永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1129)

2012年07月09日 | Weblog
2012. 7/9    1129

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その37

「雪の降りつもれるに、かのわが住む方を見やり給へれば、霞のたえだえに梢ばかり見ゆ。山は鏡を懸けたるやうに、きらきらと夕日に輝きたるに、昨夜わけ来し道のわりなさなど、あはれ多う添へて語り給ふ」
――雪が降り積もっている川向うの浮舟の住む方向をのぞみますと、霞のかかっている絶え間絶え間に木々の梢だけが見えます。山は鏡を掛けたように、きらきらと夕日に輝いていて、昨夜、京から雪を踏み分けて来た道中の恐ろしさ、辛さなどを、浮舟の女ごころを動かされるようなお話しぶりで訴えておられます――

「『峰の雪みぎはのこほりふみわけて君にぞまどふ道はまどはず』『木幡の里に馬はあれど』など、あやしき硯召し出でて、手習ひ給ふ」
――匂宮の歌「峰の雪や汀の氷を踏み分けて、道は迷わずに来たが、あなたにはすっかり迷うことだ」と、古歌「木幡(こはた)の里に馬はあれど……」と、粗末な硯を取り寄せて、手すさびにお書きになる――

「『ふりみだれみぎはにこほる雪よりも中空にてぞわれは消ぬべき』と書き消ちたり」
――浮舟の返歌「降り乱れて汀に凍る雪よりもはかなく、私はきっと空の中途で消えてしまうでしょう」と書いて消したのでした――

「この中空をとがめ給ふ。げに、にくくも書きてけるかな、と、はづかしくて引き破りつ。さらでだに見るかひある御ありさまを、いよいよあはれにいみじと、人の心にしめられむ、と、つくし給ふ言の葉けしきを、いはむかたなし」
――浮舟が、この中空を、と詠んだことを気になさって、よくも言ったものだ、薫と自分との間で迷っているとは憎らしい、とでもお思いになっていらっしゃるらしいと恥入って、
この歌を引き裂いてしまいました。匂宮はただでさえご立派なご様子ですのに、今はさらに浮舟からいっそう慕わしく、懐かしいと思い込まれたいと、あらゆる手段を尽くされるお言葉や素振りは、たとえようもないものでした――

「御物忌二日とばかり給へれば、心のどかなるままに、かたみにあはれとのみ、深く思しまさる。右近は、よろづに例の、言ひまぎらはして、御衣などたてまつりたり」
――(匂宮は)物忌は二日間と偽って京の方には言っておかれましたので、のんびりとすごしておられるうちに、いよいよお互いに慕わしいとの思いが深まったようです。右近は、すべてのことについて、いつものように上手に取り繕って、着替えのお召し物などをお届けするのでした――

「今日は乱れたる髪すこしけづらせて、濃き衣に紅梅の織物など、あはひをかしく着かへて居給へり」
――(浮舟は)今日は乱れた髪を少し櫛梳らせて、濃い紫の衣に紅梅の織物などを、色の調和よく着替えていらっしゃる――

「侍従も、あやしき褶着たりしを、あざやぎたれば、その裳をとり給ひて、君に着せ給ひて、御手水まゐらせ給ふ」
――侍従も、着古した褶(しびら)を着けていたのを、鮮やかな綺麗なのと取替えたので、匂宮はその褶(しびら)を浮舟に着けさせて、手を洗わせておもらいになります――

◆褶(しびら)=平安朝中期以降の一般庶民の婦人は、舟型袖に細帯をまとうか、あるいはこれに褶(しびら)だつものといわれる奈良朝の裙(も)の名残りのようなものを腰にまいている。また、主人に奉仕するときに持ちいる上着。諸説あり。

◆織物(おりもの)= 緯 (よこ・ぬき) 糸で文様を出したもの。

では7/11に。