震災・くらし情報 放射線量の「安全」か?「危険」か?の基準は?
福島原発事故でまきちらされた放射線物質の「危険性」「安全性」について、「この量なら安全」とか「この量なら危険」とか,大論争になっています。
ひとつ、考えないといけないと思うのは「事実認定」と「価値判断」の違いです。このことを明確に聞いたのは、安斎育郎さんからが最初です、
つまり「いま我が家の放射線量は毎時0.05μシーベルトである」というのは事実です。これは計測しているわけですから、器械が狂っていない限りは、確かです。
それから、たとえば「4シーベルト(広島原爆で爆心から1km)を人間が浴びると致死率は50%」というのも、意見ではなくて、調査による事実です。異論のある方は、そうではないという事実を提示して下さい。
問題は、いわゆる「低線量」です。
この「低線量」は「危険」か「安全」かというのは事実ではなくて、価値判断の意見なんですね。だから、個人によって違って当然です。
個々の線量の評価(価値判断・意見)を論議するのではなくて、まず「事実認定」と「価値判断」の違いを確認して欲しいと思います。
そして価値判断・意見は、いろいろあっていいし、いろいろあって当然なのだということを確認して欲しいと思います。
異論を言いにくい社会・異論を圧殺しかねない社会の危険性を感じます。
福島原発事故でまきちらされた放射線物質の「危険性」「安全性」について、「この量なら安全」とか「この量なら危険」とか,大論争になっています。
ひとつ、考えないといけないと思うのは「事実認定」と「価値判断」の違いです。このことを明確に聞いたのは、安斎育郎さんからが最初です、
つまり「いま我が家の放射線量は毎時0.05μシーベルトである」というのは事実です。これは計測しているわけですから、器械が狂っていない限りは、確かです。
それから、たとえば「4シーベルト(広島原爆で爆心から1km)を人間が浴びると致死率は50%」というのも、意見ではなくて、調査による事実です。異論のある方は、そうではないという事実を提示して下さい。
問題は、いわゆる「低線量」です。
この「低線量」は「危険」か「安全」かというのは事実ではなくて、価値判断の意見なんですね。だから、個人によって違って当然です。
個々の線量の評価(価値判断・意見)を論議するのではなくて、まず「事実認定」と「価値判断」の違いを確認して欲しいと思います。
そして価値判断・意見は、いろいろあっていいし、いろいろあって当然なのだということを確認して欲しいと思います。
異論を言いにくい社会・異論を圧殺しかねない社会の危険性を感じます。