは感じが違って動きのひとつひとつを細かく注意をされることになる。

 それとサンバを時間かけて行なったが、私はこのサンバの動きが慣れてないというか動きに慣れるまでちょっと時間がかかりそうである。

地震は恐い!

2012-01-28 21:05:37 | 日記
今日もずっと寒い状態が続いているが、いつまで続くのかと言う感じである。

 たまには暖かい日を持って来てくれよと言いたいが、それこそ本当のお天気任せである。

 ところで今日は特に予定がないのでずっと日中家を出ずにもっぱらガイド用の資料をデジタルファイルとしてせっせと文字入力をしていた。

 時折指が冷たくなって左右の手を擦り合わせながら続けて行く。

 いつぞや指先だけ穴が開いた手袋を買おうかとも思ったがワザワザ捜してまでとは思わなかったが、こう寒い日が続くと買っておいた方が良かったかななんて思う時がある。

 以前にもブログに書いたように我が家では一切冷暖房はしないので寒い時には指の動きも手を擦り合わせる分だけ遅くなるが、この程度は仕方ないでしょう。

 それでも人差し指だけでキーを叩いている人のことを思えば断然早いから気にするほどのことではない。

 そうでなければ毎日こんなに文字数を打つだけでも大変な作業になるのだから普通なら遠の昔に止めているはずである。

 ただやみくもに文字を打っていると文字変換が上手くいってないままになっているケースがままあるので気を付けなければならないことは言うまでもない。

 今日は買物にも何にも自宅を一切出ずに終わりそうだが、こんな日は本来ならブログを書くのを止めてもいいのだが、毎日書いていると書くのが当たり前になってしまって日が終わらない感じがしてくるのである。

 習慣と言うものは恐ろしいものである。

 こんな時には時事のニュースに付いて記述することにするしかないが、今日も神奈川から山梨辺りで震度弱の地震が発生したということだが、久し振りに大きな地震に現地の人達はびっくりしたことだろうと思う。

 私も阪神大震災の時には神戸の中央区に住んでいたのでモロに大地震を体験した人である。

 ただ昨年の日の東日本大震災の時の様に津波は関係なかっただけ不幸中の幸いと言うことが言えるのかもしれない。

 ただ阪神大震災の時は月の早朝で未だ暗い時刻だった。

 私は丁度トイレに行きたくなって布団から起き上がり用を済ませて、また寝床に付いて未だ眠っていない時だったからすぐに身体が反応したが、日本海側の街で生まれ育ったと先日も述べたように幼い頃に福井大地震を経験していたので最初はあの時の揺れより大したことないなと思っていたらその内ガタガタッと大揺れになり台所にあった冷蔵庫やテレビなどそこらじゅうにあるものがあっち飛び、こっち飛びと部屋の中は足の踏み場もないぐらいになる。

 モチロン停電であるから地震が治まった後に足元を探りながら外に出ようとしていた時に同じアパートの隣に住んでいるオバチャンが「前の家がない!」と大声で叫んでいるのを聞いた。

 玄関の戸もなんとか開けることが出来たのでドアを開けると向かいにあったアパートの階部分がペシャンコで階部分だけがその上に残っている状態である。

 後で聞いた話だが階に住んでいた人達は全員死亡したということであった。

 取りあえず手探りで着替えて上にはオーバーコートを着て外に出る。

 先ず車を駐車しているところへ行って無事であることを確認した。

 神戸市でも戦災に遭ってない地域だったから古い家並みが残っている地域だったが古い家は軒並み倒壊している。

 家の下敷きになった車も沢山あっただけに自分の車が無事であることを確認できてそれだけでも嬉しかったものである。

 近所の人達も続々と皆不安で余震も来るかもしれないということで自宅を出て寒さに震えながら路上に集まって他の地域の様子を見ていたがアチコチから炎が噴き上がっているのを遠目に不安そうに眺めていた。

 すると男性の老人が額から血を出していて私に消防署まで載せてくれないかと頼まれたが、なにぶん家やその他が道に塞がっているのでとても走れる状態じゃない。

 そこで消防支署のあるところまで一緒に行こうとしたが体力的に難しい様なので消防署まで私人で行って来て貰おうとしたが行く途中の道には家が倒壊して歩くのにも気を付けなければならない状態である。

 何とか消防署の支所に着いて尋ねると消防署自体が階が落ちて階にあった部分の天井が落ちて消防車の上に乗っかっている状態で消防車自体が出動できない状態なので何とかしてケガ人を連れて来てくれたらここで手当てはさせて貰うということなので引き返して元のところに戻ったら肝心のオジイサンがいないではないか。

 すると近くにいた人が近所の人らしい人が連れて行ったということであった。

 誰がどこへ連れて行ったのか知らないが無事であることを祈るだけであった。

 そうこうしているうちに夜も明けてきて明るくなって来たが、遠くから知人の無事を確認に来たという人がやって来て三宮(神戸の中心地)の方は道もガタガタでビルも倒壊しているということだった。

 そこで、地震も治まって落ち着いた午後から見に行ったが本来なら、その朝時にビルで待ち合わせしようとしていたが、そのビルも中程の階が押し潰されて傾いていたのを見て、時間が時間なら恐ろしいことになっていたなと改めて思ったものである。

