父方の一番下の叔母は “ヤヨイ” といい、3月生まれだったことを伺わせます。
父の徴兵により一家の大黒柱を失う中、愛馬と一緒に撮った農地解放の記念写真や、出征中に生まれた兄の家族写真にも叔母が入っているところを見ると、私が生まれる直前までは嫁がず実家に居たと思われます。
私が物心ついた頃には夕張の炭鉱夫のところに嫁いでいて、初めて会ったのは祖母の葬儀だったような気がします。
2つ上の兄は幼い頃から叔母に可愛がられ、成長した兄もまた叔母を慕っている様子で、とても羨ましく思ったものです。
そんな叔母が亡くなる直前、それまで訳あって妹夫婦に見て貰っていた先祖の仏壇を長男である兄の所へ戻すキッカケを作ってくれたのでした。
叔父・叔母の中で最後まで長生きしてくれたヤヨイ叔母のお陰で、兄から子へ、子から孫へと代々受け継がれて行く安心感をふと噛み締めた弥生3月の宵でした。