幕末気象台

おりにふれて、幕末の日々の天気やエピソードを紹介します。

嘉永六年六月晦日(1853年8月4日)の会津地方の天気

2015-02-01 16:07:42 | Weblog
何だかんだと、年末年初が過ぎて行きました。
すこし、ホッとして居ます。

今回は、井藤様よりリクエスト頂きました、
「嘉永六年六月晦日(1853年8月4日)の会津地方の天気」
を調べて参りたいと思います。

嘉永六年はまさにペリー来航の年で、六月晦日はまだ、ペリー滞在中です。
このブログにも書いた事がありましたが、1853年夏は記録的な大干ばつでした。
日本各地の日記でも、異国船の来航と大旱の記事が沢山あります。



嘉永六年の夏の気温は、現在の夏の気温より高くなっています。
「百日日照り」の影響です。

残念ながら、福島県の記録はなかったのですが、


栃木県日光市では、六月晦日前後では、六月二十四日夕立、同二十五日暮方ヨリ雨、七月九日雷雨,
その外は晴れとなっています。

山形県東根市では、七月十二日曇時々雨で外は、六七月全て晴れとなっています。
 七月一日の記事には、「渇水、、田場一円白破れ、、畑菜園は等不残枯果候上井水迄渇水、、
            朝夕之飲水ニも甚た不自由、、」【東根市】
とありまして、水不足の窮状を伝えています。
また、山形県川西町でも、七月十二日以外は晴れとなっております。

嘉永六年六月晦日の天気図は



となっています。弘前では雨となっていますが、雷雨性の雨だったと思います。

この日、栃木県日光では遠雷、弘前、山形県大石田、、高知県高知市、長野県麻績村などで、雷雨があった模様です。

ちなみに六月晦日の気温は、江戸で正午摂氏30.5度、水戸で最高気温33.3度となっています。

会津での雷雨の有無は残念ながら現地の史料がないので分かりませんでしたが、

夏の晴れた暑い日だったことは間違いないとおもいます。









コメント (1)
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