 阪神淡路大地震に関することは色々話もあるが、今日また神奈川から山梨辺りでかなり大きな地震が発生した後も、他の地域でそこそこ大きな地震でびっくりしたということである。

 地震だけは実際に体験したくはないが、日本列島は世界でも有数の地震国であるから逃れることは出来ないが、冷静に対処する方法や救急のことを学んで一度体験しておいた方がいいと思う。

 消防署に行けばいつ頃どんなことをするか教えてくれるはずだ。

 ということで本日ははからずも地震の話になってしまったけど、忘れた頃にやってくるのが災害であるからお互い、こんなことで命を無駄にしたくはないはずだから自分で出来ることは前向きにやってほしい。

 自分の為だから…。

区民センターダンスレッスン②

2012-01-27 22:00:36 | 日記
 相変わらず今日も寒い日だが晴れ間も出て午前中は余り風もなく穏やかな感じだったので取りあえず洗濯をしておこうと言うことでPCのメールやカレンダーに目を通し、ゲームもしながら洗濯機を回していた。

 今日の予定と言えば夜の区民センターで行なわれるダンスレッスンの回目だけなので午後からはガイド資料をデジタルファイルに置き換える為にせっせとPCと向き合ってキーを叩く。

 その作業も続けているとイヤになってくるので途中でコーヒーを飲みながら、またゲームもしながら進めることになる。

 分になったので例の多目的ウォーキングに出かけることにした。

 先ずは区内にある番遠い銭湯まで歩いて分程かかって到着した。

 早速入浴したが身体が冷えているので湯船に入る時は湯が熱く感じるが、しばらくすると温度にも慣れてきてむしろぬるく感じるようになった。

 と言うことはそんなに熱い湯ではないと言うことになるが、余程身体が冷えていたとみえる。

 特に足先や指先など身体の先端部分が冷えていたということになる。

 入浴を終えて自宅に帰る途中にあるいつものスーパーに寄ってみたが相変わらず野菜は高値が続いている。

 こういった寒い時は鍋物にしたいところだが、こう野菜が高いと鍋に入れる野菜も考えないといけなくなる。

 だからどうしても根野菜の方に目が行ってしまうことになり、おでんの材料の大根やニンジン、ゴボウ、コンニャク、厚揚げ、ちくわ、ゴボ天、平テンなどになってしまう。

 買物を済ませた後自宅に帰り早速ドライヤーで頭のセットをし、おでんを作りダンスレッスンに出かける前に少しだけ食べて小腹を満たしておく。

 その後PCのS/Wを入れたが変な音がしてディスクが回っているような感じだったが黒くなってる画面の左上に「NO find operation」という表示が出て画面が全然動かなくなる状態になっている。

 仕方がないので「Ctrl+Alt+Delete」で強制的にシャットダウンしようとしたが、一旦動くかに見えてまた「NO find operation」という画面になるので何回やっても同じなのでS/Wを押して切ってしまおうとしたが何にも変わらない。

 仕方がないので電源コードを抜いて放っておいたがいつまでもディスクが回っているような音がしていて電池がなくなるまで回り続けるのかなと思っていたが大分経ってからS/Wが切れたのでひとまずホッとした。

 だけど元通りになるのかどうか、次にS/Wを入れた時が心配になったが、出たとこ勝負である。

 PCはそのままにしておいてダンスレッスンに出かけることにした。

 開始分前に会場に付いてステージの前に積み上げてある折りたたみ椅子を取り出し前回座ったステージとは反対の隅の方に持って行き、そこで椅子を開けて早速レッスンの準備をしていると男性が近寄って来たので挨拶を交わし少し話をした。

 この人物は私とそんなに歳は変わらない思うがこの区民センターのレッスンだけ去年から来ているとのことだった。

 それまでは町会の狭い部屋で習ったことがあるが、その時とは違ってここの教え方は非常にイイと言うことである。

 現役で競技に出ている先生が教えてくれているので非常に参考になるということだったが、それに関しては私も前回初めて来た時から先生自体が足の置き方や体重の乗せ方など今まで習って来たステップをとにかく覚えてから細かいところを直して行くというやり方とは違って最初からそういう動きを教えてくれるのでイイナと感じていたのである。

 それとこのレッスンは年に回行なわれているということで回のシリーズが週行なわれ、間にレッスンが無い週があって毎週ではないがカ月近く続くことになる。

 そしてカ月置いてまた別のレッスンがあるのでその男性はこのダンスレッスンだけをやっているということだった。

 今回はタンゴとルンバであるが、今日曜日に習っているのとは違うステップもあって緊張感があって楽しい。

 今日は時間後の休憩タイムの時に女性がやって来て私の名前を呼ぶので見たらPCを習っていた時に一緒だった女性であるらしいが、私も色々なところで習ったので、どこの講座だったのか、いかにも知っているような顔をしないと申し訳ない感じがしたので聞き洩らした。

 休憩後にはこの女性とも一緒に踊ったが彼女もここの常連さんなのだろうか、また次に会った時にでも聞いてみよう。

 時から時までの時間のレッスンもあっという間に終わった感じで帰途に付く。

 自宅に帰って食事をした後に心配であったPCのS/Wを恐る恐る入れてみたが、順調にoperationが捜しだされたのか順調に動き出したのでヤレヤレでひとまず安心だが、近いうちに寿命が来るのかもしれないのでWindows7にする必要があるかも知れない。