蜻蛉日記 下巻 (147)その3 2016.10.15
「のちに聞きしかば、『ありしところに女子うみたなり。さぞとなんいふなる。さもあらん。ここに取りてやはおきたらぬ』などのたまひし、それななり。させんかし」など言ひなりて、便りを尋ねてきけば、この人も知らぬをさなき人は十二三のほどになりにけり。ただそれ一人を身に添へてなん、かの志賀の東の麓に、水うみを前に見、志賀の山をしりへに見たるところの、いふかたなう心ぼそげなるに明かし暮してあなると聞きて、身をつめば、
なにはのことを、さる住ひにて思ひ残し言ひ残すらんとぞ、まづ思ひやりける。」
◆◆あとになって聞いたところでは、「いつかの女のところでは、女の子を産んだということだ。私の子だと言っているそうだ。おそらくそうであろう。ここに(道綱母のところで)引き取って側に置いておかないかね」などとおっしゃっていた、その女の子でしょう。そうしましょうよ」などということになって、つてを求めて聞くと、父である兼家も知らない幼い子は、十二、三歳になっていました。その女はただその子を一人の身から離さず、あの志賀の山の東の麓の、湖を前に見、志賀の山を後ろに見えるところの、なんともいいようのない心細げな所で、日々を過ごしているそうだと聞いて、私は我が身につまされ、いったい何事をそのような侘しい生活をして、思い残し、言い残しているだろうと、真っ先に察したことでした。◆◆
■この人も知らぬ=兼家も知らぬ
■身をつめば=我が身をつねって他人の痛みを察すること。転じて我が身を顧みて他を思いやるの意。
「のちに聞きしかば、『ありしところに女子うみたなり。さぞとなんいふなる。さもあらん。ここに取りてやはおきたらぬ』などのたまひし、それななり。させんかし」など言ひなりて、便りを尋ねてきけば、この人も知らぬをさなき人は十二三のほどになりにけり。ただそれ一人を身に添へてなん、かの志賀の東の麓に、水うみを前に見、志賀の山をしりへに見たるところの、いふかたなう心ぼそげなるに明かし暮してあなると聞きて、身をつめば、
なにはのことを、さる住ひにて思ひ残し言ひ残すらんとぞ、まづ思ひやりける。」
◆◆あとになって聞いたところでは、「いつかの女のところでは、女の子を産んだということだ。私の子だと言っているそうだ。おそらくそうであろう。ここに(道綱母のところで)引き取って側に置いておかないかね」などとおっしゃっていた、その女の子でしょう。そうしましょうよ」などということになって、つてを求めて聞くと、父である兼家も知らない幼い子は、十二、三歳になっていました。その女はただその子を一人の身から離さず、あの志賀の山の東の麓の、湖を前に見、志賀の山を後ろに見えるところの、なんともいいようのない心細げな所で、日々を過ごしているそうだと聞いて、私は我が身につまされ、いったい何事をそのような侘しい生活をして、思い残し、言い残しているだろうと、真っ先に察したことでした。◆◆
■この人も知らぬ=兼家も知らぬ
■身をつめば=我が身をつねって他人の痛みを察すること。転じて我が身を顧みて他を思いやるの意。