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帯とけの「古今和歌集」
――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――
国文学が無視した「平安時代の紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観」に従って、古典和歌を紐解き直している。古今和歌集の歌には多重の意味があり、その真髄は、公任のいう「心におかしきところ」である。人のエロス(生の本能・性愛)の表現で、俊成がいう通り、歌言葉の浮言綺語に似た戯れのうちに顕れる。
歌のエロスは、中世に秘事・秘伝となって「古今伝授」となり、やがて、それらは埋もれ木の如くなってしまった。はからずも、当ブログの解釈とその方法は「古今伝授」の解明ともなるだろう。
古今和歌集 巻第五 秋歌下 (255)
貞観御時、綾綺殿の前に、梅の木ありけり。西の方にさせり
ける枝のもみぢ始めけるを、殿上に侍ふ男どものよみけるつ
いでによめる。 藤原勝臣
おなじ枝をわきて木の葉のうつろふは 西こそ秋のはじめなりけれ
(貞観の御時、綾綺殿の前に梅の木があった。西の方にさし出た枝がもみぢし始めたのを、殿上に侍う男どもが詠んだ、ついでに詠んだと思われる・歌……清和天皇の御時(859~876)、綾綺殿の前に梅の木(男木)があった。西(丹肢)の方にさし出た肢が、厭き色に変わったのを殿上に侍う男どもが詠んだ。その機会にさりげなく詠んだらしい・歌)、藤原勝臣(この頃まだ若く、殿上人ではなかった)
(同じ木の枝なのに、特別に、木の葉が、色づき枯れゆくのは、西方こそ、秋の始めだったのだなあ……同じ人の身の枝なのに、別けて、男の身の端の色情衰えるのは、丹肢こそ厭きの始まりだったなあ・嬪が肢ではなく)。
歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る
「枝…木の枝…身の肢」「を…なのに」「木…言の心は男」「葉…端…身の端」「うつろふ…移ろう…悪い方に変化する…秋色変わる…色情衰える」「西…にし…丹肢…赤土色の身の肢…おとこ…(東…ひんがし…嬪が肢…おんな)ではない」「秋…飽き…厭き…も見じ」。
同じ木の枝なのに、特別に西の枝の葉が秋色になるのは、やはり西方から、秋が来始めるのだなあ。――歌の清げな姿。
人の厭きは、にし(丹肢)から始まるようですなあ・天の摂理かも、ひんがし(嬪が肢)に厭きが来るのは何時の事やら。――心におかしきところ。
殿上人たちは、通う妻の嬪が肢の、厭きの遅さに悩む歌を詠んでいたのだろう。
(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本による)