永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1110)

2012年05月21日 | Weblog
2012. 5/21    1110

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その18

「人々起きぬるに『殿はさるやうありて、いみじうしのびさせ給ふ、けしき見たてまつれば、道にていみじきことのありけるなめり。御衣どもなど、夜さりしのびて持て参るべくなむ、仰せられつる』など言ふ」
――女房たちが起きてきましたので、「薫大将殿は訳があって、大そう人目を避けておいでのご様子です。昨夜は途中で何か恐ろしいことでもあったのでしょう。お召し物などを夜になってから、そっと持って参るようにとおっしゃっておいでです」と右近が言います――

「『あなむくつけや。木幡山は、いとおそろしかなる山ぞかし。例の、御先駆も追はせ給はず、やつれておはしましけむに、あないみじや』と言へば、『あなかま、あなかま。下衆などの、ちりばかりも聞きたらむに、いといみじからむ』と言ひ居たる、心地おそろし。あやにくに殿の御使ひのあらむ時いかにいはむ、と、『長谷の観音、今日事なくて暮らし給へ』と、大願をぞ立てける」
――(女房が)「何と気味悪いこと!木幡山(こはたやま)はとても恐ろしい山だそうですよ。いつもの通り、先駆もお連れにならず、お忍びでいらしたでしょうに、まあなんとお気の毒な」と言うので、右近が「しっ。召し使いなどがちょっとでも聞きつけたら、とんだことになりますよ」とは言うものの、右近は内心ひやひやして、生憎なことに薫大将からお使いでも参りましたときには、どう申し上げようかと、『初瀬の観音様、今日一日を無事に過ごさせてくださいませ』と大願を立てて祈らずにはいられません――

「石山に今日詣でさせむ、とて、母君の迎ふるなりけり。この人々もみな精進し、潔まはりてあるに、『さらば、今日は、えわたらせ給ふまじきなめり。いとくちをしきこと』と言ふ」
――今日は石山に参詣させようとして、母君が迎えを寄こされることになっていて、ここの女房たちもみな、精進して身を浄めていたのですが、『それでは、(薫大将がお出でになっているので)今日はお出かけになるわけには参らないのでしょうね。本当に残念なことだわ』などと言っています――

「日高くなれば、格子などあげて、右近ぞ近くて仕うまつりける。母屋の簾はみな降ろして、『物忌』など書かせて付けたり。母君もやみづからおはする、とて、夢見さわがしかりつ、と言ひなすなりけり」
――日が高くなりましたので、格子を上げて、右近がお側近く御用を承ります。母屋の簾はみなすべて降ろして、「物忌」などと書かせて付けてあります。母君御自身がお出でになったなら、昨夜は夢見が悪かったとでも言わせるおつもりです――

◆『物忌』=物忌(ものいみ)の折は、小さい木札に「物忌」と書いて、簾などに掛けておきます。物忌はこのように勝手に利用することも多かった。

では5/23に。