雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

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日本古代史 「天原」は天空?それとも高天原?それとも?

2011年09月16日 05時49分31秒 | 日本と世界の古代史・遺跡・遺物
日本古代史 「天原」は天空?それとも高天原?それとも?

 重宝している中西進さん編集の『万葉集(全4巻+別巻)』講談社文庫、を読んでいると、こういう歌に出会いました。

 「天の原 ふりさけ見れば 白真弓張りて 懸けたり 夜路は吉けむ」

 第1巻の194ページ、第289首です。「間人宿禰大浦初月歌二首」の1首目です。

 中西進さんの現代語訳の最初は「大空をふりあおいでみると」と訳しています。

 原文は「天原」です。なぜ「天原=天の原」が「大空」になるのでしょうか?

 そして、どうして「ふりあお」ぐのでしょうか?
 月を見るのですから、まず月の方向を向いて目を上げればいいので訳語「ふりあおぐ」という原語「ふりさけ」が何か不自然なのです。

 「ふりさけ」は実は、「ふりかえる」ではないでしょうか。

 「古今和歌集」の「巻第九」の最初、第406首目は,有名な安倍仲麿さんの歌です。

 「唐土にて月を見てよみける

  あまの原 ふりさけみれば 春日なるみかさの山に いでし月かも」

 この安倍仲麿さんの歌について、古代史学者の古田武彦さんは、「天の原」は天空のことではなくて、北九州の壱岐島の「天の原」という現代にもある地名で、九州から中国へ遠く渡ろうとする安倍仲麿さんが、壱岐島から振り返って、北九州の福岡付近にある「春日なるみかさの山にいでし月」を見て歌った歌だとしています。

 「春日」も「みかさ」も、福岡付近と、奈良付近の両方にあります。

 つまり、いまから故郷の筑紫を離れて、遠く中国へ任務で旅をするときに、故郷を「ふりかえって」偲ぶ、望郷の歌ではないでしょうか。

 問題は、日本神話の「高天原(たかまがはら)」と、この「天の原」との関係です。

 実は、万葉集の中には「高天原」=「天原」という歌もあるのです。

 たとえば「巻第二」の柿本朝臣人麿の歌(第167首)では,最初「天地の 初の時 ひさかたの 天の河原に」と歌い出し、途中で「天の原 石門を開き 神あがり あがり座しぬ」と。

 もし「天原」=「高天原」なら、なぜ言葉で書き分けるのか、という疑問が出てきますね。つまり、どっちかの語彙で統一すればいい、違うのは,概念が違うのでは?

 ひとつありうるのは、この「高天原」=「高い天原」は、壱岐の「天の原」よりももっと歴史的に「倭人」あるいは「天族(あまぞく)」がやってきた根源の土地で、壱岐の「天の原」は、その途中の拠点ではないでしょうか。

 こういう視点でいうと、「高天原」は、朝鮮半島のどこかに発進地として求めないと…そして海洋民族の中間拠点として壱岐島の「天の原」があります。

  ☆

 これ以後は妄想です。

 幻想古代史として語呂合わせで言うなら「高い天原」=「たかまがはら」から壱岐の「天の原」に海女族=天族は、最新鋭の鉄製武器を持って移動していきます。
 
 その壱岐の天の原から、さらに「高い」から「低い(ひくい)」へ、つまり「ひくまがはら」があっても、論理的には、おかしくないですね。

 
 

 

 

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