「Jerry's Mash」のアナログ人で悪いか! ~夕刊 ハード・パンチBLUES~

「Jerry'sギター」代表&編集長「MASH & ハードパンチ編集部」が贈る毎日更新の「痛快!WEB誌」

<短編>【通勤ひと駅】小説 『ギネスのグラスが空っぽです』

2009-09-02 01:24:54 | 編集長「MASH」の短編小説集

「彼は本の虫なんです。もう25歳にもなるのにまだ大学生で、
 まだ、本ばかり読んでいます。」
そう言い終え、彼女はグラスに少しだけ口をつけ、笑った。

僕らの前にはギネス・ビールの1パイントが置かれている。
そう。ここは「バー」だ。
そして外は雨だ。
強い雨が都会のアスファルトを濡らしている。
「バー」の一角の席で僕は彼女と「差し向かい」に座っている。

一般的には「バー」と言った方が分かりやすい。
だけれども、店構えとしては、「ブリテッシュ・パブ」に似せた雰囲気があり、
メニューからしても、「パブ」の要素が幾分強い。
その証拠に「フィッシュ・アンド・チッップス」を僕らは摘んでいる。

しかし、
本ばかり読んでいて、留年に留年を重ね、
今でも本を読んでいるなんて・・・、
「イカシテイル人生」じゃないか!
そう思いながら

「本を読まないではいられないんだよなぁ・・・」
と、ふと僕の口をついて出た。
これは僕の僕に対しての本音だった。
でも、彼女は彼に同情する台詞と取ったのだろう。
「ええ、だから彼、古本屋さんになればいいんです。
 京都に住んでいるので、そこで本に囲まれて・・・楽しいはずでしょ?」
と続けた。
僕は笑った。
「京都の町並みに合いそうな古本屋さん!」
彼女は「自分本位」に言い、「そう思いませんか?」
と僕の顔を覗き込んだ。
僕よりもずっと若い彼女の目には
どこかへ忘れて来てしまった、
「澄んだ鏡のような瞳」があった。

そんな彼女の瞳のせいだろうか?
それとも激しく降り続ける雨の音がそうさせたのか?
「過去の自分」を少しだけ思い出させた。

「本を読まずにはいられない」のは僕も一緒だった。
小さい頃から本が好きで、寝ずに小さな灯りを頼りに読んだ。
それで視力は見る見るうちに低下していったのだ。
読める本は片っ端から読んだ。
聴ける音楽を片っ端から聴いてしまった高校時代、
残りの1年間は毎日何冊も本を読んでいた。

現実に戻ると今でもほぼ毎日
バス・ルームで本を読んでいるくらいなのだ。

だから僕は、ふと想像してみた。
新幹線に飛び乗って、京都で降り、
彼の経営する「少しだけ変わった古本屋」へ行くのだ。
「少しだけ変わっていて欲しい」という僕の欲求が、
「少しだけ変わった古本屋」に仕立て上げた。

では、何が「少しだけ変わっている」と良いのだろうか?
僕は想像の旅を続けた。
「京都に関係のある書物しか置いていない」
というのはどうだろうか?
有りそうで無さそうだけれど、
それでは旅のお土産にしかならないような気がするし、
何より「京都一色」では逆に面白味が無い。
旅の醍醐味はやっぱり予想外の物であって欲しい。

「彼はどんな本が好きなの?」
僕は彼女に彼の姿をヒントとして求めたのだけれど、
「何でも読みます。小説から雑誌まで、な~んでも。」
そして、
「だから留年しちゃうんです。」
と屈託無く笑った。

ヒントを引き出せないまま、
僕は「洋書しか置いていない古本屋」を思いついた。
さっきとは逆の発想だ。
外国人も多い観光地だし、生計は立てられそうだ。
実際「洋書の古本屋」は全国にもまだ稀である。
「洋書」が読みたい時に合わせて、外国に行くプランを立てる僕からしたら
実に嬉しい場所になることは間違いない。

ただ、彼は「語学が堪能ではなく、洋書も読まない」という。
これでは、オーナーの眼力の無さから
本のバラバラさだけが目立ってしまい、
専門店としては全く面白味が無い。

その結果、残念ながら僕の旅が終わった。
僕が行きたい「古本屋」は彼には出来ない。
そう結論づけ、僕は彼女に言った。

「彼の人生が楽しいものになるといいね。」
彼女はコクンと頷き、僕はギネスを飲み干した。

外は相変わらず雨が降っていて、テレビでは開票速報が続いている。
音声は消してあり、パワー・オブ・バランスが映し出されているだけだ。
したがってサウンドは僕の聴きたくない種類のロックが大きく響いていた。

見るでもなくテレビに目をやりながら、僕はある歌を思い出していた。
「ブック・オブ・ドリームス」
アメリカ人の女性が書いたその歌を僕は頭の中で歌ってみた。
「私の夢の本、その中には何が・・・」そう歌っていたはずだ。
「その中には・・・」彼は何を書き加えるのだろうか。
そして、目の前の君は・・・

「ねえ、どうしたの?」
そう言って心配そうに覗き込んだ彼女に、僕は精一杯の笑顔で答えた。
「美しい君を見ていたら酔っ払ってしまったよ。」
「うっそばっかし~。でもちょっとだけ嬉しいかな。」

照れた彼女と僕はグラスを合わせた。
雨音の中、空っぽになったギネスのグラス同士が「カチン」と乾いた音を立てた。
少しだけ2人の心が重なり合って、
そしてすぐに雨に流され、消えていった。

その消え方があまりにも早く、
見事なまでに呆気無かったので、僕らは大笑いした。
そして、可哀相な「空っぽのグラス」に
もう一杯だけギネスを注いでもらうことに決めた。

< Mash

2009年9月2日 筆



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