帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの『金玉集』 春(三)

2012-10-17 00:09:18 | 古典

    



            帯とけの金玉集 



 紀貫之は古今集仮名序の結びで、「歌の様」を知り「言の心」を心得える人は、いにしえの歌を仰ぎ見て恋しくなるだろうと歌の聞き方を述べた。藤原公任は歌論書『新撰髄脳』で、「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」と、優れた歌の定義を述べた。

公任の撰した金玉集(こがねのたまの集)には「優れた歌」が選ばれてあるに違いないので、歌言葉の「言の心」を紐解けば、歌の心深いところ、清げな姿、それらに包まれた「心におかしきところ」が明らかになる。


 金玉集 春(三)源 重之

 み吉野の山の白雪いつきえて 今朝は霞の立ちかはるらむ

 (み吉野の山の白雪、何時の間に消えて、今朝は春霞が立ち、変わっているのだろう……み好しのの山ばの白逝き、何時の間に、気得て、今朝は、彼す身がたち変わっているのだろう)。


 言の戯れと言の心

 「み吉野…吉野の美称…見好しの…身好しの」「山…山ば…性愛などの極み」「しらゆき…白雪…おとこ白ゆき…おとこの情念…白逝き…ものの果て」「白…色の果て」「いつきえて…いつ消えて…何時の間に消えて…いつ気得て…何時の間に気力得て」「かすみ…霞…春霞…彼す身…かのおんなの身」「す…巣…洲…女」「たち…立ち…わきたち…接頭語、次の語を強める」「かわる…変わる…情況が変化する…気力・気勢が変化する」「らむ…今ごろは何々だろう…現在の推量…何々となっているのだろう(か)…当面していることについて原因・理由を疑いながら推量する意を表す」。


 歌の清げな姿は、ゆっくりとした季節の移り変わりを、霞などによってふと気付かされる様。歌は唯それだけではない。

 歌の心におかしきところは、暁には逝き果てたものを、女は何時の間に今朝はその気を得ているのであろうか。男と女のさがの差を気付かされる様。



 伝授 清原のおうな

 
 鶴の齢を賜ったという媼の秘儀伝授を書き記している。

 聞書 かき人しらず


  『金玉集』の原文は、『群書類従』巻第百五十九金玉集による。漢字かな混じりの表記など、必ずしもそのままではない。又、歌番はないが附した。