幕末気象台

おりにふれて、幕末の日々の天気やエピソードを紹介します。

海難五題    ワイルウヱフ、いろは丸、開陽丸

2010-04-26 19:28:17 | Weblog
どうも此の頃、水と舟に縁のある生活を送っています。
そこで、この度は、気象と船を絡ませた、幕末明治初期の海難五題を
取り上げてみたいと思います。

慶応二年五月二日 亀山社中 ワイルウヱフ号 沈没

慶応三年四月二十三日 海援隊 いろは丸  沈没

慶応四年八月二十一、二十二、二十三日  榎本艦隊離散

明治元年十一月十五日  開陽丸  座礁

明治二年三月二十二日夜、二十三日  宮古湾切込艦隊離散

などです。

気象に関わる遭難がほとんどで、航海術が原因のものは、おそらく「いろは丸」の

沈没のみのような気がします。

気象学の未発達が一連の遭難を生んだように考えられます。

陸上と違って、史料が少なく、思うように行かないかも知れませんが、

ぼちぼちやって行こうと思います。


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舟は浮きもの、流れもの

2010-04-15 19:26:40 | Weblog
 若柳桜まつりの準備で書き込みが少なくなっております。

「舟は浮きもの、流れもの」は、広沢虎造の「森の石松、三十石舟」の一節です。
幕末の天気の復元がこのブログの主題でありますが、江戸時代のものの復元も私の道楽です。
昨年は「安政四年の料理の復元」と「奥州街道の復元」に参加することが出来ました。

料理の復元では、内陸なのに海の魚の料理が多い事に驚き、その魚が舟で運ばれてきたことが分かりました。

奥州街道の刈払いでは、以外に道路幅の狭いのに驚かされました。物流の大部分は舟運によったのだろうと思います。

江戸時代、特に幕末の経済興隆は舟運が担ったことは間違いないようです。
街道は、現代の通信、旅客の役目をし、海や川が今の高速道路などによる物流を受け持ったと思います。
江戸時代を語るには、舟が重要なポイントとなってきます。旅日記など見ますと、渡し舟に乗らない旅はありません。

舟運を中心に考えますと、「橋は邪魔だっちゃ」となります。
例えば、高速道路に踏み切りがあるようなものです。


と言う訳で何とか迫川に舟を浮かべたいと思っていましたところ、この春の桜祭りに花見の舟を運行しようと言うことになりました。
一昨日、近くの伊豆沼漁協さんの協力で舟が迫川に運ばれました。
さっそく乗せて頂きましたが、川で揺られながら見る景色は格別に風情のあるものでした。

あさって4/17、やのあさって4/18、舟が運行します。
船賃は約十文(100円)です。ロ-カルな話題で恐縮です。


「舟がでるぞ~」 


コメント (2)
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