24 黄釈天 Blog 「My Days」by Oldman(吉住)

コロナ予防接種0回、インフルも0回、30年間健康診断0回の後期高齢、元原告団長の下り坂人生、日々の戯言。

経世済民

2015年07月04日 | 日記
送信from Y.Yoshizmi:

だから、貧乏は止められないって、ほほほ。豆狸に昼飯を食べに行ったら、小さなジャガイモばかりを甘辛く煮込んだ「おやつ」を呉れた。お、おいしい。食べきれません!

「自縄自縛」という漢字を書こうとして、読めないことを知り、「自縛」をネットで検索して、ようやくたどり着く。うん、こりゃいかんねえ。漢字を勉強しなくっちゃ。

「老いてはキリンもど馬に劣る」って? キリンだったことは一度もないけどね。

国民投票の怪

2015年07月04日 | ニュース
By Yahoo:[ 20c,27c,30% 66p67k ] 雨のち曇り

どんより曇っているが、夜明け前の雨は上がっている。野球の試合があるのか、選手たちが元気に声を揃えて準備運動で走り回っている。土曜日の午前7時。昨夜の珈琲を温めなおして飲んでいるが、まずい。

ギリシャの国民投票はこれで、二度目ではないだろうか?

「国民の総意」あるいは「国民の真意」などと喧伝されて、「YES」または「NO」を国民投票で決する、などというのは、いかにも「民主的」だなどと思い込んでいるバカは、なるべく早く、死んだほうがいい。

取材記者が町の人の声を拾っていると、近くから「下らん講釈たれてんじゃねえ!」などと喧嘩腰に、別の国民が叫ぶ。つまり、国家国民の声が2分される。どっちつかずだから、決断できない政治家が国民に下駄を預けるという「無責任」な「民主的手法」なのだ。

つまり、最後の一人が決めることになる多数決というのは、肉食人種の「勝つか負けるか」「生きるか死ぬか」という勝者を選ぶための、支配者の発想なのだ。アメリカの経営者を見れば分かる。何百億円という高額報酬を得て、平気でいる。1億円の人間を100人とは考えない。99億100万円が一人と、100万円が99人というわけだ。

勝者が決まったら、負けたのだから仕方がないと、残りの半数の敗者はコロッと態度を変えて、あきらめられるのだろうか? 深い傷跡が国家の隅々にまで残ることになるのだ。国民を2分させて対立させるような「国民投票」などというのは、つまり、国家の大損失であり、優れた指導者の不足を意味する。

日本でも、やった男がいる。小泉元総理だ。郵政民営化、賛成か反対か、と国民に選択を迫った。その結果、世界でも類まれな優秀な郵便局という巨大な銀行が堅牢な建物の中から、荒野に引きずり降ろされて、オオカミどもが自由に襲い掛かれるようにした。その結果をよその国の元首がほめたたえて、おこずかいまで頂いて、さっさと引退したのだ。

郵政族の国会議員が過去にどのような仕打ちをしたのか、我々は知らないが、国民は誰一人として、昔の郵便局の制度に困っていたものはいないのだ。

国民に国家の大事を選択できるだけの「知識」と「情報」と「知性」が、国家首脳と同程度にあるのだろうか?

国民は自分の都合だけでしか、判断できない。それを集めるだけでは、国家の将来は危ないだろう。国民に選択を迫るというのは、無責任なのだ。自ら選んで敗北すると、その結果を自分で支えられない。まだ、あいつのせいだ、と政治家を恨んでいるほうが、救われる。国民というのは、そういうものなのだ。