永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1115)

2012年05月31日 | Weblog
2012. 5/31    1115

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その23

「参りて、さなむ、とまねびきこゆれば、げにいかならむ、と思しやるに、『ところせき身こそわびしけれ。軽らかなる程の殿上人などにて、しばしあらばや。いかがすべき。かうつつむべき人目も、え憚りおふまじくなむ。大将もいかに思はむとすらむ。さるべき程とは言ひながら、あやしきまで、昔よりむつまじき中に、かかる心のへだての知られたらむ時、はづかしう、また、いかにぞや、世のたとひにいふこともあれば、待ち遠ほなるわがおこたりをも知らず、うらみられ給はむをさへなむ思ふ。夢にも人に知られ給ふまじきさまにて、ここならぬ所に率て離れたてまつらむ』とぞのたまふ」
――右近は匂宮の御前に参って、これこれと時方の言葉どおり申し上げますと、なるほど、京ではどんな様子かと、「ああ、窮屈なわが身が憎らしい。気軽な身分の殿上人などになって、しばらく過ごしてみたいものだ。どうしたらよいか。こんなにいつまでも世間を憚ってばかりはいられないだろうし。薫もどう思うことだろう。薫と自分が親しいのは当然なことながら、不思議なくらい昔から睦まじかった仲なのに、このような裏切り行為が分かった時には、顔向けが出来ない位恥かしいことだ。それに何とやら世間の譬えにいうように、自分の事は棚に上げて、待ち遠しく思わせた薫の怠りは問題にしないで、女の方が恨まれるであろうことも気になる。ゆめにも人に知られないようにして、ここではなく別のところに浮舟をお連れしよう」とおっしゃる。

「今日さへかくて籠り居給ふべきならねば、出で給ひなむとするにも、袖の中にぞとどめ給ひつらむかし」
――昨日の上に今日までも、このまま籠っていらっしゃることは出来ませんので、お帰りになろうとしますが、ご自身の魂は、あの古歌にいう、「恋しき人の袖の中」にお残しになったことでしょう――

「明け果てぬさきに、と、人々しはぶきおどろかしきこゆ。妻戸にもろともに率ておはして、え出でやり給はず」
――夜が明け果てませんうちに、などと供人が咳払いをしてお急き立てします。女君を妻戸のところまでご一緒にお連れ出しになって、それからはなかなかお立ち出でになれません――

「『世に知らずまどうふべきかなさきに立つ涙も道をかきくらしつつ』女も、限りなくあはれと思ひけり」
――(匂宮の歌)「いざあなたに別れるとなると、先立つ涙で道も見えぬくらい譬えようもなく困惑してします」女もやるせなく思い乱れています――

◆袖の中にぞ=古今集「飽かざりし袖の中にや入りにけむわが魂のなき心地する」

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