永子の窓

趣味の世界

蜻蛉日記を読んできて(187)その2

2017年04月29日 | Weblog
蜻蛉日記  下巻 (187)その2  2017.4.29

「助と物語忍びやかにして、笏に扇のうちあたる音ばかりときどきして、ゐたり。内に音なうてやや久しければ、助に「『一日かひなうてまかでにしかば、心もとなさにさん』ときこえ給へ」とて入れたり。『はやう』と言へばゐざり寄りてあれど、とみにものも言はず。
内よりはたまして音なし。とばかりありて、おぼつかなう思ふにやあらんとて、いささかしはぶきの気色したるにつけて、『時しもあれ、悪しかりける折にさぶらひあひはべりて』と言ふをはじめにて、思ひはじめけるよりのこといとおほかり。」

◆◆助と小声で話して、笏に扇があたる音だけがしばらくしていました。御簾の内の方からは何も言わないで、かなり時間がたったので、助に「『先日はお伺いした甲斐もなく帰りましたので、気がかりでございまして』と申し上げてください」と私に言い伝えさせまっした。助が右馬頭に「さあ、早くお話ください」と勧めると、にじり寄ってきたけれど、すぐには言葉を発しない。しばらくして、右馬頭が不安に感じているのではないかと、私が、咳払いをしたのにつづいて、「先日は、ちょうどあいにくの時に参上いたしまして」と言うのを皮切りに、思い始めてからのことを、事こまかに話すのでした。◆◆



「内には、ただ、『いとまがまがしきほどなれば、かうのたまふも夢の心ちなんする。ちひさきよりも世にいふなる鼠生ひのほどにだにあらぬを、いとわりなきことになん』などやうにこたふ。声いといたうつくろひたなりときけば、我もいと苦し。」

◆◆内からはただ、「まだまだ子どもで縁談など程遠く、はばかられる年ごろでございますので、このように仰せられますのも、夢のような気がいたします。小さいというよりも世間で言います鼠生いでさえございませんので、とてもご無理なお申し出でございまして」というように答えます。右馬頭の声が、いかにも改まった物言いであるので、私もひどく
心苦しいのでした。◆◆


■鼠生ひ=当時の言葉風習。生まれたばかりの鼠のように、ひ弱な状態。