今日は![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0127.gif)
日で
年制講座の中世グループが集まって、北畠親房・顕家父子ゆかりの地へ行く予定にしている。
集合は「北畠公園」バス停に![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
時ということにしているが、月末なので家賃の支払いを明日しなきゃならないので自宅を出てから最初に銀行のキャッシュコーナーに行くことにしたが、その後は取って返して集合地点まで歩くことにしたので少し早目の
時![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
分頃自宅を出て、キャッシュコーナーに寄ってお金を下ろしてから集合地点となる北隣区にある公園に向かう。
気温は低く日陰に入ると冷っこく感じるが直射日光に出来るだけ当らないように日陰を選んで歩いていく。
明治時代の地図で見るとその頃には既にある古い道で今では車も殆んど通らず、歩行者や自転車がたまに通るだけの生活道路になっているが当時はメイン道路の
つであった。
真っ直ぐ北へ上って行く感じで少しづつ高くなる緩やかな傾斜が付いている台地の道である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0126.gif)
分ほど歩いて、バス停に集合時刻の![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
分前である
時![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0128.gif)
分に到着したが姿は見えないので、もう少し北側に上がってメイン道路の
つ東側にある商店街に入り
番北側の角にあるスーパーまで歩いていく。
というのは歩いて来る途中でトイレに行きたくなってきたからである。
自宅を出る前にトイレには入ったが、自宅を出る前に水分を取り過ぎて気温が低く日陰をずっと歩いて来たからなのだろうか。
取りあえずそのスーパーに入る左側にあるトイレに入って用を足す。
その後、直ぐに取って返してバス停に近づくと
分前ということで
人のグループメンバーが来ていた。
早速そのバス停から少し歩いて北畠顕家の墓所がある公園に行く。
一通り掲示板の由緒書きを読んだ後、墓所の中に入り簡単に説明する。
そして
人揃って写真を撮ることにして公園を通りかかった高齢の男性に声をかけてシャッターを押して貰おうとしたが、何度やっても上手くいかない。
結局指の動きを見てシャッターでないところを押していることが分かり、シャッターボタンの個所を押すように言ってやっと撮れたような状態である。
写真
枚撮るのに何分かかったのだろう。
手間のかかるオジイチャンであったが、他に人がいなかったからしょうがない。
その後、その公園の東北の隅に行き、そこから出土した弥生時代の壺や甕の破片が出たことを話す。
そして北畠父子を祀っている神社に向けて歩いて行ったが、その途中の左側に有名高校の校舎があり、道路を挟んだ反対側にあるグラウンドの間の道路を歩く形になる。
グラウンドがある場所は昔は海が入り込んでいた場所でその道路沿いには名残の松が
本残っている。
その先は下り坂で、下り終えるとまた登ることになる坂道である。
上り終えた突き当りを左折して南に向かうと幼稚園があるが、いま向かっている神社が経営している幼稚園でこの周辺にある高級住宅地の子弟を預かっている立派な建物である。
神社の南側にある正門迄は行かずに東側の出入口から神社境内に入る。
そして神域に入り本殿の前に行って一礼、そして本殿の周囲を一回り、そして本殿の東側には顕家に最後まで部下と共に付き従って討ち死にした南部師行が祀られている。
他の稲荷神社なども回った後、社務所に行く。
というのは![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
月の終り頃に「あそ歩」でこの神社を訪れることになっているが、去年迄は他区同好会の会長が中心になってガイドしていたが会長が九州に転居したので、そのあとを私に託されたので宮司に予め挨拶しておこうと思ったからである。
社務所の入口にあるブザーを押して現れたのは奥さんで宮司は外出しているとのこと。
当区ガイドの会の名刺を差し出して前会長から託されたのでと、その日時を伝え、挨拶に来た旨を伝える。
当日はトイレ休憩をすることも伝えておく。
「ご丁寧にどうも…」と奥さんの弁で神社を後にする。
神社を退出したら![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
時![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
分だったが、この後どの交通機関で戻るかと
人のメンバーは話していたが、私鉄の駅は比較的近くにあるが、地下鉄かバスでと言ったので、その後当区に入り、近くに古墳と大池の公園があり、池の畔にレストラン喫茶があるのでお奨めだからと
人を昼食に誘った。
そのまま古墳に行き、大正時代に建てられたモダン建築、そして大きな池迄やって来たが、途中でレストランは水曜日が休日だったことに気付いたのでその旨を伝えると、Kさんはブチブチ言っていたが、仕方なく歩いた。
