過去現在未来のメモリーノート 52 地獄について 1
「地獄」についての面白い論議があったので、紹介する。
まず推理小説の有栖川有栖『朱色の研究』角川文庫、から。主人公火村の発現。
「理由はいたってシンプルです。殺人を犯した科(とが)で捕まった者は、法律によってその有責性を量られて罰せられます。この世で犯した罪をこの世で償った者が、どうして死後にまた裁かれ、地獄に堕ちなくてはならないんです?理不尽と言わざるを得ません。……この世で裁きを終えれば、地獄に堕ちずにすむ。善き人たちと手をつないで、美しい夕映えの向こうにある懐かしい淨土に行くことができる。」
≪ 有栖川有栖『朱色の研究』角川文庫、2000年、p300 ≫
「私は、地獄も極楽もこれっぽっちも信じてはないだけです。そんなものは、現世の不合理から目を背けるための方便として仮構されたフィクションにすぎない。極楽も地獄もない。街角で『悔い改めよ』というプラカードを掲げたキリスト教徒が訴える最後の審判も、もちろんありはしない。
そんなことは直感的に自明だから、東洋にも西洋にも、いや、どんな共同体にも刑罰が存在するんです。もしも、死後に神の裁きが待っているのなら、人間が人間を裁くことは僭越であるばかりでなく、犯罪的に傲慢です。この世には人間しかおらず、あの世は存在しないから、犯罪者は人間の手で裁かれるべきなんです。」
≪ 有栖川有栖『朱色の研究』角川文庫、2000年、p301 ≫