肥えているので長い距離を歩くのは辛い様子である。
T氏も糖尿だとかで長い距離を歩けない様子だったが、バス停までは遠くないからと言ってバス停まで連れて歩く。
バスが多いルートなので直ぐにやって来たが、バスを見送ってから自宅に戻り昼食の準備をする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0127.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
集合は「北畠公園」バス停に
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0134.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0133.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0129.gif)
気温は低く日陰に入ると冷っこく感じるが直射日光に出来るだけ当らないように日陰を選んで歩いていく。
明治時代の地図で見るとその頃には既にある古い道で今では車も殆んど通らず、歩行者や自転車がたまに通るだけの生活道路になっているが当時はメイン道路の
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
真っ直ぐ北へ上って行く感じで少しづつ高くなる緩やかな傾斜が付いている台地の道である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0126.gif)
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というのは歩いて来る途中でトイレに行きたくなってきたからである。
自宅を出る前にトイレには入ったが、自宅を出る前に水分を取り過ぎて気温が低く日陰をずっと歩いて来たからなのだろうか。
取りあえずそのスーパーに入る左側にあるトイレに入って用を足す。
その後、直ぐに取って返してバス停に近づくと
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0129.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0126.gif)
早速そのバス停から少し歩いて北畠顕家の墓所がある公園に行く。
一通り掲示板の由緒書きを読んだ後、墓所の中に入り簡単に説明する。
そして
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0127.gif)
結局指の動きを見てシャッターでないところを押していることが分かり、シャッターボタンの個所を押すように言ってやっと撮れたような状態である。
写真
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
手間のかかるオジイチャンであったが、他に人がいなかったからしょうがない。
その後、その公園の東北の隅に行き、そこから出土した弥生時代の壺や甕の破片が出たことを話す。
そして北畠父子を祀っている神社に向けて歩いて行ったが、その途中の左側に有名高校の校舎があり、道路を挟んだ反対側にあるグラウンドの間の道路を歩く形になる。
グラウンドがある場所は昔は海が入り込んでいた場所でその道路沿いには名残の松が
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0128.gif)
その先は下り坂で、下り終えるとまた登ることになる坂道である。
上り終えた突き当りを左折して南に向かうと幼稚園があるが、いま向かっている神社が経営している幼稚園でこの周辺にある高級住宅地の子弟を預かっている立派な建物である。
神社の南側にある正門迄は行かずに東側の出入口から神社境内に入る。
そして神域に入り本殿の前に行って一礼、そして本殿の周囲を一回り、そして本殿の東側には顕家に最後まで部下と共に付き従って討ち死にした南部師行が祀られている。
他の稲荷神社なども回った後、社務所に行く。
というのは
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社務所の入口にあるブザーを押して現れたのは奥さんで宮司は外出しているとのこと。
当区ガイドの会の名刺を差し出して前会長から託されたのでと、その日時を伝え、挨拶に来た旨を伝える。
当日はトイレ休憩をすることも伝えておく。
「ご丁寧にどうも…」と奥さんの弁で神社を後にする。
神社を退出したら
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0125.gif)
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そのまま古墳に行き、大正時代に建てられたモダン建築、そして大きな池迄やって来たが、途中でレストランは水曜日が休日だったことに気付いたのでその旨を伝えると、Kさんはブチブチ言っていたが、仕方なく歩いた。
肥えているので長い距離を歩くのは辛い様子である。
T氏も糖尿だとかで長い距離を歩けない様子だったが、バス停までは遠くないからと言ってバス停まで連れて歩く。
バスが多いルートなので直ぐにやって来たが、バスを見送ってから自宅に戻り昼食の準備をする。